「西洋野菜など新しい野菜栽培に日々悪戦苦闘。趣味は料理。カレーなどインド料理のfacebookの投稿は必見!」
これ、“やんばる畑人プロジェクト”という、やんばるを食を通して盛り上げていく団体が書いた、ハルサー(農家)さんの紹介文。農業のことだけでなく人柄を感じさせることまで書かれていておもしろい。他にも、ユニークな農家さんがたくさん。
「出荷場ではいつも昭和の歌謡曲を流していて、大のカラオケ好き!」
「脱サラ後、沖縄へ移住し、奥さんと二人三脚で畑人生活。夏場は島オクラ、冬場はカボチャ、そして自分が食べたいために始めたカブが主力作物」
「各地域のファーマーズマーケットの特色を熟知し、今どこで何の野菜が求められているかなど売れ行き情報の宝庫」
ハルサーさんの大きな顔写真の横には、提供できる野菜のリスト。この資料は、同プロジェクトが主催するフードフェス、“香祭(かばーさい)”開催に向け、出店する飲食店へ送られた。飲食店は、それを見て香祭用のメニューを作り上げた。
今年で10回を数えるこのお祭り、「やんばるは美味しい」をスローガンに、その豊かな食をたっぷりと楽しめる。当日はスタートの11時前から、すでに沢山の人が行列をなしていた。普段は静かな公園が人、人、人で埋め尽くされたのだから、このイベントの人気ぶりが伺える。公園の隣には穏やかな海が広がり、芝の広場の中央には大きなシンボルツリーが佇む。そのツリーの下でハルサーたちが新鮮で色とりどりのやんばる野菜を販売。「わ! 安い!!」「これ、どう料理したら美味しいの?」など、お客はハルサーと賑やかに言葉を交わす。そのハルサーたちを取り囲むように、25もの飲食店のテントが連なった。
“香る祭り”というだけあって、会場はずっと美味しそうな匂いに包まれていた。それもそのはず、お弁当などすでに出来上がったものを並べる飲食店はほとんどない。どの店もお客の目の前で調理し、料理を仕上げる。そのライブ感がたまらない。
例えば、恩納村にある“カフェGOZZA”。名物カツサンドを作るその様子に、否応なく食欲を掻き立てられた。厚さ3センチはあろうかというトンカツは、パン粉をまとわすところから。それをじっくり揚げると、ソースの入った鍋にザブンとくぐらせたっぷりと絡ませる。パンに挟んでザクっとカット、切り口からは美味しそうな湯気が立ち昇った。柔らかな豚肉の旨味とソースの酸味と甘味がベストマッチの揚げたてアツアツのカツサンド。見た目同様に美味しかった。
また名護のハイクラスホテル、“オキナワマリオットリゾート&スパ”は、“やんばる野菜とやんばる茸とクリームパスタ”の調理の連携プレイに見応えが。パスタは茹で加減が難しく美味しい時間が限られる。イベントには不向きと思っていたけれど、そこは流石のホテルシェフ、息の合った早技であっという間に完成させた。一人が、パスタを茹でた鍋からサッとソースの入ったフライパンへ投入。と同時にもう一人が、鮮やかな鍋ふりで絡ませてパッと器に盛り付ける。仕上げにやんばる野菜をトッピング。野外でありながら、ホテルの厨房さながらの活気。レストランの気品ある味を気軽に楽しめた。
さらに、バーテンダーのいる沖縄料理店、“松の古民家”。フレッシュフルーツのスカッシュを、オーダーが入ってから丁寧に、かつ無駄のない動きで仕上げていた。しかもとても人懐っこい満面の笑みで。やんばる産タンカン等数種の柑橘系フルーツをその場で絞り、自家製シロップを加え、炭酸水で割る。抜けた炭酸にならないよう炭酸水は1人分用の小さな缶のものを使うこだわりようで、キリッと爽やか鮮度の活きるスカッシュは、喉を勢いよく潤してくれた。
他にも、スパイスの効いたカレーの香りや、鉄板でジュウジュウと肉を焼く音、シュウマイを蒸し上げる湯気。思わずキュウッと食欲を刺激され、どの店で胃袋を満たそうか目移りする。お腹に入る量に比べ、食べたい料理の数が多すぎて、食べ尽くせないことがうらめしかった。
香祭の魅力は、調理のライブ感だけではない。地元やんばるに根ざした祭りだからこそ、出店者の地元愛をそこかしこに感じられるのもその一つ。
例えば、那覇の名店“Trattoria Lamp”店主の上江田崇さん。イタリアンのお店ながら、この日のメニューはなんと”イラブー(海ヘビ)汁のプレート”。上江田さんがこのメニューを選んだのは、イラブー料理を失くしたくないとの思いから。沖縄で昔から食べられていた郷土食への愛を、上江田さんは静かに話してくれた。
「イラブーってね、すごい食材なんですよ。カツオに似た、いやそれに勝るいい出汁が出るんです。これだけ旨味の出る食材だから、世界中のシェフが注目してもおかしくないと思うんですよ。それに沖縄では昔からイラブーシンジといって、シンジというのは煎じ汁のことですけど、元気がない時に食べてきた文化がある。見かけがちょっとグロテスクだから、敬遠する人も多いでしょう。けれど百聞は一見にしかずで、ぜひチャレンジして欲しいと思うんですよ。先日うちの店にたまたまイラブーがあったので、常連のお客様にイラブー料理をお出ししたんです。病み上がりでちょっと元気のないご様子だったので、イラブーと言わずにその出汁でリゾットをお作りして。そしたら、『なんなの、この出汁? 美味しい! なんだか元気になった!』ととても喜んで下さったんです」
イラブーを使う店が減っていく中、使わないとイラブーが廃れてしまうという危機感が上江田さんにはある。今後は事前の予約があれば、店でもイラブー料理を出すことを考えているそうだ。
