「俺、ウサギなら完全に死んでるよね(笑)寂しくて」
夜中に1人でデミグラスソースを煮込む作業をそう表現するのは、BALANCO(バランコ)オーナーシェフの宮崎祐介さんだ。
宮崎さんが孤独と戦いながら(?)作るデミグラスソースは、そんな寂しさを微塵も感じさせない豊かな香りがする。その香りに誘われて、全身に散らばっていた食欲が一気に口の中に集まってくる。スプーンで少しすくって舐めてみる。ベースが野菜なので甘い。肉の旨味も惜しみなくぎゅっと詰まっていてコクがある。それでいて丁寧に作られた繊細な舌触りだ。ソースの艶やかな深い色づきを、焦げ茶色と呼ぶのは忍びない。それは、宮崎さんがソースを焦がさないように注意を払って煮込んでいるから。
宮崎さんは、このデミグラスソースを一週間かけて作っている。
「粉と油を少しずつ混ぜながらルーを作るんです。これに3日くらいかけます。一気にやろうとすると、焦げ臭くなっちゃうんです。だから、1日30分から1時間くらいずつ、少しずつ色を付けていきます。それとは別に、野菜や肉をじっくり煮込みます。毎日炒めた野菜を足しながら煮込むこの作業に、3日程かけます。これにさっきのルーも合わせてまた煮込み、最後に丁寧に全部をこして完成です」
ソースひとつにこんなに手間暇かかっているなんて! メモを取る手がそれを諦めてしまうほど。別に特別な作り方はしていないと言う。けれど、こうやって作るデミグラスソースの味は、宮崎さんが長年かけて解いた「答え」なのだ。
宮崎さんが育った長崎の街には、ポルトガルやオランダ文化の影響を受けた昔ながらの洋食屋さんが多い。そこで食べるハンバーグやビーフシチューのデミグラスソースは、宮崎さんにとって日常的な味だった。
「うちの母さん、あんまり料理上手じゃなかったんですよ。小学生の頃、デミグラスソースが食べたくて、母さんに頼んだんです。当時、料理人がこんなに手間暇かけてソースを作ってるなんて、想像もしないから。普通にできると思うじゃないですか(笑)そしたら、ハンバーグに市販のデミグラスソースがかかっていて。美味しくなくてショックをうけました(笑)この頃からですね、どうやったら、美味しいデミグラスソースが作れるんだろう?と思い始めたのは」
そんなこともあり、宮崎さんは幼い頃からデミグラスソースに強く惹かれていた。大人になり仕事を選ぶ時も、決め手になったのは「ソース」だった。
「何になろうかと決まっていなかった時に、『何百種類かのソースを伝授します』という求人が目に飛び込んできたんです。その中に僕が求めているデミグラスソースがあるかもしれない!と思って。それがきっかけで料理の世界に入りました」
宮崎さんは、その後、洋食屋に限らず、メキシカン、沖縄料理、フレンチビストロなどジャンルを問わずに料理修業を続けた。そして休みの日には妻である真己(まき)さんと共に、美味しいと評判のお店をひたすら食べ歩いた。
「彼は、まず料理の香りをかぎ、それから少しずつ味わうんです。考えながら。そこが、料理人って感じでしょ(笑)」
そうやって美味しいものに触れているうちに、故郷長崎にあるような「街の洋食屋さん」を開きたいという意思が固まっていったのだ。
BALANCOをオープンするにあたって、自宅兼店舗を設計したのは真己さんだ。彼女は、フラワーコーディネーターの先生でありながら、店舗設計士としてのキャリアも持つ。
「BALANCOのこだわりは、デミグラスソースです。これ以外ないかもというくらい(笑)」
そう断言してしまうほど宮崎さんはデミグラスソースに力を注いでいる。それは、彼のルーツである長崎の味だ。
「長崎には老舗の洋食屋さんが多いんですよ。おばあちゃんが小さい頃から行っているようなお店がまだ残っていたりして。僕らも帰ると必ず行ったりするんですけど。どこのお店も当たり前にデミグラスソースから作っているんです。そういうのが一番好きなんですよ」
東京出身の真己さんは、長崎の洋食屋さんを巡るまで、宮崎さんのソースへのこだわりが理解できなかったという。
「長崎に住んだことのない人間にとっては、なんでこんなに手がこんだことやってるんだ?と。デミグラスソースについて、熱く語られてもピンとこなかったんだよね。でも、長崎に行ってみて、その理由がわかったの」
1日10〜12種類のデリカに加え、お弁当やオードブルも。
ディナータイムの人気メニュー。
デリカから3種類選んでお皿に盛り合わせるプレート(500円)
宮崎さんは今後も、デミグラスソースにこだわり続けるお店でありたいと言う。
「ソースを使った新メニューを取り入れたいです! 長崎の洋食屋さんで定番メニューのトルコライスとか。それから、BALANCOは特別な日のためのお店としてではなく、身近な、庶民的な存在でありたいです。長崎に当たり前にある、昔ながらの洋食屋さんみたいにね」
小さい頃から惹かれ続けた美味しいデミグラスソースを、宮崎さんは今、自分で作り出すようになった。もしあの時、お母さんが当たり前においしくソースを作っていたら、BALANCOのデミグラスソースは誕生しなかったかもしれない。彼が夜中にじっくり煮込んでいるソースは甘く、どこか懐かしい味だ。それはまぎれもなく宮崎さんの故郷長崎の「当たり前」の味なのだ。
写真・文 青木舞子(編集部)
kitchen&delicatessen BALANCO(バランコ)
住所 名護市宮里903-1
電話 0980-43-8116
営業時間 ランチ 11時30分~15時 ディナー17時30分~21時
定休日 日曜日・第4月曜日
blog http://balanco.ti-da.net