» 「旅の残り香」

 

写真・文 田原あゆみ

 

田原あゆみエッセイ

 

旅から帰ってきて2週間が経った。
旅の間の記憶は、印象となって日常というスープの中に溶けてしまった。

 

今はもうあの日々の残り香が写真と記憶に残るだけ。
写真をぼーっと見ていると旅の香りは、くっきりと写っているものよりも、手元、足元、シルエットの中にそのエッセンスがより濃く残っているように感じる。
ぶれた写真の中にこそ、そのときの気配や動きが漂っているのだ。

 

パイプにタバコの葉を入れて吹かすひと時の旅の友の姿。
眉間、手、首の傾き。
そんなところに彼の穏やかに包み込むような印象が詰まっている。
その大きな手で、私たちにエビの香草グリルを作ってくれた。
「代々家族に伝わる秘密のレシピなんだよ」と言って、ウインクをした。
チャーミングな彼は今は引退した元泌尿器科のお医者様。

 

田原あゆみエッセイ

 

 

コルシカ島の石畳の小道を颯爽と歩く彼女。
その後ろ姿に、物事をポジティブに変える芯の強さと、勇敢さ、そして C’est la vie! と微笑んでユーモアを振りまく優しさをみる。
アレクサさんはたくましく前向きな女性だ。

 

私はお空に旅立ってしまった友人から、彼女の名前を長いこと聞いてきたけれど、実際に会ったのは今年の2月のこと。
今回が2度目の再会で、同行した友人がコルシカ島の彼女の別荘に招待を受けたのに便乗したという形。
それなのに、彼女の自然体のおもてなしには感激してしまった。

 

コルシカ島に向かう飛行機の中での事。
飲み物を片付けていたスチュワーデスの手元が狂って、私の白いパンツの上に紅茶のティーバッグから滴る濃い汁がかかってしまった。
真っ白いパンツに広がった茶色いシミはかなり目立ってしまって、簡単に取れそうにないことが私にはわかった。
それはこの夏の一番のお気に入りのパンツだったので、私は衝撃を受けてがっくりとうなだれた。
「フランス人は滅多に謝らないよ」友人はそう言って、何か拭くものを持ってきてと彼女に頼んだ。
しばらくするとそのスチュワーデスはウエットティッシュを幾つか持ってきて、
「That’s ok now ha?」と軽く言ってさっといなくなってしまった。

 

これはちっともOKではないことは一目瞭然。なかなか落ちないだろうと思われた。
私の気持ちにもシミができて、頭の片隅にずっとどうやったら取れるだろうか?宿泊先に着いたらすぐにシミ抜きしなくちゃ、取れるといいけど、無理かなあ・・・そんなことを頭の中でずっとつぶやいていた。

 

 

アレクサさんのコルシカ島の小さな石造りの別荘に着いたらすぐにそのことを彼女に話し、何か漂白するものはないかと聞いた。
彼女は、「本来ならばその航空会社はあなたに弁償しなくてはいけなかったのに、残念です。フランスの会社がしたことですね。私からもあなたに謝らなくちゃ、同じ国民ですもの」そう言うと、大きなたらいに水を貯めて2種類の洗剤に漬け込んでくれた。

 

その気持ちも嬉しくて、私はお礼を言ってつけおき洗いでパンツのシミが消えることを願いながら、その後の時間を楽しんだ。

 

その日は夕方から海へ泳ぎに行って、夜はウェルカムパーティ。
美味しい料理とワインでいい気分になった私は、洗面所の帰りにちょっとだけ体を伸ばすつもりでベットに横たわると、そのまま朝まで寝てしまった。

 

田原あゆみエッセイ

 

翌朝はいいお天気で、私は早起きをしてベランダに出てみた。
するとそこには、綺麗にシミが取れた白いパンツが朝日を浴びて干されていたのだ。

 

私が寝ている間に、食事の後片付けまでしてくれて、その後彼女は付けておいたパンツをゴシゴシ洗って、ゆすいで干してくれていたのだ。
・・・・朝日に輝くそのパンツを見たときの私の胸中は

 

シミが消えていることへの驚き、
それを年上でホストのアレクサさんがやってくれたことへの驚き
昨日何もしないで寝てしまった自分への驚き

 

しばし呆然

 

そしてその後の私の心は、それを彼女にさせてしまった申し訳なさ、やった!取れたぞ~~~という喜びと、皿洗いも片付けもしないで寝ちゃった私はダメ駄目ね・・・という反省とがない混じっていた。

 

けれど総合すると、とても嬉しく、そして彼女の素敵さに感銘を受けた。

 

