「山の茶屋」の裏庭手間ひまかけて、「自然のまま」を維持した庭。開発でなく、「磨く」土地利用。

山の茶屋
 
「僕の写真撮るなら、この木と撮ってちょうだい。
いいでしょう? このガジュマル」
 
南城市玉城の人気カフェ「山の茶屋」「浜辺の茶屋」のオーナー・稲福さんの、広い庭にある、大きな大きなガジュマル。
 
「去年の台風で少し傾いてしまったんだけどね。
幹から下がっているのは『気根』。幹が傾いても、地面に向かって伸びていった気根が支えるんだよ。
不思議だよね。そして、強いんだよね」
 
この立派なガジュマルに代表されるように、稲福さんの「庭」には、自然の姿そのままの花や樹木があふれている。
 
「僕の自慢の庭、面白いと思ってもらえるかわからないんだけど、一緒に“ のぼって ”みる?」
 
山の茶屋
 
山の茶屋
 
庭へ向かう前に、「山の茶屋」の奥にある隠れ家を拝見。
 
山の茶屋
 
実はここ、知る人ぞ知る宿泊施設でもあり、スパでもある。
詳しいことは、山の茶屋にてお尋ねください。
テラスから一望できる玉城の海を、独り占めできるおうちです。
 
この、おうちへと続く板造りの道にご注目。
切り立った岩場を避けるように作られている。
 
「僕は、自然のものにできるだけ手を加えないように心がけてるんだ。
岩場そのものが、この空間の主役なんだよ」
 
山の茶屋
 
庭の入り口。
門はあれど、門のこちら側も向こう側も、風景はさして変わらない。
「かぎりなく自然のままに」という稲福さんの姿勢がここにもうかがえる。
 
門を入って間もなく、広大な庭の中でも特に稲福さんが愛着を感じている植物に会える。
 
「11年前に捨てられそうになっていたところを、『俺にくれ、大事にするから』ともらってきたガジュマルがあるんだ」
 
山の茶屋
 
手を広げたような形状の、若々しく葉の茂った木がそのガジュマルだ。
 
「大掃除するからと、ゴミのように捨てられかけていたんだよ。
それを引き止めて、花鉢に入れて連れて帰ってきた。
それから11年、こんなに大きくなったよ。
こいつがさ、前を通るたびに言うんだよな、『ありがとう、拾ってくれて。殺される身だったのに』って」
 
山の茶屋
 
木々に囲まれた広場には、大きな舞台がひっそりと。
 
「ここで、ライブをやったりワークショップを開いたりしてるんだよ」
 
山の茶屋
 
「ここはインフォメーションスタンド。
カフェスタンドにして、ドリンクを出してもいいかもしれないね」
 
土木設計事務所を経営していたこともある稲福さん。
モノづくりはお手の物、舞台も小屋も、道も階段も、何だって作れる。
 
山の茶屋
 
一体、何年間ここに立ち続けているのか。
大木となったガジュマルが見つめる先には…。
 
山の茶屋
 
玉城の海。
 
山の茶屋
 
手すりももちろん、自身で作りつけた。
 
稲福さんの庭はその昔、小さな集落が存在していた場所にある。
田畑として使われていたと思しき場所には、確かに開墾の跡が見られる。
当時の石積みも、そのままの状態で残されている。
 
山の茶屋
 
生き生きとした空間は、自然にまかせているだけでは実現しない。
自然な状態を維持するために、あえて人の手を加えている部分もある。
 
「例えば、限られた植物の蜜しか吸わない蝶がいるのですが、台風でその植物がやられた場合、苗を持ってきて新たに植えるんです。そうしないと、生態系が変わってしまう。
その際気をつけているのは、新たに植える植物を、できるだけ自然に生えているように植えること。あからさまな感じにならないよう、目立たぬように植えるんです」
 
勝手に生い茂っているのではなく、細心の注意を払って、守り育てているのだ。
しかし、その様子があまりに自然であるからか、思わず手を伸ばして摘みとろうとしている人を見かけることもあると言う。
 
