トムヤムクンのスープにヌードルを入れた「トムヤムヌードル」。
「タイ料理=辛味が強い」というイメージが先行しがちだが、辛い料理がそれほど得意ではない私が、スプーンですくう手を止めることができず、ごくごくと飲み続けた。
それは、旨味がしっかりと感じられるから。
トムヤムクンはただ辛くて酸っぱいだけのスープではないのだ。
一口飲むだけで、さまざまな素材の旨味がスープにしみ出しているのがわかる。その旨味を隠してしまわない程度の絶妙な辛味がまた良い。つるつるとした麺との相性も抜群だ。
シンプルで勢いに後押しされる料理だとばかり思っていたが、タイ料理とはこれほど奥深い味わいが楽しめるものだったのかと驚いた。
ガパオライスの魅力は、甘辛く炒めたひき肉とバジルがご飯に絡んで生まれるねっとりとした食感。私はずっとそう思いこんでいたし、その食感や味わいを楽しんでもいた。
それが、シロクマで180度覆された。
炒めたひき肉や野菜からしみだした汁はさらりとしたスープのようで、ぱらぱらとしたタイ米に染みこんでもべたつき感が生まれない。
タイで食べる味に近づけるべく、シロクマでは素材にこだわっている。
バジルではなく、本場と同じようにガパオ(ホーリーバジル)を使用。その風味はバジルほど強く主張せず、ほんのり香る。
具材はいずれも細切りにされ、汁気を含んだタイ米と一緒になってするすると喉を通っていく。
肉とバジルのパンチが効いた丼もの料理のように捉えていたのだが、旨味たっぷりのダシ汁を吸ったスープご飯のようなガパオライスは、まるでお茶漬けのようにさっぱりと食べられる。
もっちりとした皮でフレッシュな野菜を巻いた生春巻きは、添えられたジンジャーソースも絶品。爽やかな辛味としょうがの風味が生春巻きにマッチ。
本場タイの味を再現するため、シロクマでは調理方法・調味料・素材のすべてを現地のそれにできるかぎり近づけるよう心がけている。
その理由は、オーナー・花井さんの修業時代の経験にある。
「タイ料理屋の厨房で働いていたころ、まかないを食べながらあることに気づいたんです。タイ人の料理人たちは皆、日本人スタッフに出すまかないとは別の料理を食べているんですよ。
いずれは自分でタイ料理屋を開きたいと考えていましたから、タイ人が食べている料理が一体なんなのか気になるじゃないですか? そこで『俺もそっちを食べたい』とお願いし、タイ人たちと同じまかないを食べるようになったんです」
タイの料理人たちは、「俺たちが食べているものは日本人であるお前の口には合わない、クセが強すぎる」と口を揃えたが、花井さんはそれでもいいから食べさせてほしいと主張した。
「確かに最初は少しクセが強いように感じました。でも、しばらく食べ続けているうちにそのクセがおいしいと感じるようになって。逆にクセのあるメニューにどんどん惹かれていきました。
中にはあまりにもクセが強すぎたり辛すぎたりするものもありましたが、大体の料理は食べられるようになりましたし、思ってた以上にタイ料理は奥深くいのだということにも気づかされました。
まだまだ日本では知られていないおいしい料理がタイには沢山ある、それを日本でも味わえたらと考えるようになったんです」
ランチタイム限定メニューの「カレーの三種盛りセット」は人気メニューの一つ。
イエローカレーはココナッツベース。まろやかな食感を楽しんでいると、おだやかな辛味がじわじわとやってくる。
グリーンカレーはねっとりとして濃厚な味わい。ぴりっとした辛さの中にココナッツの甘みがほのかに漂う。
レッドカレーは三種の中で最もスパイシー。喉の奥にびりびりと感じる辛味が魅力だ。
タイカレーの王道である三種のカレーを950円で全て味わえるというお得さもさることながら、一口にタイカレーと言ってもこんなに様々な種類があるのだと改めて驚いた。
見た目や色合いだけでなく、辛さの加減や口当たり、辛味と甘みのバランスも全て異なっていて、それぞれに良さがあり、個性がある。
タイで買い付けた食品の販売コーナーも。また、スペインやチリなど各国のワインも楽しめる。
名古屋で長い間 IT 系企業に勤めていた花井さんは、移住後もしばらくは同様の会社で働いていた。
「でも昔から飲食の仕事をしたいと思っていたので、移住して2年ほど経った頃に友人の営む居酒屋でアルバイトを始めました」
昼はタイ人が料理を作る店の厨房で働き、夜は居酒屋を手伝うという日々を5年ほど続けあと、読谷に自身の店をオープンさせた。
タイにも足を運ぶなどして本場の味を忠実に再現しつつも、日本人が心から楽しめる味わいを目指し、一皿一皿を作っている。
オリジナルメニュー、マンゴージュースをミルクで割ったドリンク「NOM MAMUAN(ノムマムアン)」。まったりとした甘さがスパイシーな料理の後にぴったり。
今後はさらにメニューを増やしていきたいと花井さんは言う。
「店では出していないおいしい料理がまだあるんですよ。
タイ料理って想像以上に奥が深いんです。
こんなにおいしいタイ料理があるんだということを、多くの方に知って頂きたいですね」
花井さんは以前から、自分の店を持つならタイ料理の店と決めていたと言う。
それはかなりはっきりとした意思だったが、理由はあまり明確ではない。
「これといって特別な理由は思い浮かばないのですが、自分の中ではごく自然な選択だったんです…。
そうだ! タイ料理って世界の料理の中でも、かなりおいしくてメジャーな料理として上位に入りませんか?
日本料理、中華料理、フランス料理、その次くらいにはタイ料理が入ると思うんですけど…」
イタリア料理もインド料理もすっとばしてタイ料理を上位に挙げた花井さんの言葉に、私は思わず吹き出してしまった。
しかし、シロクマのタイ料理を味わったあとでは、花井さんの言葉は濃厚な真実味を帯びることになる。
なるほど、確かにそうかもしれない。世界でも有数のおいしい料理として、タイ料理は世界三大料理の一つに数えられてもおかしくない。
花井さんが作るタイ料理を堪能したあとでは、心からそう思えるのだ。
写真・文 中井 雅代
アジアン食堂シロクマ
読谷村字都屋304
098-923-1980
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11:00~15:00
17:00~23:00(Lo.22:30)
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