「エスプレッソは、和食でいう“一番ダシ”みたいなものです。コーヒーのおいしいところを凝縮させたもので、これをベースにミルクを混ぜて割るとラテになるし、お湯で割るとアメリカーノになる。だから、この基本のエスプレッソがおいしくなければ、全てだめになってしまうし、本物のエスプレッソは余韻まで愉しめるものなんです」
エスプレッソは、コーヒーの美味しさを決める大事な鍵。ZHYVAGO(ジバゴ)のオーナー飯星健太郎さんは、エスプレッソ一杯の飲み方を3段階に分けてそれを証明してくれる。
ひとくち目は、基本のエスプレッソで。わっと口の中に広がる深い味わい。コクがあるのに、すっきりとしている。
「少しねっとりしてるでしょ? これが美味しさの秘密なんですよ。ねっとりさせるその過程で、豆の美味しさや香りがエスプレッソの中に凝縮されるんです。理想としては、ハチミツくらいのねっとり感、粒度を目指しています。そうするのには、全部をマニュアルで操作できるマシンが要るんですよね。一般的なマシンだと、セミオートで9気圧の設定しかできなくて、自分たちの理想どおりにコントロールできないんです。うちで使っているものは、5気圧から12気圧まで、その時々で調節できるんです」
ふたくち目は、黒糖と生クリームを加えて。残っているエスプレッソに3グラムの黒糖をよく合わせ、その後に生クリームを入れる。エスプレッソ・コン・パンナという飲み方だそう。1杯目のエスプレッソとは一転して、まるでビターチョコレイトのよう。シックなスーツ姿だったエスプレッソが、ひらひらのスカートにお色直ししたかのようにカラフルに変わる。
最後はなんと、飲み干したエスプレッソカップに水を注いだもの。えー!これで味がするの?と思うが、予想とは裏腹に、ほのかなコーヒーの風味、確かな豆の面影を感じる。味わってみてわかる。なるほど、だからコーヒーの一番ダシなのか。舌と心がすっと納得。
その一番ダシの美味しさは、もちろん淹れ方だけで出来るものではない。もう一つの鍵は豆だ。
「豆はどこから来たのか分からないものを使うのではなくて、産地と農家さんがガラス張りになっている豆を使っています。野菜も、今帰仁産のゴーヤーとか沖縄県産のうりずん豆とか言いますよね。それと同じ感じです。ブレンドコーヒーって、よく聞きますよね? 個性や特長のある豆を混ぜて、味をつくり上げるのがブレンドで、一つの産地の豆で味を作るのがシングルオリジン。よく例えられるのが、ブレンドはオーケストラで、シングルオリジンはピアノのソロ。シングルオリジンは、豆の個性がはっきり分かるんです。今日の豆だと、ルワンダのバフコーヒー農園のものと、ブラジルのぺレイラシスターズ農園のもの。一つはシトラス系の甘みが爽やかで、もう一つはナッツのようなコクがあるんです」
そんな高品質の豆を、ZHYVAGOでは常に3種類用意している。それは、どんなお客さんの好みにも合わせたコーヒーを出せるようにとの考えからだ。
「オーダーをもらう前に、普段どういったものを飲んでいるのか、どんな味が好きなのかを聞くことが多いです。そうすると好みが大体分かるので、一人ひとりのお客様に合わせて、豆の種類、焙煎の具合、淹れ方を考えるんです。コーヒーで胃が痛くなる方や妊婦さんには、苦味を和らげる浅煎りがいいですね。浅煎りは、ミルクで割ると苦味も酸味も柔らかくなるので、ホットラテがおすすめです。逆に、普段からブラックを飲まれている方は、どっしりとしたコーヒーの苦味やビターチョコのニュアンスが好きな傾向にあるので、アイスでも深煎りを自信もって出せます」
もちろんコーヒー文化の本場アメリカの、コーヒー好きのお客にも応えられる。
「アメリカ人のお客様は、浅煎りの焙煎で1杯ずつ丁寧に淹れるサードウェーブのコーヒーが好きなので、浅煎をできるだけお勧めしています。豆の個性をよく感じられる飲み方なんですよ。彼らはシングルオリジンを当たり前に知っているから、豆の産地をセレクトして『飲み方をマキアートでくれ』とかリクエストが具体的なんです。やっぱり本場だから、でしょうね」
ただ、飯星さんはコーヒーはあくまでもひとつのきっかけで、何より大切にしているのは、誰もが心地よく過ごせる“場所”としての魅力だという。その想いは、アメリカ西海岸のサンフランシスコからポートランドまでのコーヒーの旅で実感したものだ。
