ヨーガン レールの最後の仕事

写真・文 田原あゆみ

 

田原あゆみエッセイ

 

東京都現代美術館で10月12日(月 祝日)まで開催の「ここはだれの場所?」で、ヨーガン レールさんの作ったランプたちが展示されている。

 

一歩展示室に入ったなら、きっと誰しも言葉にならない美しさに圧倒されるだろう。
私は万感の思いがしてしばらく動くことができなかった。

 

一人の人間の意志や決断が生み出したものが、触れる人々に一体どれだけの影響を与えることができるのだろう。本当に測り知れないことだと私は感じている。

 

レールさんがまるで自然に選ばれ、とりつかれたように浜辺を歩いて集めたプラスティックの破片や漁網。それがこんなに美しいランプに生まれ変わって、私たち見る人々の心を震わせる。

 

この展示を見た人はあらゆる意味で衝撃を受け、きっと心ある人の胸にはあのランプの明かりが灯ることだろう。
忘れられないあの透明な灯火。

 

そのランプたちは私たち人間が利便性を優先して回収を怠たり、自然の中に廃棄したゴミからできたものなのだ。

 

 

 

 

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沖縄の美しい浜辺に、15年ほど前からプラスティックのゴミがどんどん流れつくようになってきた。
それは年を追うごとに増えていって、特にこの10年間はあまりのゴミの量の凄まじさに愕然と立ち尽くしてしまうほど。

 

次の写真の浜辺も全く同じビーチの景色。
2014年の5月にレールさんと一緒に行った与那国の海。

 

 

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与那国の海はとてもきれいだ。
透き通った海の水と、そこに泳ぐ生き物の力強さ、珊瑚の美しさは本島ではもう見ることができないほど。

 

なのに、ビーチにはこんなにゴミが漂着し散乱している。
特に多いのはペットボトルと漁業関係のプラスティック製品たち。日本のものももちろんあるけれどほとんどが近隣のアジア諸国から流れ着いたもの。

 

最初の頃は、こんなに海が汚くなってしまって、本当にひどい。と文句を言いながら家の近くの浜の掃除をしていたレールさん。けれど拾っても拾っても翌朝にはまた大量のゴミが流れつく。

 

6年ほど前からレールさんはそのプラスティックのゴミを拾い出した。ビーチクリーンではなく、彼は何かを決意してゴミの中から選んだものを拾い出したのだ。

 

 

「だれも沖縄の海がこんなことになっているのを知りません。観光客はドライブをして島を回るのだけれど、降りるのはカフェやきれいに整備されたビーチだけ。だれも地元の普通の浜辺には降りません。私はこの状況を一人でも多くの人に見てもらいたいのです」

 

拾ったものでランプを作るということは聞いていたので、私も役に立つことがあればと時間ができたら一緒に海辺を歩いた。

 

 

 

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私が石垣に泊まりに行くと決まって毎朝レールさんが呼びに来る。
「海へ行きましょう」と。

 

そうして3時間ほど浜辺でランプの製作に使えるプラスティックの破片やロープを探し回るのだ。

 

 

「ビーチクリーンでゴミを拾っても間に合いません。そんなレベルではないよ。
私はデザイナーなのでみんなが捨てたゴミを使ってもう一度美しくて使えるものを作ります。それを通して、今の沖縄の海の状況を知ってもらいたいのです」

 

 

レールさんはそう言うと、海を見つめて、

 

「どうしてこんな風になってしまっただろう。私たちはこんなことをしていたら、この地球にはだれも住めなくなってしまいます」

 

怒りと悲しみの混じった声で呟いた。

 

私は2013年から時間をできるだけとって、レールさんの姿を記録しだした。
2015年の9月。
最後の作品が出来上がる寸前まで。

 

 

 

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ドリルで穴を開けても割れないくらいに丈夫で、光を通した時に色がきれいなもの。
可愛いもの(おもちゃ)を見つけると嬉しそうに袋に入れた。

 

元がコレクターなので、拾ったり集めたりは大好きで見つけるスピードがめちゃくちゃ早い。長い足で颯爽と浜辺を歩き、はっとするようなものをどんどん拾っていくのだ。
ゴミなのに、レールさんが拾うと特別なもののように見えるのがいつも不思議だった。

 

 

 

 

持ち帰ったゴミを洗うための洗い場。

 

石垣島の家ではこの洗い場の前によくレールさんが立っていた。たわし・カナダワシ・様々なブラシと七つ道具がそこにはあって拾ったものをまずは洗って砂や汚れを落とすのだ。

 

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それをアトリエじゅうに広げて乾かす。

 

私は2013年の4月にレールさんのランプの処女作を見て衝撃を受けた。

 

