「洋食屋を目指してるんです」
という臼杵(うすき)さんの言葉から少し気楽に構えていた私は、ビーフストロガノフの本格的な味わいにすっかり面食らってしまった。
「サイコロステーキのビーフストロガノフ」。
そのソースには、奥行きがある。
様々な食材と調味料、想像もつかないほどの手間ひま、実直な料理人の几帳面で丁寧な調理…。そのすべてが折り重なり、凝縮され、このコクが生まれている。
じっくりと煮込まれた玉ねぎの甘みに絶妙なバランスのワインの酸味。
まったりとしたコクがあるのに、食感はさらさらとしている。なんと不思議なソースなのだろう。
ソースに気を取られていると、具材のサイコロステーキを口に運んだときに再度目を丸くすることになる。
その固さの絶妙なことと言ったら。煮込んだ肉のおいしさの条件とはやわらかさだと思っていたが、「ステーキ」の名にふさわしく、ほどよく焼かれた固さがいい。
野菜や穀物、さらに魚と比べても、肉はどちらかといえば攻撃的な食材だと思っていた。
パンチがあり、存在感があり、主張の強い食べ物だと。
しかしそうではないのだと教えてくれるのがこの一皿だ。肉は優しく、繊細で、他の食材と引き立て合えるのだと。
デザートを食べずに帰ってしまうのは、スバコ.では得策ではない。
アップルニューヨークチーズケーキは、そのなめらかさが魅力。
「湯煎焼きすることでふんわりと仕上がります」
豊潤な香りのフランス産チーズ、香ばしく煮詰められたリンゴもいい。
牧場主の自家製ベーコンを使用した「島豚ベーコンとたっぷり野菜のペペロンチーノ」。「ベーコンを変えてからソースの味も劇的に変わりました。野菜はできるだけ県産のものを使用しています」
しっかりとついた焼き目にきのこたっぷりのソースが食欲をそそる「ハンバーグ和風バルサミコソース」。バルサミコの酸味が爽やかなソースが、さっぱりとした味付けのジューシーなハンバーグにぴったり。ごろりと大ぶりなのも嬉しい。
一体どうしたら、こんなにおいしい料理ができるの?
素人の単純でシンプルな質問をぶつけると、臼杵さんは何度か首をひねったあと、
「一生懸命に作ること、丁寧に作ること。それしか浮かばないです」
と答えた。
おいしく作るコツを教え渋っているわけではない。臼杵さんは本当にそう考えているのだ。
「僕は東京の有名店で修業していたわけでもないし、何十年もこの仕事をやっているわけではありませんが、お客様の喜ぶ顔を見るのがなにより大好きなんです。
僕がお客様を笑顔にするには、心をこめて丁寧に、一生懸命に作るしかないと思うんです」
しかしそれこそが、(往々にして軽視されがちでありながら)最も重要な心得のひとつではないだろうか。
臼杵さんが作る一皿一皿が、そのことを証明している。
料理に対する誠意に加え、臼杵さんはスバコ.のメニューすべてに通じるおいしさの共通点を挙げてくれた。
「薄味なことでしょうか。
僕は関西出身ですし、母親の料理は関西にあっても際立って薄味だったんです。
ダシはしっかりととります。でも、塩、こしょう、醤油といった調味料はどれも控えめ。なぜなら、それがおいしいと思うから。
優しい味を目指していますが、あまりに薄くなりすぎないよう、僕の中では少しだけ濃いめかな? と感じる程度に調味するよう心がけています」
「魚介のトマトソースパスタ」。唐辛子がほんのりかおる大人のパスタ。ぷりぷりと肉厚な魚介類がトマトソースにマッチ
臼杵さんが料理の世界に足を踏み入れたのは25歳のとき。
それまでは夜に働く仕事に長く就いていたが、夜の空気に疲れ、心機一転しようと考えたのがきっかけだった。
「もともと食べるのも好きでしたし、興味はありました。
働く場所も大阪から京都へと移し、生活のすべてを一新させました」
初めて勤めた飲食店は京都の韓国料理屋。
気軽な焼き肉屋ではなく、いわゆる高級店。店に入ってすぐに包丁を握らせてくれるわけはなく、下積み時代もあった。
「先輩はみな経験豊富な方ばかり。中華、イタリアン、和食…と、様々なジャンルの料理人がいました。
最初の半年間はホール担当。その後洗い場にうつり、徐々に調理に関わらせていただくようになりました。
約三年間勤めましたが、料理を作ることが楽しいかどうか考える間もないほど忙しかったですね」
働き詰めの日々が続いて休みもほとんど取れず、疲労の蓄積を感じた臼杵さんは、あるとき思い立って沖縄へ旅行に行くことにした。
「初めて行った沖縄にどっぷりハマったんです。最初は那覇を回って帰ったのですが、それから頻繁に通うようになり、北部や離島などどんどんディープな土地にも足を運ぶようになって(笑)。
