写真・文 田原あゆみ
オニハソト フクハウチ
そう叫ぶとこの社会はオニばかり
フクハウチ オニモウチ
そういう社会は、安心だ
「無邪鬼」
うちのジャイちゃんは小さなお顔に天使のようなキラキラお目々。
ポリッシュ・ローランド・シープドッグという牧羊犬で、雌、現在9歳。体はこの犬種にしたら小さめで細い。風貌は天使のようだけれど、主張が強くて振り向いてもらおうと様々なことをする。
海へ泳ぎに行くと、自分から海に入って犬かき足かき必死に泳いで、家族一人ひとりのところを回ってキスして回る。もちろんその顔はチャーミングな笑顔。犬は無表情だと思っている人が多いだろうが、実際ジャイちゃんは片口を釣り上げて笑顔を作る。笑顔でみんなに挨拶をして回るこの子はとにかく注目を引くのが好きだ。無視されるよりは叱られたほうがまし、そんな彼女は生まれた時に母犬が子育てを拒否したらしい。切なく、可愛い天使のジャイちゃん。
ある日振り向くと当時1歳前の可愛い盛りのジャイちゃんが玄関で私じっと見つめて、「フゥ~~~ヲンヲン(あそぼ~~よ~~~)」、と小さく呼びかけている。春の天気は変わりやすい。この日を逃したら明日は雨かもしれない。そう言い聞かせると、その甘いお誘いを無視して、掃除洗濯に集中。
何時間経っただろうか、すっかりその存在も忘れかけた頃、やけにジャイちゃんが静かなことに気がついた。
なんだか嫌な予感。
玄関に目をやると、私の視線に気づいたジャイちゃんは腰を落として半伏せのポーズ。いけないことをした時のボディランゲージだ。
ま、まさか・・・・・私は玄関に向かった。
そして、その玄関に繰り広げられた惨状を目にした途端世界は止まった。
そこには命を失くしたボロ雑巾のような物体が転がっていたのだ。元は白い何か。非常に見たことのある、馴染み深い素材に私は釘付けになった。思考停止。
なんだこれは?・・・・・・凍りついた思考が少しずつ溶け出すと、ボロ雑巾の残骸が記憶の断片をかき集めて徐々に元の姿を取り戻す。私の脳裏に元の姿が再生された。
それは、グレイッシュホワイトの柔らかな革にカットレースの加工が施されたヨーガン レールの靴だった。私が当時一番愛した靴。
一足は完璧な姿で、もう一足は半分食べられ、しゃぶられ、半ずたになって転がっている。
彼女は完全に死んでしまった。革靴のことである。
私は一瞬宙に浮き、そこからだーんと足を床に打ち付け叫んだ。
「こりゃああああああ!!!!」
ジャイちゃんはピンクのお腹を見せて物体の横に転がり、目には涙さえ浮かべている。私は怒りに任せて吠え、彼女を罵り、ダメよ~~~~~~~~と、地団駄を踏み鳴らす。
一通り怒りのダンスを踊りまくった後、小さく地べたに這いつくばったジャイちゃんの、その白いふわふわの毛が小刻みに波打っていることに気づく。震えているのだ。
理性はその波に洗われて戻って来た。
食べられ、魂までも吸い尽くされたその靴はもはや生き返るまい。革の半分はジャイちゃんのピンクの腹のなかに吸い込まれたのだ。再生不能。その現実を少しづつ腑に落としながら、私は観念した。