こんなにきれいなものがこの人の頭の中にはあったのか、と。

 

 

 

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朝は海で拾い物。
言葉で書くと簡単だけど、2~3時間炎天下の浜辺を歩きまわり、手に持てるだけのものを拾ってずっしりとした袋を持って歩くので結構な重労働。
そのあと拾ったものを洗って、干して製作にはいる。

 

東京でもその生活は変わらない。
浜辺はないけれど、起きるとドリルを片手にまず製作。
手の力がいる仕事なので、いつも手首や指先が痛いと言っていた。

 

けれど、彼はこの仕事を取り憑かれたようにやり続けた。デザインの仕事もしながら、朝夕はランプの製作。

 

 

2015年の9月の彼の最後の日まで。

 

 

彼が旅立って一年。
どこをどう探しても彼の姿を見ることはできない。
それは私にとってとても寂しいことだ。

 

あの人は一体何だったのだろう?人間だったのだろうか?
ふとそう感じる時がある。

 

 

わがままで、天才的な目利きで、意志が強く、とてもチャーミングだったヨーガン レールさん。
あげたらきりがないほど彼は魅力的な人だった。

 

彼に会うことはこの世ではないけれど、美しいランプをたくさん残してくれた。

 

 

 

 

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プラスティックを嫌っていた彼が、様々な思いを昇華して作り上げたランプたち。
反対運動は嫌いなので、「私ができる形で人間の文明に対する小さな反抗をしたいのです」

 

 

時間を作って、ぜひ東京都現代美術館へ足を運んで欲しい。
遠くに住んでいるからということを理由にしないで、ぜひ。
これからレールさんの作品は世界中を回ることにいなると私は確信している。

 

けれど、今回の展示は特別のもの。
彼と今までずっと共に仕事をしてきたパートナーや友人たちが、愛する氏に捧げるために作った空間はまるで宇宙のように美しい。

 

今回の現代美術館での展示には彼に共鳴し友情を育んできた親友たちが多く関わって場を作った。
ヨーガン レールが生涯をかけて培ってきた美意識と自然への賛歌の結晶であるランプたち。そのランプの美しさを最大限に引き出して、なおかつ氏へのレクイエムと、決して妥協を許さなかった彼へ捧げる最高の仕事をしようと結集した人々の友情と愛情がこもっているのだ。その空間は胸に迫るものがある。

 

 

 

 

これは言葉を超えて個人の感性で感じるものなので、言葉はこのくらいにしよう。

 

最後に、ヨーガン レール氏の最後の仕事の本が出ました。
Shoka:でも取り扱っています。

 

 

 

「On the Beach 1」
ヨーガン レール氏が自然に捧げた最後の仕事。
沖縄の浜辺の様子や、浜辺でプラスティックのゴミを拾うレールさんの様子、制作風景や完成したランプたちをまとめた本。
私が2年かけて撮りためたレールさんの制作風景が載っています。

 

 

 

 

「On the Beach 2」
目利きでコレクターだったヨーガン レール氏は、ゴミに辟易しながらも面白いものが見つかるとにっこり笑って自慢げに見せるのでした。そのレールさんが最後に集めていたのはなんと浜辺で集めたビーチサンダルたち。
ユニークな彼が拾ったビーチサンダルたちはなんとも可愛らしい表情で、一つ一つが顔に見えてくるのです。
そのビーチサンダルの写真集を出したいというのが彼の最後の願望の一つなのでした。
なんとも可愛い本になりました。

 

この2冊を読んでいると本気で生きる一人の人間のエネルギーは計り知れない影響力を持つということをひしひしと感じる。
レールさんは生ききったとつくづく思う。
そんな人の最後の仕事を間近で関われたことに心から感謝している。

 

2冊まとめて買う

 

どんな方が読んでも素晴らしく心に届く本です。特にものづくりをしている人には持っていて欲しい2冊です。
ぜひ、2冊一緒にどうぞ。

 

そして、是非レールさんのランプを現代美術館へ見に行ってください。
私ももう一度ゆっくり見に行こうと思っています。

 

 

 

 

 

田原あゆみ
エッセイスト
2011年4月1日から始めた「暮らしを楽しむものとこと」をテーマとした空間、ギャラリーサロンShoka:オーナー。
沖縄在住、日常や、カメラを片手に旅をして出会った人や物事を自身の視点と感覚で捉えた後、ことばで再構築することが本職だと確信。
ぽろりと抜け落ちる記憶や、ちょっとしたハプニングも楽しめるようなおおらかさは忘れまじ。
最近は目的がある方が旅は面白いな、と感じています。

 

エッセイ http://essayist.jp
Shoka: http://shoka-wind.com