金融機関をリノベーション。中古店舗を住まいにするという選択肢。


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坪数を尋ねることを思いつかないほど広いLDK、
これは家?
まるでギャラリーかインテリアショップのよう。
 
この家がJAの支店だったなんて、誰が想像できるだろう?
葛原さんは売りに出ていたJAをそのまま購入し、自ら改築している。
 
「今はまだ改築中。特に急ぐ必要もないのでゆっくり進めています」
 
道路に面した壁には自動ドアが残り、
奥の部屋には金庫もある。
 
「つくりがすごくしっかりしている建物なんです。
建築関係の仕事に携わる友人が来るといつも
『今から2階でも3階でも増築できるよ。
これくらいの建物を今建てようとすると、相当な費用がかかるよ』
と言うんですよ」
 

 

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「リノベーションというと、
ほとんどの人が中古住宅を探すんですが、
住居だった物件はすでに間仕切りがなされているので、
改築するにも限界があります。
 
こういった元店舗や倉庫だと間仕切りがほとんどない。
自分で仕切るぶんには簡単ですからね。
壁を作ればいいだけですから」
 
葛原さんはいとも簡単という口調でおっしゃるが
自分で壁をつくり、仕切るのが簡単?
そんな、まさか。
 
「だって、本当に誰でもできることですから」
 
謙遜とは思えない本気の口ぶりだが、
なかなか同意することができない。
 
しかし、中古住宅ならぬ中古店舗のリノベーション。
きけばきくほど魅力的に思えてくる。 
 

 
奥に設けた事務所スペースで仮住まいしながら、
ゆっくりと手をいれてここまでできあがった。
 
家具はすべて、家具職人である葛原さんによる手づくり。
 
手製の家具はいわずもがな、
飾られているインテリアの美しさやセンスの良さにも目を見張るばかりだが、
 
「わざわざ用意したというものはありません。
こだわり? そういうものも特にない気がしますね」
 
息をのむほど見事な調度を前にして、その言葉もやはり信じがたいが、
こぢんまりとしたキッチンを見て、少し納得がいく気がした。 
 

 

 

 
技術が高く、つくりが繊細でつい忘れそうになるが、
手づくりであることには違いない。
 
毛沢東のレリーフは
 
「文化大革命時期のアジテーション的な看板です。
シンガポールで手に入れ、木工職人である藤本さんと額装しました」
 
これも手製なのだ。
 

 

 

 

 
玄関口ではインコが高い声でさえずり、
見事な音響システムから流れる豊かな音楽が広々とした空間に響きわたる、
ここはまさに別世界。
 
緑に囲まれた玉城の中でも一段とのどかな土地に、
こんな空間が広がっているとは。
なんだかキツネにつままれたようだ。
しかしご本人含め、葛原さん一家にそんな意識は微塵もないよう。
 
「私にとってはこれが普通なので、なんとも思わないんです(笑)。
私よりさらに麻痺しているのはあの子ですが」
 
と、6歳のお嬢さんを指して葛原さんの娘さんは言う。
 
 
葛原家には、広大なLDKの他に個室も3部屋ある。
 

 

 
一般的な家のLDKほどはあろうかという広さの客間。
 
「よく人が泊まりに来るんですよ。
でも、特別に用意したものは置いていません。
余り物だったり、昔から持っているものだったり」
 
この空間がアフターだとすると、
長男一家との同居に際して現在手を入れようとしている隣の部屋がビフォー。
 

 
まさにこれと同じ状態から、ご自分の手であそこまでつくりあげたのだ。
 
「時間さえあれば誰でもできることです」
 
時間。
そしてセンス、実行力、イマジネーション、さらに器用さも必要なのでは・・・
 
部屋を見回して100回くらい感心しながら、
葛原さんの言葉に心の中で突っ込む一方で、
葛原邸と同じ完成度とはいかずとも、
自分たちが住むには十分な等身大のおうちなら
もしかしたら自力でリノベーションできるかも?
と、どこかで希望を抱く自分がいた。
 
葛原さんの口ぐせ、
「誰にでもできます」
は、そう思わせてくれる魔法の言葉だ。
 

 
一歳に満たないかわいらしいお孫さんが寝ているベビーベッドの
つくりの美しさに目を奪われた。
もしかしてこれも手づくり?
 
「もちろんです(笑)」
 
広いLDKの各所に、お孫さんやご家族の写真が飾られていて、
葛原さんは目を細めて写真を見つめながら、家族のことを教えてくれる。
広い部屋一室まるまる客間にするのは、来客を歓迎している証拠。
流れている音楽のことに話を向けると、お勧めのアルバムを新たに選び直して聴かせてくれる。
玉城に住む友人たちとのもあいの話も素敵だった。
 
葛原さんのさりげない、でも心からのもてなしや愛がつまった家。
 
リノベーションについては
「たいしたことじゃない」「誰でもできる」
さらり言い放つ葛原さんだが、
 
「僕、料理は結構する方なんですよ。
地域の祭りのあとにうちにみんなで集まったりしてね」
 
と、少しだけ得意げな顔をのぞかせた。
 
こんなおうちを建て、家具をつくる手がこしらえる料理、
絶対おいしいに決まってる!
葛原さんの料理に舌鼓をうちながら、
店舗リノベーションの話、もっとききたいな。
 
そう思って気づいた、
だからみんな集うんだろう、この家に。
魅力的な家だけが理由ではない、
家主のさりげない愛に触れて。
 

写真・文 中井 雅代