「もともとアメリカ西海岸には新しいコーヒー文化があることは知っていて、それを確かめに行く旅でした。有名なコーヒースタンドをめぐって、たくさんコーヒーを飲みましたよ。コーヒーの淹れ方ももちろん勉強になりましたが、何より、コーヒースタンドという場所の便利さを実感しました。言葉もろくにしゃべれない、その街をよく知らない僕のような旅人にとって、一番利用しやすかったのがコーヒースタンド。バリスタがおいしいごはん屋さんの場所を教えてくれたり、旅行中に分からなくて困っていることにも、すごく気さくに対応してくれたりね。街の人々もコーヒーを愛しているし、その場所を上手に使う感覚が進んでいるんです。コーヒースタンドを仕事のミーティングに使う人もいれば、恋人同士で過ごす人もいれば、一人で過ごす人もいる。みんながその場所を自由に使っている感じがすごいいいなあ、そういうスタイルで仕事をすべきだなあって」
アメリカ西海岸の旅でコーヒー文化の最先端を味わった飯星さんは、沖縄のコーヒー文化の可能性について考える。
「沖縄にはコーヒー農園があるくらいだし、コーヒーは作れる島なんです。だから、コーヒーの可能性がすごくある場所だと思うんです。でも正直言わせて言わせてもらうと、島の独自性とコーヒーの関連が低いことがもったいない。もっとコーヒーが広がってもいいんじゃないかなぁ」
そんな沖縄の中でも特に北谷にこだわった理由、それはこの街の独特なカルチャーにある。
「北谷は異国情緒にあふれていて、日本の中でもつきぬけておもしろい場所だと思うんです。例えば中学校の隣がタトゥ屋だとか(笑)、どこでもドルが使えるだとか。コンパクトではあるけれどすごいユニーク。町が生み出す一つひとつの情景を見ていると、旅で出会ったサンフランシスコの事をよく思い出します。同じような浮かれ具合、陽気な感じがあるんですよね。コーヒーの文化でいうと、この町にはスターバックスが既にたくさんありますし、その次の段階の新しいコーヒー文化、サードウェーブが広がる時期に入ったんだって思ったんです。僕らの店としていうと、一番大事なのは、ビーチがあって、夕陽があって、コーヒーが飲めるってところ。これって、凄くいいものじゃないですか」
飯星さんが目指すのは、可能性広がる北谷という“場所”をZHYVAGOを通して世界中に発信すること。
「大勢の人が、何度も来たくなる要素が揃っているように思うんですよ。この辺りはアメリカンビレッジ以外にも商業施設が多いし、今後はホテルももっと整っていくだろうと思います。そんな中で、シンプルに今、僕らができることを考えると、コーヒーの文化を通して沖縄の西海岸を前に出していくことですね。小さなコーヒースタンドを通して『サンセット×コーヒー』を提案して行きたいです。僕ら、ソウルキッチンという会社をしていて、他にもバーガー屋を近くで開いているんですが、そういうアイコン的な飲食店・企業を増やして、まずはアメリカンビレッジを発展させられたらいいなと考えています。地域の人同士、地域の人と観光客、色んな人同士をつないで継続的に街づくりに関わっていきたいんです。北谷町を拠点に僕らの出来る形で貢献したい。それを僕らだけでやるのではなくて、同じ気持を持った人を応援しながら一緒にやっていきたいですね」
北谷を世界に。そんな野望から生まれたZHYVAGOには、想いのとおり街の人々のいくつものシーンが。
「出勤前にここでゆっくりしていらっしゃる方とか、海を眺めながら休憩時間を過ごす方は多いですよ。コーヒー飲んで、たばこ吸って仕事に戻る。そんな感じで一日に二度三度といらっしゃる方もいます。『この店が僕の1日のリズムになっているんです』とか、お客様に『今までのコーヒーは、甘いだけでそんなに好きじゃなかったけど、ここのは豆を楽しんでいる感じ。豆もメニューもバリエーションがあるから飽きないんだ』って言われたことはうれしかったですね。他にも、Wi-Fiを使って、パソコンでメールチェックされている方、家族みんなで海沿いを散歩中にうちのコーヒーで一息つく方たちもいます。ほんと、うちのお客様は、国籍も年代も性別も色々だし、使い方も様々なんですよ」
空と海のコントラストが美しい真っ昼間のZHYVAGOもいいが、落日が店内を染める夕焼け時のZHYVAGOはまた、一段とドラマチックだ。ちょうど太陽が海に沈む時、飯星さんが教えてくれた。
「グリーンフラッシュって知ってます?太陽が海に沈む前にぴかって一瞬緑色に光る自然現象のことなんですけど、なかなか見れない貴重な景色なんですが、ここから1回だけ見ることができたんですよ」
グリーンフラッシュ。見られる確率が非常に低いことから『その光を見ると幸せになれる』という言い伝えがある奇跡の景色。ZHYVAGOのフレームから見るグリーンフラッシュは、さらにいっそう格別なんだろう。
文/伊波彩織
ZHYVAGO COFFEE WORKS OKINAWA(ジバゴコーヒーワークスオキナワ)
中頭群北谷町美浜9-46 ディスト―ションシーサイドビル1F
098-989-5023
open
9:00~サンセットまで
不定休
zhyvago-okinawa.com