映画「人生フルーツ」/人生はフルーツのようにおいしく実る。年月を重ねた夫婦の、次の世代へつなぐ実りの庭のある暮らし

映画「人生フルーツ」

 

私の憧れの人は、皆素敵な庭を持っている。そのことに近頃気のついたスタッフ和氣です。料理研究家の辰巳芳子さんしかり、ハーブ研究家のベニシアさんしかり。この映画を観て、また憧れの人ができました。その人は、映画「人生フルーツ」の主人公、津端(つばた)修一さんと英子さん。90歳と87歳のご夫婦です。彼らの庭は、美しい花々を鑑賞するための庭というより、自然からの実りを受け取るための庭。その庭の様子を表したフレーズが、映画中何度となく繰り返されます。

 

「風が吹けば、枯れ葉が落ちる。枯れ葉が落ちれば、土が肥える。土が肥えれば、果実が実る。こつこつ、ゆっくり」

 

この映画のタイトル「人生フルーツ」とは、“人生は、フルーツ”=life is fruityということ。人生も果実も、急がずにゆっくりと時間をかけると豊かな実りをもたらしてくれる。そして豊かな実りを受け取るには巡らせていくことも必要と、この映画は教えてくれます。

 

J映画「人生フルーツ」

映画「人生フルーツ」

 

描かれているのは、70種もの野菜と50種もの果実が育つ庭を中心とした、修一さんと英子さんの豊かな暮らしぶり。“豊か”って金銭的な豊かさではありません。畑になるものの豊かさ以外でいえば1つに、2人の“思いやり”の豊かさ。

 

2人の家には、沢山のお客がやってきます。その度に英子さんは、手を抜くことなく沢山の手料理でおもてなしをするのです。畑で採れた旬の野菜の美味しそうな料理の数々。馴染みのお肉屋やお魚屋から仕入れたものも、季節を感じさせる料理へと変身させます。夏だったらハモのちらし寿司、冬だったら温かいビーフシチューというように。修一さんが腕を振るうこともあって、何時間もかけて燻製した手作りベーコンは、いつもお客に大好評。英子さんは、シメのスイーツまでも手作りです。庭で採れた旬のフルーツを使って美味しそうなケーキやパイを焼きあげる。これ以上ない心づくしのお料理が、すこぶるお客を喜ばせるのです。

 

庭で実ったものは、せっせと娘や孫に小包として送ります。中に詰めるのは、野菜をはじめ英子さんお手製のフルーツジャムや梅干しや梅酒、お惣菜まで。お正月にはお餅をついて送っていました。柔らかい出来たてホヤホヤのお餅に、ガスコンロで熱した焼印を押す修一さん。その焼印には「はなこさん」と孫の名前が刻まれていました。焼印はもちろん、修一さんの手作り。たっぷりの愛情を、ダンボールにきれいに並べていっぱいにして届けるのです。

 

庭の畑には、修一さんお手製の黄色い札が沢山立ってます。植えた野菜の種類だけでなく「春ですよ」「花のトンネル、楽しみ」「ジャムにしてどうぞ」など、ちょっと丸みを帯びた可愛らしい文字で、添えられた一言に和みます。札があるのは庭だけじゃなく、家の中にも。「ガスがついてますよ、忘れないで」「火の用心」など。それは、歳を重ねると増える“ついうっかり”を、口で注意するのではなく、伝言板で間接的に促す。その方がお互いイヤな気分にならないからですって。長年連れ添っていても、互いが気持ちよく過ごすための工夫を忘れないのは、見習いたいところです。

 

映画「人生フルーツ」

映画「人生フルーツ」

 

もう1つには、“健康と知恵”の豊かさ。年老いたからといって誰かに頼るのではなく、何でも自分たちでやってしまいます。それもとっても楽しそうに。

 

修一さんは90歳を超えたというのに、家の屋根にまで登って掃除をするし、障子だって自分たちで張り替える。自家製ベーコンを作るための炉も自作。いくつもの固まり肉を吊るした重くて熱い蓋を軽く持ち上げられるように、ロープと滑車を使う仕組みまで自分たちで作る。きっと何度も試しては、改良を繰り返したんだろうなあ。修一さんは言います。「なんでも自分たちで。自分たちでやるからこそ、見えてくるものがある」と。私が今後迎える老後の、目指すべき姿が描かれていると感じました。

 

映画「人生フルーツ」

映画「人生フルーツ」

孫のはなこさんの幼い頃、彼女のリクエストの応えて修一さんが手作りしたミニチュアの木のおうち

 

映画では2人の生活全てを見せてくれるので、中には2人の嗜好や習慣、こだわりまでもが映し出されます。例えば修一さんは、大好きなコロッケをいつもリクエストしていたり、金属製のスプーンが出ていたら、わざわざ「変えてくれ」と木製のものを持ってきてもらったり。色んなシーンで、「うんうん、こういう人いるよね」って思って、なんだか微笑ましくなる。それが近しい人と重なってみえて、悲しいシーンでもなんでもないのに涙が出てきたり。私は、父親を思い出しました。定年退職した父は、マメに葉書や手紙を書いていました。自著の本を送ってくれた人にはその感想を送ったり、離れて住む私にも何度か。