もう再び心躍らせてあの白い靴を履き、春の喜びのダンスを踊ることは叶わない。ならば愛犬ジャイちゃんの心までズタズタにしてはいけない。くるりと玄関に背を向けた。
思考も戻って来た。舐められちゃあかん。すぐに優しくしたら、またやられる。しばらくは無視無視。そう自分に言い聞かせて、その日は夕方のご飯の時間までジャイちゃんの目を見ずに過ごした。あのつぶらな瞳を見てしまうと、ハートが蕩けて撫でずにはいられないからだ。
夕方食事の時間、茜色の光を受けたジャイちゃんは腰を落としゴメンなさいのポーズをしたまま近づいてきた。半口をあげて笑顔を見せ、目はキラキラと潤んでいる。この子の瞳はなんて綺麗なんだろう・・・・
私は「ジャイちゃ~~ん」と両手を広げてかがんだ。そしてふわふわの白い毛とその下にあるピンクの温もりある身体をなんども撫でた。怒りに任せて怒鳴り散らした、飼い主の狭い心を半分は恥じ、半分は未だ思い出すと腹が立つ小さな自分。それを隠すように笑顔を浮かべて、「でもね、ジャイちゃんもう二度とあんなことしちゃダメよ!」ちょっと手に殺気が走ったのだろう。ジャイは身体を硬くして地面に這いつくばった。
しばらくは時折あの惨劇を思い出し、二度と履くことができないあの美しい靴を思い出し溜息をついた。ジャイちゃんを目にするとその忌々しい記憶がよみがえり、私の眉間から殺気が飛ぶのだろう、彼女は怯えた表情を浮かべすぐお腹を見せるようになった。
それから二月ほど経っただろうか、ジャイちゃんには自然な笑顔が戻り、私の傷も少しづつ癒えてきた。
その年の初夏は忙しく、来客も多くて私はよく家を空けた。ある日のこと、ジャイちゃんが玄関から私をじっと見ていることに気がついた。目があった途端、腰を落とした彼女。不吉な予感。
私は走った。
そこには、長いひも付きのサンダルが半分食べられて転がっていた。色はグレイッシュホワイト。一番目が他界してから二番目のお気に入りだった。
ジャイちゃんに目をやると、ピンクのお腹を半分見せて靴の隣に転がっている。私は怒った、けれどどこか冷静にこの犬のことを観察していた。姿勢は謝罪のポーズだが、目の奥に喜びがある。口元も少し上がっているように見える。身体は帯得ているがシッポがないこの犬の尾てい骨の部分が揺れている。じっと見つめてみると、シッポを揺らす骨が左右に動いているのだ。
その時私は彼女を理解した。
確信犯。天使の姿と笑顔を纏った無邪気なオニが彼女の中に生きている。
無視されるより、愛の鞭を求める。ゆえに可憐な彼女の名前は「ジャイ子」
「鬼力」
節分の1週間前のこと。
その晩は楽しみにしていた日本酒の会。
笑って飲んで、美味しい食事と日本酒と愉快な友人たちと過ごした時間。
したたかに酔って代行で帰宅。私を待っていた愛犬を散歩に連れ出して、二匹を誰もいない夜道に放した。さあリードをつけようと振り向くと、愛犬のもこもこ毛玉のぽぽが草むらの方へガサゴソと入った途端に、消えた。どさっと落ちた音がする。その草むらの奥は斜面になっているのだ。
ぽぽ!!
