「気配」クロヌマタカトシ木彫展に寄せて

 

写真・文 田原あゆみ

 

 

沖縄でクロヌマタカトシ氏の木彫展を初めて開催してから約3年が経つ。
先日久しぶりの再会。
薄曇りの爽やかな5月、厚木のご実家の近くに新しくできたアトリエへとお邪魔した。

 

 

 

 

氏の好きなデンマークの画家ヴィルヘルム・ハンマースホイの絵を思わせる柔らかく沈んだグレー。
このアトリエは氏の祖父が持っていた物件を改装したもので、同じ間取りの物件が数件並んでいるのだが、色といい佇まいといい全く印象の違う空間になっていた。

 

不思議なもので、住んでいる人に合わせているのか植生までが全く違う。このアトリエの周りの植物たちは頭に西洋という文字がついている様子に見えた。蓬も西洋ヨモギと呼びたくなるような姿なのだ。植物と人は互いに呼応しているらしく、住んでいる土地の土を日常的に裸足で踏んでいると、その人に必要な植物が育つというのだ。

 

この辺は掘り下げるととても面白いテーマなのだけれど、話が逸れてしまうので本題に戻ろう。

 

2016年の春に自宅兼アトリエを訪問したときにも味わった彼の世界観は、アトリエというテーマのもとにここに濃縮されていた。扉や、壁に取り付けられた硝子窓、スイッチ、床板。どれもが簡潔な形をした古いもので揃えられていて、どこを切り取ってみても氏の世界観が表れている。

 

約半年かけて自身の手によって作られた空間。
案内をする、氏もはにかみつつとても嬉しそう。
リノベートしている時もとても愉しかったに違いない。

 

 

 

 

扉をくぐって最初に目に入ったのはこのスワン。

 

2016年に自宅を訪問したときにもクロヌマ氏が製作したスワンに出会った。このスワンと同じくらいの大きさで、やはり流木から生まれたその姿は象徴的で、深く印象に残った。そのときに素直に「これが欲しい」と言えなかったがために、その子は誰かの元へ旅立ってしまい私は後で涙した。

 

思い入れがあったクロヌマタカトシ氏のスワンに再び出会うことができた嬉しさで声が裏返りそうになるのをグッと肚に力を入れて、涼しい顔。

 

「クロヌマさん、このスワンはもしかしてShoka:に展示される予定ですか?」

 

 

 

「はいそのつもりです」
と、クロヌマ氏。

 

なんとも言えぬ嬉しさがこみ上げてきて、その日私が撮影した写真のほとんどの構図が右肩上がりになっていて、この記事を書くにあたりトリミングしなければならなかった。

 

うれしい。

 

 

 

 

彼の作品を初めて見た時から、目に惹きつけられる。
吸い込まれるように見つめてしまうのだ。

 

 

そこには時間の流れがあり、息遣いがある。

 

人はまず見てしまう。
そして何故見てしまうのか?と、初めて対象と自分自身との関係を意識するのだ。

 

 

私の瞳が、スワンの瞳を見つめる。
スワンの瞳が何を見つめているのかに思いを馳せる。

 

何度か子育てをした気品あるおばさまのスワンにも見えるし、何故か若いオスのスワンにも見えてくる。
不思議なもので同じスワンなのにじっと見ていると違う表情が表れてくるのだ。

 

スワンは湖水を眺めている。その湖水の中では様々な生命の営みがあるだろう。
その営みは、過去から続き未来へと引き継がれてゆく。
このスワンの背後には多くのスワンたちの歴史があり、その先には彼らの種を待つ未来がある。

 

そうしてすごしているうちに、スワンを通して自然界全体の空気のようなもの、時間軸を超えた存在そのものに触れたような気がしてくるのだ。

 

 

その目は無限の物語を語る。
そんな目を持つものに出会えることは滅多にない。

 

 

 

 

アトリエの一番奥の戸棚には、氏が集めてきた流木たちがぎっしりと詰まっている。
海で拾ってきたものは、削られ尽くした良さがあり、河から拾ってきた流木には何かがこもっているような生々しさを感じるものがおおいのだと氏は言う。

 

スワンの胴体の部分は流木でできている。作品として仕上がったものはこれ以上ないくらいしっくりとその姿に納まっているのだが、最初からその姿を顕してくれるわけではない。
じっと見て、そこから感じるものに耳をすませて何ヶ月、あるときには数年かかってその「気配」を追うのだという。

 

その物が持っている形状・記憶・色・それら全体から漂う気配。
そこに意識の一部をつないで、日々を過ごす。

 

感覚の全てで、その気配を追いながら待つ。

 

するとある日、その気配が形となって観えてくるのだという。

 

 

 

 

氏の作業台の上に載っている角のある木の塊が見えるだろうか?
これは木片を使って制作している作品。

 

前回の個展で展示したバイソンを覚えている人もいると思う。
氏のイメージの中にいる動物や人物、ときに建物などを木彫で表現するときもやはり表したい印象を空に描きその気配を木片を彫ることで捉えてゆく。

 

2012年の松本クラフトフェアーで彼の動物のシリーズに心掴まれ多ことがきっかけでこのご縁が始まった。
そのときに見た羊の姿もまた、単に羊を模写したものではないことが伝わってきた。

 

羊の周りにはなんとも言えない独特の空気感があって、物悲しくも見えるし、ほのぼのとした草はらも見えてくる。

 

 

 

 

氏に掘り出されるのを待つ動物のタネたち。
なんとも可愛らしい。

 

この写真では動物の形をした木片だけれど、彼が掘り出すことでその存在の根源的なものが宿るように感じている。
出来上がった姿には、その存在たちの源への賛辞が滲んで見えてくるのだ。

 

 

 

 

 

きっと見る人によって様々な表情を見せる羊。

 

 

 

 

 

粘土素材の作品。
比較的短時間で整形できるその特質を活かして、受け取った印象やインスピレーションが色あせないうちに形にしたいときに好んで使っているそう。

 

 

 

 

どの作品にも共通しているのは、周りの空気を変えてしまうような存在感があるということ。

 

 

 

 

私も今回展示される作品を心待ちにしている一人。
氏の作品世界は深く静かに語るので、きっと一人一人受け取る物語が違うのだろう。

 

あとは静かにその物語にふさわしい空間を作ることに尽力したい。

 

 

 

 

「高校生の頃から、おじいさんみたいと言われていたんです」
と、本人が言うほど落ち着いていて、寡黙なクロヌマタカトシ氏。

 

 

 

彼が追う「気配」。

 

 

その世界観がどのように表現されるのか楽しみで仕方がない。

 

老若男女を問わず、多くの方に触れてほしい。
子供にも、学生さんにも是非。

 

 

詳細は以下にてどうぞ。

 

 

         

 

 

2019年6月28日(金)~7月7日(日)
*会期中無休 12時半開場 18時閉場 作家在廊予定 6月28日

 

感覚に訪れるものがある。
まだその存在に姿はなく、言葉にもならない。
目には見えないけれど近づいたり離れたり。
触れようと手を伸ばし、その音色に耳を傾ける。

 

微かな兆しを辿り、全感覚を開いて待つ。

 

 

 

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