沖縄県内で開催されたとある市で、帰り際にあたふたとカフェラテを買い求めた。車中で飲むつもりだったが、一口飲み、その喉ごしの良さに思わずごくごくと飲み干してしまった。
喉にひっかかるような渋みや苦みがまったく感じられないのに、芳醇なコーヒーの味わいはしっかりと後味として残る。こっくりとした牛乳の甘みに濃厚なコーヒーの香り。両者のおいしいとこどりのカフェラテ。
沖縄セラードコーヒーの消費量は1日にコーヒーカップ約3000~4000杯、豆に換算すると1ヶ月約1トンにものぼるという。
「主にオフィスコーヒーを取扱っていて、お取り引き先として一番多いのは県庁や各市町村の庁舎といった官公庁なんです」
末吉業人(なりひと)さんは語る。
エスプレッソをマシンで抽出
ミルクをたっぷり注ぐとカフェラテ、少なめにするとマキアートに
「ご契約いただいた部署に業務用のコーヒーメーカーを無料で貸し出します。定期的にお伺いし、在庫がなくなったらその都度ご注文頂くというスタイルです。コーヒーメーカーが故障したら無償で直しますし、ガラス容器が割れたら新しいのものをお持ちするので、頂戴するのは純粋にコーヒー豆のみの代金ということになります。コーヒーに対する価値観も好みもそれぞれなので、人によって温度差が激しいですね。飲めれば良いから安い市販品で十分というひともいれば、こだわりがあって当店の豆をご希望くださるひとも。オフィスコーヒーとしてお出ししている豆は『セラードブレンド』がメインですが、違う種類の豆をご希望いただくこともあります」
オフィスコーヒーとしての評判は上々だ。
「香りがすごくいいと褒めて頂くことが多いです。また、『セラードのコーヒーを淹れるとみんなの飲むペースが早いので、もったいなくて朝イチと食後にしか淹れないんです』なんて話をきいたこともありますね(笑)」
創業者である業人さんの父・業久社長がセラードコーヒーを始めたのは25年前。その前は呉服屋を営んでいたという異色の経歴の持ち主だ。
「呉服屋の世界に入ったのは20歳のころ。26歳に独立して35歳までやってたからね、コーヒーと同じくらい、呉服の専門知識もあるよ(笑)。衣の世界から食の世界へと移ったのは、兄がブラジルに移民していたということもあるんだけど、将来息子たちにお店を残してやりたいという気持ちが大きかった。僕の父はパイナップル工場をやってたんだけど早くに亡くなって、僕たち子供には何も遺せなかったからね」
迷いなく転身したのには、他にも理由があった。
「あくまでも僕の場合だけど、衣類販売は正直だと失敗する。ごまをすらないといけないこともあるし、販売の技で勝負する世界であると思うわけ。でもコーヒーは味で勝負でしょ。だからこっちがいいと思った。僕の商売の信条は正直であること、嘘つかないこと。でも、どんなに真面目にやっても最初の10年は地獄だったよ」
なにもわからない状態のままセラードコーヒーを立ち上げて喫茶店から始め、3年後にオフィスコーヒーの形態で卸しを始めた。オープン当初には同様のコーヒー販売店は県内にもう一店舗しかなかったが、徐々に競合も出始め、戦いの日々が続いた。それでも業久社長は自分の信条を貫いた。
「経営やるひとはごまかしはだめさーね。どんな会社でも店でも一緒、ごまかしている人はちょっと話したらわかるよ。この人はちょっと中途半端だなーとか、お客さんに感謝してる顔してないなーとか、経営の姿勢が見えるさーね」
真面目で一本気、ごまかしのない業久社長の経営方針と確かな味が評判を呼び、セラードコーヒーの愛飲者の数は着実に増えていった。
3年前、次男である業人さんが本土から沖縄に戻り、長男の業充さんとともに店を手伝うようになった。
http://beansstore.jp
「それまでは福岡や大阪などにいましたが、いずれは手伝いたいとずっと思っていました。
子供のころからコーヒー牛乳にして飲んだりと、コーヒーにも馴染みがありましたね。小さい頃の思い出はコーヒー豆の選別作業。焙煎した豆の中から、できの悪い豆を手作業で取り除くんです。小学校4~5年生くらいの頃からやっていましたね。ものすごい量があるので、食後で眠たくなりながらも家族みんなで黙々とやっていました。子供ですから『やりたくないな~』っていう雰囲気は一応出してはいたんですけどね(笑)。父も一緒でしたから、やらないとしょうがなくって。すべての豆に選別作業が必要なわけではないんです。エチオピアの豆に多いのですが、未成熟豆、または死に豆と呼ばれていて、色が薄いものが時々混じっているんです。これを残したまま淹れると渋みやえぐみが出てしまうので取り除く。この手の豆は豆自体のランクはそれほど高くないのですが、選別作業をすることで味が変わり、とてもおいしいコーヒーができるので、面倒ではありますがひと手間かけるようにしています。もちろん今もやってますが、従業員もいるので家族の作業ではなくなりましたね(笑)」
幼い頃から慣れしたしんだコーヒーの世界で働くようになり、業人さんはすぐに一つの願望を抱くようになった。
色の薄い豆がちらほら見える