ぽぽは老犬13歳。目が見えないのでジャングル斜面から滑り落ちてしまったのだ。そんなに落差があるわけでもないし、蔦がびっしりと茂っているので怪我するわけではな いけれど、ぽぽは目が見えないし、街灯もないこの一帯は真っ暗。これは大変なことになったと不注意な自分を呪いながら、
「ぽぽ!ぽぽ~~~ここよ~~~」と大きな声で呼びかけ手を鳴らす。
ガサゴソ、うおん!とぽぽ。鳴き声から察するにどんどん違う方へ行ってしまっているようだ。
暗くて何も見えないので、家に走って帰って、iphoneを探すとライトを点けて斜面に戻って照らしながら大声で呼ぶ。
斜面の下からヲンヲンがさごそ・・・・
「ぽぽ~~~ほらここ~~~~」
パンパンパンと手を鳴らして、ぽぽ~~~~
最近引っ越してきた新参者の大騒ぎに、近所の人たちは迷惑だったに違いない。小1時間ほどやっていると、がさごそが少しずつ近づいてきて、ぽぽが蔦の絡まった斜面をえっさほいさと登ってきた。
身を乗り出して、やっと首輪をつかまえ首吊り状態のぽぽを必死になって引き上げた。
やっと地面に引っ張り上げた時には地面に寝転がった状態で、その上にぽぽ毛玉がずっしり乗っていた。
よかった~~~~~~~。。。と、しばらく地面に転がって安心安堵。
翌朝は久しぶりの快晴で、陽の光の中で気持ちよく起きた。身体中は痛いけれど、ぽぽに何もなくってよかったよかったと思いながらお茶を沸かして、のんびりと飲みながら散歩の準備。さあ今何時だろうとiphoneを探す、が、ないことに気づき家中を探し回った。
ないないない。
どこにもない。
Shoka:へ行って探してもない。電話を鳴らしても気配すらしない。ないないない。
家に帰って隅々を探してもないないない。
そうだ、昨日のあの斜面!
現場に戻って探してもない。ないないない・・・
このジャングル斜面に落としたのだろうか?そこは蔦と蔓に覆われていて、下が見えないほどに茂っている。もしそこへ落としたのなら絶望的。
それともぽぽを引き上げる時に、道の角に置いて、置き忘れたのだろうか?それを誰かが拾って・・・・
子供達が「ジャッキー、ジャッキー」と柴犬に呼びかけながら一緒に遊んでいる。彼らでさえ、私のiphoneを拾って持っているのではないだろうか?と邪念で血走る目で見てしまう。私はiphoneを盗まれたかもしれないという疑惑でいっぱいの鬼と化していた。
そうだ、「iphoneを探す」でみたらいいかも!急にひらめいて鬼は走って家に飛び込み、無くなりようがない大きなiMacでiCloudにログインiphoneを探すをクリック!
近隣の地図の上に3個のデバイスの所在が緑色の点になって現れた。
一つは住んでいる家、これはこのMacだろう。もう一つは歩いて5~6分の交差点に。
もう一つはその交差点から徒歩1分くらいのところにあることなっている。なんとそこは先日物干し竿を持ち込んだあのリサイクルショップだ。
じっとその点を見つめるうちにストーリーは出来上がった。
誰かが早朝に村道に落ちているiphoneを拾う。子供かもしれないし、犬の散歩をしているおじさんかもしれない。その時点で 数人の顔が私の脳裏に映る。あの人かも、いやあいつか?その人は拾ったiphoneを警察に届けようか迷っているのか、それともリサイクルショップに売り込もうとしているのか?