私が大好きだった友人、今はお空の上にいる師匠のあの人がアレクサさんのことをどんなに好きだっただろう、そう思うと目尻も気持ちもじんわりした。
昨日は茶色のシミを付けてしょんぼりしていた白いパンツは、その日の朝誇らしげで、嬉しそうに見えた。
みんなに世話を焼いてもらって、コルシカ島の無垢な朝日がどんどん漂白してくれている。
眩しい朝、眩しい私の白いパンツ。

 

私はその朝アレクサさんに開口一番にパンツのお礼を告げてそれがどんなに嬉しかったか、片付けもしないで寝てしまったことはとても恥ずかしく申し訳ないと思っています、と告げた。

 

彼女は、にっこりと笑って「よかった! 後は太陽の光がもっと白くしてくれます」そう言って、その朝の朝食の支度が始まった。 

 

 

そんな思い出がこの写真には詰まっている。

 

 

 

田原あゆみエッセイ

 

 

何百年もときを経た石畳を私たちもまた踏んで歩いた。
暑かったし、海の帰りだったからビーチサンダルでペタペタと歩いた夕暮れ時。
角を曲がるたびにロバがいないかときょろきょろした街角。教会の前。

 

過去の時間だけれど、今の私の中にある思い出たち。
こんな風に思い出や記憶が詰まってくると、若い頃の時間より現在の私の時間の方がパイ生地のように何層にもなっているに違いない。
今の中にたくさんの記憶が息づいているのだから。

 

 

田原あゆみエッセイ

 

 

 

 

 

記憶の階段を上り下り。時間の流れはまっすぐ一本道だと思いがちだけど、今という時間の中に存在する記憶は上下にあるような感覚。螺旋階段を降りたり登って戻ってきたり。
そうやって旅の残り香を楽しんでいたある日のこと。

 

旅費の精算係りに任命されていた私は、時間を作ってクレジットの明細を見ながら互いに負担した金額をチェックしていた。
そうしたら、なんだかひっかる項目をクレジット明細の上に発見。
航空会社からの請求が同日にダブルで来ているのだった。微妙に違う代金はともに約6万円。ダブルで12万あまり・・・。
調べてみると、Paris-Corsicaのフライトが二重ブッキングになっていたようだ。

 

衝撃的
パソコンの前で金縛りにあう

 

 

痺れた思考から、ゆっくりと記憶の紐を解く。
うろたえながら足元をよたつかせて、記憶の螺旋階段をじわじわと降りてゆく。

 

そうだった、あのときだ・・・
確かにその状況を生み出す要因のある地点に私は降り立った。
wifiジプシーだった私たちは、田舎町のMelleのcafeでipadを使って航空券の購入に挑んでいた。
二人とも、そういう秘書的な能力は皆無。もしも私たちが事務員や会計係りになったとしたらその会社は逼迫した状況に立たされるだろう。

 

そんな私たちが挑んだフランスのサイトでの航空券購入。
なかなkwifiがうまくつながらず、航空券購入詳細とクレジット情報の入力を終えると画面がぐるぐるした後に消えて、トップサイトに戻るというのを何度も繰り返した。何度もその作業を繰り返したのだ。

 

 

それを思い出して、非常に衝撃を受けた私は、口から煙が出ていたに違いない。
いや、それは煙じゃなくてマブイだったのかもしれない。
その夜よろよろとベッドに入った私は、あることをはっきりと思い出してぞっとした。

 

あの時、私たちはクレジットの明細を入力して、送信ボタンを押した後画面が無効になるので何度も何度も同じ情報を入れて注文を繰り返したのだ。
きっと6回は繰り返しただろう。

 

「2回で収まってよかった~~~~」そう思えてきて、嬉しくさえなってきた。
「ラッキー」、そう呟くと私は深い眠りについた。
寝入り端に、「今回のいらぬ出費を合計するとどこかにもう一度旅に行けたかも」そうマインドが呟いたけれど、それは気にしないことにした。

 

 

そういうポジティブなたくましさが、私をまた旅へと連れ出してくれるだろう。

 

 

田原あゆみエッセイ

 

 

未だ旅は終わらず。

 

 

 

 

 

 

田原あゆみ
エッセイスト
2011年4月1日から始めた「暮らしを楽しむものとこと」をテーマとした空間、ギャラリーサロンShoka:オーナー。
沖縄在住、日常や、カメラを片手に旅をして出会った人や物事を自身の視点と感覚で捉えた後、ことばで再構築することが本職だと確信。
ぽろりと抜け落ちる記憶や、ちょっとしたハプニングも楽しめるようなおおらかさは忘れまじ。
最近は目的がある方が旅は面白いな、と感じています。

 

エッセイ http://essayist.jp
Shoka: http://shoka-wind.com