生のアンズを初めて食べて、そのおいしさを知ったのは、シンプルでクラシックな洋菓子を作る店、菓子工房mimiの焼きタルトで。夏限定のそのタルトは、季節が変わった今でもふと思い出されるほど、とにかく味が新鮮だった。きゅっとした酸味、濃い甘みと共に、表面がこんがり焼けたアンズの香ばしさ。アンズの下にあるアーモンドクリームのふわっとした軽さと、コクのある甘みも良かったし、それを支える生地も格別だった。バターのコクと香りが際立っていて、サクサクとした食感が良くて。フルーツとクリームと生地、しっかりとそれぞれのおいしさが感じとれたけれど、びっくりするくらい味に一体感があったのだ。
タルトに限らず、どのお菓子を食べてもすぐに分かるが、mimiのお菓子には素材のおいしさが詰まっている。もちろんそれは、オーナーパティシエの比嘉みどりさんがこだわってのこと。
「焼きっぱなしの素朴なお菓子って、素材の味がダイレクトに伝わるんです。だから材料はしっかり選んでいます。アンズが大好きで、シロップ漬けにしたアンズのタルトを通年出しているんですけど、生のアンズが手に入る6月、7月は一年で一番ウキウキしますね。クリームに使っているアーモンドプードルはカリフォルニア産のキャーメル種を使っています。甘みが優しいところが好きなんです。新鮮なほうが風味が良いので、それを注文後に挽いてもらっています。あと、コクが出るのでほとんどのお菓子に発酵バターを使っていますね」
素材を選ぶ際の基準は、そのまま食べたときに美味しいだけじゃなく「お菓子にしたときに」おいしいもの。
「黒糖は仲宗根黒糖さんの地釜炊き純黒糖を使っています。いろいろ試しましたが、仲宗根さんの黒糖は焼き込んだ後も自然のコクがしっかり感じ取れたところが良かったんです。チョコレートはフランスのペック社のものです。実は私、チョコレートがあまり得意じゃないんですけど、これは味の濃さや香りのバランスが良くて、そのまま食べても本当においしいんです。チョコチップを使っているシフォンケーキやクッキー、サブレがあるんですけど、市販のチョコレートは口溶けがあまりよくないので、ペック社のものを細かく刻んで使っています」
「素材で味が全然違ってくるんです」とみどりさんは言うが、素材が良いだけで、おいしいお菓子ができるはずがない。素材の味を引き立てる下ごしらえがあってこそで、みどりさんが材料一つひとつにかけている手間ははっきり言って面倒くさい。なんと黒糖は大きな塊の状態から細かく刻むところから、クルミやごまはその日に乾煎りするところから始まる。
「黒糖はパウンドケーキに使っていますが、手切りすると、黒糖のかけらの大きさが不ぞろいになります。生地に混ぜて焼き込んだとき、大きいかけらならある程度カタチが残るし、小さなかけらなら生地に溶け込んでいく。食感と味に違いが生まれる、そういうところもおいしさのひとつになるんです。クルミもごまも使う当日に乾煎りするのは、煎りたてが食感も香りも一番良いからです」
手間のかけ方で最も驚かされたのが、12月限定で出しているというフルーツパウンドケーキ。てっきり、製菓コーナーでよく見かけるミックスタイプのドライフルーツを使っているのかと思っていたら…。
「レーズン、クランベリー、アンズ、プルーンと色々入っていますが、それぞれ個別で仕入れて、混ぜずにそれぞれにあった方法で下ごしらえしていくんです。レーズンはラム酒に漬け込んで、プルーンは紅茶で煮ています。あとクルミも入ってるんですけど、これも生の状態で仕入れて使う量ずつローストしています。甘みとか味の濃さが全然違ってくるんですよ。それぞれ用意ができたら、細かく刻んだ後に混ぜ合わせていきます。手間がかかるし、大量に仕込むのでほんと大変なんですけど、おいしくなるのでやらないわけにはいきません(笑)」
素材からきちんと選び、下ごしらえにも気が遠くなるほどの手をかける。そうやって大切に作り上げた素材それぞれの味をきちんと伝えるために、みどりさんが何より大事にしているのはその調和だ。
「作るときに気にするのは全体のバランスです。たとえば季節のフルーツの焼きタルトなら、まずは素材を試食して、生地の厚みや種類、クリームの量、のせるフルーツの量を調整していきます。フルーツの風味、焼けたアーモンドクリームの香ばしさ、生地の甘みなど、全てが合わさっておいしくなるバランスが大事だと思うんです。アンズのタルトをホールで焼いて1ピースずつカットして売っているのは大きく焼いたほうが味のバランスが良かったから。ほんとは今一緒に出しているプラムのタルトのように、小さな型で焼いたほうが、見た目ももっとかわいいと思うんですけどね」