湧き上がる疑惑、手は早く売ったほうがいい。鬼はすっくと立ち上がり、決然と走り出した。目的地はそのリサイクルショップだ。
引越し作業で疲れた私はその数日前に転んで地面に体を殴られたので、全身が痛かったが、鞭打って走った。走るうちに鬼力が痛みを忘れさせた。この時鬼力500。
さっきの子供達がまだジャッキーと遊んでいる。「おはよう」と声をかけるも、目をそらして返事をしない二人の兄弟。やはり怪しい。鬼力1000。ジャッキーは私に向かって吠えた。鬼だからだ。
坂を駆け下りたら、白いジャンパーを着たおじさんが中型犬を連れて歩いている。あいつかも知れない。。。鬼は「おはようございます」と吠えて、小走りで角を曲がった。
あれだ、あの建物がリサイクルショップだ。
表に回ると、息を沈め深呼吸をして店に入った。店主はレジカウンターにいなかった。レジの周りに持ち込まれたiphoneが置かれていないか見回した。このリサイクルショップは闇のiphone売りかもしれない。鬼はそう考えながら慎重に店内を歩き回った。店主発見。
「おはようございます。先日考えてみたいと言っていた白い棚は、サイズが大きすぎたので、諦めました。それと、ちょっとお尋ねしてもいいですか?iphoneは扱っていませんか?」
「ああ、あれは持ち込まれてもどうしたらいいのかわからんねえ。あれはどうしたらいいの?電話会社に行って手続きしたらいいのかねえ?」
「え、あるんですか?」
「え、売りたいんじゃないの?」
「いや、実は落としてしまったようで探しているんですが、ここに誰か持ち込みませんでしたか?実はパソコンを使って調べてみたら、この界隈に持っている人がいるようなんです」
「いや~、そんな人は来なかったねえ。警察に行ってみたら?」
「ええ、後で行こうと思うんですが、昨晩落としたばっかりで、この辺に私の携帯があるようなので探しに来たんです。もし誰かが売り込みに来たら預かっていてくれませんか?」
「わかったよ~。そのときはあんたに電話したくても電話はこっちさあね、連絡できないからここで預かっておくね。また回ってきなさい」
おじさんはそう言って、縁が白っぽくなってきた黒目を優しく向けた。
鬼は残念そうにしたを向いて、うなづいた。ここにはなかったか・・・そうだよ、そんなにうまく犯人を探し出すことなんてできないよな。とぼとぼと家路につく。萎えて鬼力100。ああ、暗証番号とか、iphoneにしか入っていなかったよ、電話が使えないのはなんて大変なんだろう。でも iphone依存症が治るかもしれない。いろいろな邪念がぐるぐる。家に帰ってもう一度iphoneの画面をみつめ、デバイスがあるのがなぜこんなに離れ ているのか不思議に思ってそれぞれをクリックしてみた。
◯左端クリック「田原あゆみのipad」おい、どうして島袋の交差点にお前はいるんだ(実際は家のバッグの中)
◯リサイクルショップの場所にいる真ん中クリック「田原あゆみのMac」???お前はここだろ、なぜリサイクルショップにいるのよ?あんたマブイあそこに飛ばしているの?
・・・・これはもしかして?
◯うちにあることになっている右端をクリック「田原あゆみのiphone」!!!!なに~~~~うちにあるの~~~~???
もしかして!と寝室に戻って布団を剥がす。ない
敷き布団を剥がす・・・・・・・ない!
その下に引いているラグを引き剥がす・・・・・・・
「あった~~~~~~~~!!!」
なぜか敷きっぱなしのラグの真ん中にiphoneはいたのだった。真上で爆睡していたとは・・・・・
疑惑に染まった妄想が鬼を呼ぶ。その事件は喜劇に終わった。
いや、鬼劇、か。
鬼にも、田原あゆみにも疲れた。
この鬼から・・・・逃げられません・・・・・・
さて、今日2月4日は立春。今日産まれた春の産声で鬼を追い払おう。
久しぶりの太陽の光を浴びながら。
田原あゆみ
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Tavi Shoka:
Shoka:オーナー田原あゆみが自分の足で回って、自分の目で見つけてきたヨーロッパ、主にパリのアンティークを紹介しています。
「アンティークは誰かに見出され、愛されたからこそ受け継がれてきたものです。時間という篩にかけられて、残ってきたものには確かな魅力があるのです。そ んなものを自分で見て回り集めてきました。ヨーロッパの銀製品や、手仕事を生かしたものたちには独特の雰囲気が詰まっていて、暮らしの中で使うと独特の景 色が美しいと感じます。暮らしの中に、時間を超えたストーリーを迎えることも愉しいことだと感じます」
*今回探してきたアンティークは、2月から店頭に並んでいます。
アンティークのエッチングたちは額装に出しています。今月半ばすぎから店頭に並ぶ予定です。
暮らしを楽しむものとこと
Shoka:
沖縄市比屋根6-13-6
098-932-0791(火曜定休)
営業時間 12:30~19:00