もう一人例を挙げると、食品加工を手がける“有限会社渡具知”代表、渡具知豊さん。シークワーサーの被り物をかぶって、“シークワーサー果実まるごとパウダー”を面白おかしく、懸命にアピールしていた。見た目からすでにシークワーサー愛に溢れているが、そこまでするのは、名護の特産シークワーサーをとても大切に思っているから。彼自身、シークワーサー農家でもないのに、大量に廃棄されている現実にとても心を痛めている。
「今ね、シークワーサーって年間4,000トンもの量が使われることなく廃棄されているんですよ。昔、テレビでその効能やらを取り上げられたことがあって、空前のシークワーサーブームがやってきて。その際に農家たちはシークワーサーの木を沢山植えた。でも今はブームが去って供給ばっかりで需要が追いついてない。数年前、農家さんがうちに飛び込みでやってきて『なんとかしてもらえないか』と。話を聞いて、そこで僕もその現実を知ったんです。それで、同じ名護で加工業を営む会社に声をかけて、普段はライバルで仲が悪いんだけどね(笑)、4社共同でパウダーを開発したの。少しでも廃棄をなくすために、シークワーサーをもっと使いやすいものにしようって」
シークワーサーの消費を高めようと、その商品に巻かれた帯には、被り物をかぶった渡具知さんらのイラストがあり、その横に“シークワーサー笑費隊”の文字。このパウダーの利用方法や、名護の地域ごとの農産物や生息する生き物などもイラスト入りで紹介されていた。渡具知さんらの、地元名護に対する深い愛情も感じられた。
“香祭”の魅力はまだある。やんばる畑人プロジェクトに加盟する農家と飲食店は、お互いを尊重し引き立てようとしていて、その協力関係が気持ちいい。
そう感じられたのは、名護の人気ベーカリー“Pain de Kaito”のフォカッチャを口にして。少し変わった生地で、キャベツや玉ねぎ、スナップエンドウ、キャッサバ芋などの野菜がたっぷりと練り込んである。キャベツの入ったフォカッチャは、その葉脈部分のコリッとした歯ごたえが小気味よく、優しい甘みがが広がった。野菜の美味しさを十分に感じることができる。店主の河本雅一さんはすかさず、「キャベツの甘みがいいでしょ」と自身のパンのことではなく、野菜のことを褒めた。
後で気がついたのだが、河本さんが野菜たっぷりのフォカッチャを作ったのは、ハルサーさんの野菜リストを元にしたから。自身が作りたいパンを考えてその材料を集めたのではなく、ハルサーさんが今提供できる野菜をどう活かすかを考えて出来上がったパンだったからだ。
それは、“やんばる畑人プロジェクト”のメンバー間でいつも口にしていることを実践してのことなのだろう。代表の芳野幸雄さんは、その姿勢について教えてくれた。
「自分たちが光るよりも相手を照らし光らせて、お互いが光った方がより輝くよねって、よく話すんです」
確かにそう。河本さんがその野菜を使ったのは、そのハルサーさんの顔はもちろん、人柄まで知ってのこと。そうであれば、感謝や敬意とともに、美味しく調理しようという気持ちが芽生えるに違いない。そんな河本さんがパンを作れば、必ず美味しくなるはずだし、食べる人にも間違いなく伝わる。食べた人はまた河本さんのパンを購入するだろうし、もしかしたら、そのハルサーさんの野菜を直接買うことにも繋がるのかもしれない。そしてハルサーさんは河本さんのため、そのパンを食べる人のために、もっと美味しい野菜を作ろうと奮闘するのだろう。飲食店とハルサー、お互いがお互いを引き立てることによって、消費者をも巻き込んで、もっと輝く宝物が自分のところへ返ってくる。芳野さんは続けて、生産者と飲食店に信頼関係があることが自慢だと胸を張った。
「こんなに飲食店と生産者がいい関係を築けているフードフェスは、他にないんじゃないかな。料理人さん達は皆、こんなイベントやりたいはずだと思うんですよ(笑)。だって、都会とかだと青果店から『どの野菜を何キロ』って取り寄せて、どこの誰が作っているかわからない野菜で料理するのが普通でしょう」
プロジェクトのメンバーは、これまで何十回も議論を交わし同じ目標を目指してきた。だからこそ、お互いを光らせようとする信頼関係がある。その根本にある目的は1つで、名護、やんばるを元気にしたいといういたってシンプルなこと。芳野さんは希望に満ちた表情できっぱりと言う。
「名護ややんばるには、海があって、山がある。その恵みが沢山あって、美味しい野菜を作るハルサーがいて、それを美味しく調理する料理人もいる。『名護って田舎で何もない』と思っている人に、こんなに素晴らしい地域なんだよとわかってもらいたい。そしてそれがここに住む人たちのプライドにつながれば。みんながプライドを持って豊かに暮らしている地域、そういう元気な街に観光客も集まってくると思うんですよ」
ああ、ここにも、やんばる愛に溢れている人がいた。やんばるにはもちろん豊かな資源が沢山ある。けれど、もっと素晴らしい宝があるとすれば、この地元に愛情を持つ人が大勢いるということ。この地域を盛り上げようと挑戦し続ける大の大人がうんといるということ。
祭りが終わりその成功を祝してスタッフ全員が輪になり、まるで子供のように大声でバンザイ三唱でしめた。そんな実直な大人たちの姿を見て、とてもすがすがしい気分で会場を後にした。
写真・文/和氣えり(編集部)
香祭 実行委員会
やんばる畑人プロジェクト
http://haruser.jp
https://www.facebook.com/YanbaruHaruserPJ/