大学時代は心理学を学んでいたというみどりさんが、全然違うジャンルを仕事にしたのは、ケーキが好きすぎてのこと。大学時代は中城村にある「洋菓子工房プチ・スウィート」で販売スタッフとして働いていて、友人たちの間では「みどりは学校にいなかったらバイト先にいる」と言われていたそうだ。卒業後は、親に反対されながらもパティシエを目指し、福岡のケーキ店で3年ほど修業。その後入った東京にあるケーキ工房オーブン・ミトンで、10年近く働いていたそうだ。
「26、27歳の頃に上京しました。修業先を探すために料理雑誌のパティシエ特集を読んで、気になるお店を片っ端から回ってケーキの食べ比べをしたんです。ミトンはその頃はまだ知る人ぞ知るというお店で、チーズケーキとフォンダンショコラをなんとなく買ってみたら、これがもう衝撃的においしくて。特にチーズケーキは私にとってどんぴしゃで、働くきっかけになりました。まだこれ以上のチーズケーキには出会っていませんね」
このチーズケーキを入り口に、みどりさんはシンプルで素朴なお菓子の世界にどっぷりつかっていく。
「ミトンって焼き菓子がすごくおいしいんですけど、私、働き始めた頃は生菓子のほうが断然好きで、焼き菓子に全く興味がなかったんです。パウンドケーキとかフルーツケーキとか好きじゃなかったし、クッキーなんてどこもそんなに変わらないんじゃないかって思っていたくらいなんですよ。働いているうちに焼き菓子のおいしさに目覚めていきましたね。最初に衝撃を受けたのがクッキーです。ミトンって、焼き加減を一枚一枚チェックするんですよ。湿度やその日の気温などに合わせて生地の状態をよく見て、焼き色がうすくても出すこともあるし、もう一度オーブンに戻すこともありました。ベストな状態が分かるようになるために、よく味見をさせられましたね。ある日、私が焼いたクッキーを『焼きすぎ』って言われて、味見すると、バターの風味がなくなってたんですよ。『香ばしさはあるけど、バターの風味が消えちゃってる。繊細な味って食べ比べたらすぐ分かるでしょ』って」
オーブン・ミトンでは小嶋ルミさんの右腕としてスーシェフを務めた期間もあったという。みどりさんのお菓子づくりの技術、自然の素材の良さやおいしいものを見分ける力、お菓子づくりに対する誠実さは、ここで培われたのは間違いない。
「お菓子って同じ材料、同じレシピで作っても、作り手で味が全然変わるんですよね。オーブン・ミトンはシュークリームが有名なんですが、実はすごく繊細で難しいお菓子で、たくさんダメ出しされました。小嶋さんが私が作ったものを味見して、2、3回混ぜたら味がはっとするほど変わることがあって、それがいつも衝撃でしたね。それに、素材を選ぶこともそうですが、一つひとつを丁寧に積み重ねていくことで最終的においしいものになることを身を持って体験できたのは大きいです」
独立後は、小嶋ルミさんのお菓子教室を通じて知り合った友人の協力を得て、東京に小さな工房を構えた。沖縄に戻ってきたのは2017年、ここ浦添で店を開いたのが2019年4月のことだ。友人も東京から時々手伝いにきてくれていて、昨年は小嶋ルミさんのお菓子教室も開いたという。
みどりさんは、お菓子づくりの技術的な話や、お店で使っている素材や道具の良さ、これまでに感動した食の話となると、目が輝き饒舌になる。しかし、自分のお菓子をアピールするのは苦手なようで、こちらの質問に間があくこともあった。控えめな人なのだ。
「できるならお菓子だけ作っていたいけど、事務仕事とかやることがいろいろあって大変(笑)。でもやりたいことはたくさんあって、ゆくゆくはお菓子教室をやってみたいし、焼き菓子にもっと力を入れて、種類を増やしていきたいです。紅茶やコーヒーを飲みながら友達とおしゃべりする時や、食後なんかにうちのケーキやクッキーをちょっと食べて、おいしいって幸せになってもらえたら嬉しいです」
みどりさんが「よかったらどうぞ」と差し出してくれた三日月型のクッキーは、噛んだ途端、さらさらと溶けていくような不思議な食感だった。ひとつ食べると、また食べたくなるし、別のものも食べてみたいと思わせる。丁寧にきっちり作られたものって、クッキー1枚でも、おいしい以上の感動をくれるのだと素直に思えた。
上質で素朴で、親しみを感じずにはいられないmimiのお菓子。さて、次に来たら、どれを買って帰ろうか。
文/徳嶺綾子
写真/金城夕奈
菓子工房mimi(ミミ)
浦添市城間3-1-1
098-874-4010
open 11:00~19:00
close 月・火
https://www.instagram.com/mimi.lab_okinawa/