 

修一さんも毎日、沢山の人に葉書をしたためます。家を訪れた人に、後日その日の料理メニューをイラストにして、「またどうぞ」と送ったり。馴染みのお魚屋に、「先日のお魚、カルパッチョにしていただきました。いつも美味しい魚をありがとう」なんて、料理のイラストまで添えて感謝を届けたり。夫婦の似顔絵まで入れて、茶目っ気たっぷりなところは、私の父親とは違うところですが。そんな修一さんを観ていたら、父親と話したくなったなあ。

 

親しい誰かと重ね合わせるのは、きっと私だけではないはず。誰もが自分の両親や祖父母と似ているところを見つけて、温かいものがこみ上げてくるんじゃないかな。

 

映画「人生フルーツ」

映画「人生フルーツ」

 

映画の中では、現在の修一さん、英子さんの暮らしぶりだけではなく、2人のこれまでの人生も見せてくれます。こんなことがあったからこその今の生活なんだと、なおさら感慨深い。

 

修一さんは建築士で、かつて住宅公団のエースでした。修一さんがまだ30代の頃、愛知県は高蔵寺にあるニュータウンの設計を任されます。修一さんが描いたのは、自然のままの土地の傾斜や雑木林を残した設計。大地には風の通り道が必要と考えてのことでした。東京大学在学時からヨットにはまり、海や風と親しんでいたからでしょうか。自然の営みを邪魔しない、自然とともにある人々の暮らしをそこに思い描いていました。

 

けれど、時代は戦後の高度経済成長期。経済優先の時代は、自然の残る余白のある設計を許してはくれませんでした。できあがったのは、土地にぎっしりと「かまぼこを並べたような」、それはそれはとても無機質な大規模団地…。

 

当時の同僚は、「ある時から、津端(修一さん)は現場に来なくなった」と言っていました。その時の修一さんは、一体どんな思いだったのでしょう。その数年後、その高蔵寺ニュータウンの一角に土地を求め、そこに雑木林を育て始め、風の通り道のある終の棲家を作ったのです。それが映画の舞台になっている、雑木林と畑のある家です。

 

「修一さんは最近、いい顔になってきた」という英子さんの言葉が胸に残ります。悶々とした思いを抱えた住宅公団時代。そこから離れて、自然とともにある今の生活をしているから、ものすごーく魅力的な顔になったんじゃないかな。

 

映画「人生フルーツ」

映画「人生フルーツ」

 

公団のことがあってから50年もの時が経った晩年、修一さんにある仕事が舞い込んできます。その仕事とは、経済優先の生活で心の病にかかった人たちが入院する病院の、敷地を含めた設計でした。若いセンター長さんが、かつて修一さんが自然とともにある設計をしていたことを聞きつけ、アドバイスしてほしいと依頼してきたのです。

 

センター長の期待に応え、驚くような速さですぐに、温かいコメント入りの設計図を完成させました。添えた手紙には「報酬は辞退します。何でも聞いてください。遠慮は無用です」と。修一さんは、そのセンター長に、惜しみないアドバイスを送り続けます。経済至上主義の時代が生み出した、現在に広がるひずみ。修一さんはきっと高蔵寺ニュータウンを設計した時から、森がなくなると人間は人間らしくいられなくなることがわかっていたのでしょう。修一さんはようやく最後に、やりたい設計の仕事ができたのです。

 

残念なことに、修一さんはその病院の完成を待たずに亡くなってしまいます。完成後、英子さんはその遺影を持って、病院を見学していました。修一さんが思い描いたまんまのでき上がり。修一さんの思いが、確実に若い人たちに繋がったのです。

 

映画「人生フルーツ」

映画「人生フルーツ」

 

映画を観終わって、修一さん英子さん夫妻は、自身の暮らしを通して種まきをしていたんだと気がつきました。大地に実ったご馳走でお客をもてなすこと、その実りを子や孫に届けること、堆肥から土を作って肥えた大地にすること、雑木林で風の通り道を作ること、手紙で自身の思いを茶目っ気たっぷりに伝えること、人と森とが共存する建築物を設計すること…。全てすべて、大切な何かを若い人たちに手渡す行為です。次の世代の人たちが、修一さん英子さん夫婦のように、人生の実り(=フルーツ)を育み受け取れますようにと、種まきをしていたんです。

 

私の憧れる素敵な人は、皆偶然に庭を持っているのではない。庭を持つ人は、風や木々や土が循環するように、次の世代の人へ巡らすことも考えている。自身の喜びを次の世代へつなぐような愛に溢れる人だからこそ、私はつい憧れてしまっていたんですね。

 

文 和氣えり

 

映画「人生フルーツ」

 

映画「人生フルーツ」
【公式HP】
www.life-is-fruity.com

 

【上映予定】
桜坂劇場(那覇市)
アンコール上映 
6月17日(土)〜7月14日(金)
http://www.sakura-zaka.com

 

シアタードーナツ・オキナワ(沖縄市)
6月22日(木)〜7月12日(水)
http://theater-donut.okinawa