7〜8年の間に10回ほど通ったと思います」
バイクが趣味の臼杵さんにとって景色の美しい沖縄はツーリングに最適であるというだけでなく、沖縄の県民性も魅力的だったという。
「とにかくみんな親切。道に迷っていたら見ず知らずの僕を車に乗せて目的地まで送ってくれたり、出会ったばかりなのにご飯をご馳走してくれたり。そういうのって本土ではなかなかありませんから。
僕、沖縄旅行のときはいつもバイクを船に載せて沖縄までフェリーで来ていたんですけど、行きはいいんですよ、沖縄に行けるからわくわくして嬉しくて、フェリーの中でも楽しいし、良い出逢いがあったり。
でも、帰りはバイクだけフェリーに載せて僕は飛行機に乗って帰っていました。沖縄を離れるのが寂しくてブルーで、何時間もフェリーに乗る元気もなくて(笑)。それくらい沖縄のことを好きになっていましたね」
勤めていた韓国料理屋を辞めてからは中華料理店、洋食店などで経験を積むかたわら、沖縄移住の資金をためるために他の仕事もかけもちし始めた。
パフェにのせられたマフィンももちろん臼杵さんが焼いたもの。「パフェの底にもコーンフレークのかわりにマフィンを入れています」。最後の最後までおいしいデザート
移住前の沖縄旅行で、臼杵さんは現在ともにスバコ.を営む真由さんと出会い、二人とも2007年に沖縄へ移り住んだ。
それぞれ飲食店で働きながら、店舗となる物件を探したが、なかなか希望にあうものは見つからなかった。
「ずっと本部(もとぶ)町近辺と読谷で探していたんですが、ココ!という物件に出会えなくて」
その頃、客として通っていた沖縄市の「バードランドカフェ」に従業員募集の貼り紙が出ており、臼杵さんはすぐに応募した。
「好きなお店だったので、応募するしかない!と。
雰囲気がいいだけではなく、料理の味や見た目、接客まで、すべてがよかったんです。
これだけ揃っている店って、結構限られていると思うんです」
働き始めてすぐ、これまでの飲食店との違いを感じたと言う。
「オーナーがすべて包み隠さず教えてくれるので驚きました。普通は仕込みの段階やソースの作り方など、その店の肝となる部分はバイトには教えないことが多いのですが、バードランドカフェでは逆に『隠さんでええんかな?』と思うくらい、何でも教えてくれました」
のちに自分の店をオープンさせることになったとき、臼杵さんは敬愛するそのカフェにちなんだ名前をつけることになる。
「バードランドカフェは『ランド』ということで大規模。
僕らの店はもちろんそんな規模ではなく、まだまだ小さな『巣箱』だけれど、いつかああなれたらなぁという気持ちから名付けました」
バードランドカフェで働き始めて2年が過ぎても店舗物件は見つからず、物件探しに集中するために臼杵さんは店を辞めた。
「それでも3ヶ月くらい見つからなくて。『今年の冬は離島の製糖工場に季節労働いかないといけないかなー』と本気で考えていました(笑)。
すると、あるとき数名の友人に『北中城はどう? いいんじゃない?』と勧められて。
それで北中城でも探し始め、最初に見た物件がここ。すぐに決めました」
「ほおずきのベイクドチーズケーキ」。旬の食材を使用した様々なケーキが楽しめる。
「『洋食屋』を目指しています」
臼杵さんは最初に、まっすぐな瞳でそう語った。
「沖縄にある洋食屋って、本土のそれとは少し違う気がして。
沖縄の人に洋食屋の料理を食べていただきたいと思ったんです。
お客様に来ていただくためにと、オープン当初、手のこんだ料理ばかりのメニューを作ったものですから、今四苦八苦しています(笑)。じゃあ、メニューを減らせばいいんじゃないかとも思うのですが、逆に増やしちゃって…(笑)。
これからも、料理をもっとグレードアップさせていきたいですね。
ケーキの中ではチーズケーキに力を入れたいと思っています。
沖縄はチーズケーキ好きな方が多いように感じるので」
調理を一人で担当し、忙しく過ごしている間に臼杵さんはだいぶ体重が減ったと言う。
旅行が好きだった真由さんは、店を始めてからは県外に出たことがない。
それでも二人は今日もにこやかに客を迎え入れる。
「おいしい」と喜ぶ、その笑顔が見たいから。
写真・文 中井 雅代
カフェ スバコ.
北中城村仲順 264-4 No.69
098-989-6282
open 12:00 ~ 22:00
ランチタイム 12:00 ~ 15:00
カフェタイム 15:00 ~ 18:00
ディナータイム 18:00 ~ 22:00 (ラストオーダー 21:00)
close 火、第1,3月曜