「『すみませんが…』と声をかけたら、逆に怒られました。
『こんなに沢山生えているのに。いいじゃないか』と」
 
山の茶屋
 
「浜辺の茶屋」から「山の茶屋」に到るまでの広大な稲福さんの土地は、相続したのではなく、私財をはたいてこつこつと購入していったものだ。
 
「金が貯まったら土地を買い、また貯まったらまた買う…の繰り返し。だから貯蓄なんてろくにできたことがない。奥さんは大変だったんじゃないかな(笑)」
 
山の茶屋
 
山の茶屋
 
山の茶屋
 
24歳で土木関係の会社を立ち上げ、順調に経営を続けていた。
 
「従業員も雇い、羽振りもよかった。当時はちやほやされていたね」
 
34歳のときに玉城の土地に出逢って価値観が一変、36歳で人生の岐路に立った。
会社は順調だが、自分が本当にやりたいことは今の仕事なのだろうか? 大事なことを忘れていないだろうか?
稲福さんは奥さんにことわって、国外で2ヶ月を過ごした。
 
「これからの人生について、椰子の木の下でずっと考えてたんだ(笑)。
それで2ヶ月後、すっぱり会社をやめて、浜辺の茶屋を始めたんです」
 
今のように自然派カフェなどほとんど存在しない時代、周りはみな反対したと言う。
 
「すごくバカにされましたよ。『こんな場所に客なんて来るはずがないよ』と」
 
資金をかき集め、店が完成したのが12月。真冬の海に立ち寄る観光客などいなかった。
 
「調子のいいときで1日10~15名くらい。
普段は嫁さんと二人で寂しく店に立って…。
でも、『僕ら間違ってないよね? 海を見ながらコーヒーを飲むことの素晴らしさに、共感してくれるひとはいるはずよね?』と」
 
稲福さん夫妻の考えに間違いはなかった。
徐々に客は増え、店の評判は県外へも広まり、やがて人気店となった。
 
「僕らがやっているのは『空間の提供業』だと思っているんです。
お客さんがうちを訪れてくださる目的は、この空間の風を吸うことだと思うんです。ただコーヒーを飲むためだけに、わざわざ東京から沖縄まで来るひとはいないでしょう?
 
自然がつくり出した空間というのは、二つとして同じところはありませんから、人の真似というのができない。
都会の交差点ならどこでも簡単に真似することができるけれど、自然環境がまったく同じところなんてありませんから、唯一無二なんです」
 
山の茶屋
 
息を切らして(稲福さんは涼しい顔で)山沿いの庭をのぼりきったところには、瓦屋根の家が建っている。稲福さんの自邸だ。
 
「ここもカフェだと勘違いして、入っていらっしゃる方が多いんですよ(笑)」
 
山の茶屋
 
山の茶屋
 
庭の大木も、気持ちよさそうに海を見下ろしていた。
 
山の茶屋
 
「沖縄の自然そのものが、素晴らしい原石なんです。
それを、開発という名のもとに破壊してしまう人たちが多い。
実際、土木関係の会社を経営していたころは僕もそういうことをやっていました。
原石を破壊するのではなく、磨くスタイルの土地利用に、我々はもっと目を向けるべきだと思うんです。

庭の勉強のためにハワイに行くと、沖縄が観光立県を名乗っているのが恥ずかしくなるんですよ。
特に名所・名木というわけでもないのに、ヒンプンガジュマルの3~4倍はあろうかという大木が到るところにある。自然を守るということが、ごく当たり前になされている。
 
ハワイのビーチサイドはゴミ箱がしっかり設置され、ポイ捨てなどしないよう役所が管理しています。
一方、沖縄では保安林にもゴミが散乱し、路側帯の草もほとんど手入れされていません。
 
これでは、トランジットで沖縄に立ち寄った外国人は、誰もリピーターにはならない。
 
今ならば、まだ間に合うと思うんです。
自然が、人の手によってしっかりと守られて、のびのびとしている状態がいかに素晴らしいか、この庭にお越しになって、ぜひ肌で感じてみてください。
この庭を造ったのは、そのためでもあるんです」
 

写真・文 中井 雅代

 
山の茶屋
山の茶屋・楽水
南城市玉城玉城19-1