「当たり前のことですが、うちのコーヒーは本当においしいという自信があるんです。すでに相当数の方が飲んでくれてはいるけれど、官公庁での販売がメインなので、『知らない』『聞いたことがない』という個人の方は多いんですね。毎日焙煎しているので、時には近隣にお住まいの方がその香りを頼りに当店を探しに来てくださることもあって。そういうとき、通常営業だとばたばたしてしっかりお相手ができないのがずっと残念だったんです。ちゃんとお話もできないし、『とりあえずこれを飲んでみてください』というくらいで。ですから、お客様にじっくりコーヒーを楽しんで頂き、またコーヒー通な方も知らないようなことをゆっくりお話できたらいいなと思い、カフェスタイルの営業を始めたいと思うようになりました。販売するというよりも、コーヒーと当店のことを多くの方に知ってもらえたら良いなという思いで」
業人さんは各地で行われる講習会に参加したり、関係者に意見を求めたりと試行錯誤しながら勉強を積み、コーヒーを焙煎する技術を磨いた。
「自分でも納得できる味になってから、土曜日にカフェスタイルの営業を始めました。今は金曜日も行っています」
焙煎にもこだわっている。
「豆の状態もまわりの状況も毎日必ず変化があるので、その都度焙煎の仕方を変えます。とても微妙な世界なので、ほんのわずかな調整の違いでも味に違いが出てくるんです。最も気をつけているのは、芯までしっかり焼いてあげること。表面だけ焼いて中まで火が入っていないと豆の生臭さが残ってしまうので良くない。また、スペシャルティーコーヒーなどのランクの高い豆は質が大きく変わってくるので、豆ごとに焼き方を調整しています」
「ブレンドだと右が300g入りで1,050円、左が500g入りで1,450円なので1杯あたり19円くらい。うち、高くないんですよ(笑)」
個人客を大切にしたいという思いは、他のかたちにも表れている。
「ご自宅まで配送するサービスも行っています。担当が曜日と大体の時間を決めて県内を配送してるので、その日時に合わせて頂けたら県内全域どこでも、1袋から宅配しています。個人でも20年くらいずっと注文してくださってる方もいますよ。さっきも名護にお住まいの方から電話があり、『そちらのコーヒーを貰ったので飲んだらおいしかった、どこで購入できますか?』と。ちょうど今日、兄が名護に行く予定だったので『お持ちします』と」
浦添から遠い地域に住む人や忙しい人には嬉しいサービスだ。
「ただ、宅配だと注文いただいた豆しかお持ちできないので、色々試してみたいという方はぜひ金・土曜日にお越しいただきたいですね。豆についてお話もできますし、実際に飲んでお好きな味を試すことができますから」
昨年からはコーヒーの栽培も始めた。
「祖父がパイナップルを作っていた畑のある山が名護にあるのですが、使っていなかったので森になってたんですね。去年の6月から手を入れ、木を伐採し、ユンボで耕して土をならし、2月に苗を植えました。もともと、店の庭にコーヒーの木が二本あって、それになった実を焙煎して飲んだら思いのほかおいしかったんですよ(笑)。だから、沖縄でも予想以上にいい豆ができそうだねという話になって。収穫まで約3年かかるのですが、もう花が咲いているようです」
すでに800本ほどの苗を植えているが、1000本以上は植えたいと意気込む。
「数年後にはショップもオープンさせたいなと思っているんです。もっと多くの方に、いつでもうちのコーヒーを楽しんでいただけるように」
本土にいるとき、業人さんはダンスに没頭していた。その生活に別れを告げ、コーヒーの世界の門を叩いたが、夢中になったダンスにはまったく未練はないという。
「自分がダンスを職業にするのに向いてなかったということもありますが、コーヒーの奥深さ、おもしろさが僕の予想を遥かに上回っていたんです。だから今が楽しい。他のことをやりたいとは思いません」
業人さんが席を外すと、業久社長が。
「今は息子たちに任しているさ。カフェスタイルの営業をやりたいと言ったときも『いいんじゃないか、やりなさい』とすぐにOKしたよ。これたちがしっかりやってくれるから安心」
業久社長が事務所に戻ると、業人さんが。
「今も営業成績トップは父。
ああ見えてやり手なんですよ(笑)。尊敬しています」
「家族に店をのこしたい」という社長の思いからオープンした沖縄セラードコーヒー。いまや多くの県民が職場で、家庭でそのコーヒーを飲み、ほっと一息をついている。ごまかしのない一本気な経営スタイルはこれからもきっと受け継がれるが、業人さんらの新たな挑戦が後押しとなり、その可能性と展望は未知数だ。
「セラード」とはブラジルの地名。元は熱帯のサバンナ地域で、農地として使用できないほどの荒れ地だったが、日本から渡った移民が開拓、大豆やトウモロコシなど多種多様の植物が育つ豊かな農地に生まれ変わった。
「セラードのように無限の可能性がある会社にしたいと父が名付けたんです」
長年に渡って支持され続けるその味を、ぜひ一度試してほしい。今までもこれからも、進化し続けるそのコーヒーを。
写真・文 中井 雅代
沖縄セラードコーヒー
浦添市港川2丁目15番5-27号
098-875-0123
0120-44-7442(フリーダイヤル)
OPEN:8:30-17:00
CLOSE:土、日、祝日
ブログ:http://okinawaserado.ti-da.net
通販:http://okinawa-cerrado.com
※2015年 現在は焙煎・販売のみ。
カフェは隣接のビーンズストアにてお楽しみください。
OKINAWA CERRADO COFFEE
Beans Store(ビーンズストア)
浦添市港川2丁目15番6 No.28
0120-447-442
営業時間:12:00-18:30
定休日:火、木、祝日
HP http://beansstore.jp