ステンレスのキッチンカウンターが一際目をひく。天井は高く、広々としたロフトまでついている。真っ白な空間にシンプルなインテリアを配したこの部屋、実はホテルの一室だ。
1〜2泊のショートステイより、3泊以上の予約が断然多いと聞いていたが、その理由の一つはすぐに実感できた。
荷物を運び入れ、ソファに座って一息つくと、急に腰が重たくなる。いつもはすぐに外へと散策に行きたがる娘も、珍しく部屋の中で寛いでいる。ホテル感が強くなく、落ち着くのだ。勿論、所帯じみているわけではない。華やかな装飾を排したミニマムスタイルは、非日常感も味わわせてくれる。スペシャルだけど、カジュアル。そのバランスがとても良い。
高い窓からのぞく、抜けるような青空を眺めていると、からだ中のネジが緩んでいくのがわかる。今日はこのまま部屋でゆっくりしない? 海水浴も観光も、明日からでいいじゃない、なんて気持ちになる。そうなると、どうしたって2泊以上は必要だ。
「設計段階で、長くいても飽きないような部屋にしようと考えました。それで、できるだけシンプルにしたんです」
VILLETTINA(ヴィレッティーナ)の設計・運営に携わる比嘉幹(もとき)さんは語る。
ロングステイの予約が多いのには、他にも理由がある。
「設備を充実させました。一般的なホテルでは、まずありえないと思います」
1LDKタイプ(デラックス)は、16畳という広さ。
大きなキッチンカウンターは、IHコンロとシンク付き。近くの市場やスーパーで地元食材を買って帰れば、自分で島料理を作ることができる。
「調理器具や食器のレンタルも、無料で行っています。5泊とかってなると、毎日外で食べるのもちょっと違うよなーと思って」
さらに、ロングステイの大きな味方となるのが、各部屋に備え付けられた洗濯機とガス乾燥機だ。
「普通のホテルだと、あっても共有ですよね。1~2泊ならそれで事足りますからね。宮古島って、長期でのんびりするために来る方が多いんだなっていうのが、最近やっとわかってきたんです。もちろん、当初からある程度見込んではいたんですけど、実際にオープンしてみると5泊以上なさる方がとても多くて。ロケーションは抜群ですからね。あとは設備などのハード面をしっかり整えて、ここでの暮らしをより楽しんでいただこうと」
荷物置きや、寝るためだけの場所になりがちなホテル。でも、VILLETTINNA はそうじゃない。島での「暮らし」を楽しめるホテルなのだ。
玄関前からテラスに向かって長く伸びる土間も、ホテルには珍しい。
「海で遊んで帰ってきた時、足に砂がついていても気にせずぱっと部屋に入れる感じがいいかなーと思いまして。これだと掃除もしやすいですからね。よくあるカーペット敷きとなると、掃除が大変。せっかく海が近いので、気軽に海遊びしてきてほしいじゃないですか。また、自転車でそのまま乗り入れたりとかもできるでしょう? ちょっとハードに使ってもらえるよう設計しました」
土間にかぎらず、室内には一切カーペットが敷かれていない。また、壁は一般的なクロス張りではなく塗装仕上げだ。それには理由がある。
「VILLETTINA は、ペットも一緒に泊まれるホテルなんです。ですから、床は汚れても拭き取りやすいようタイル張りにし、壁は引っ掻いても剥がれないよう塗装仕上げにしました。土間があるので、散歩帰りでもそのまま部屋に入れます。土間とバスルームが繋がってますから、そっちで脚を洗えばいいわけです。
ペット連れ可能なホテルってまだまだ珍しいんですよ。でも、あるといいなと思っている人は結構いらっしゃると思いますよ。というのも、僕らはアパートなんかの設計もしているのですが、『ペット可の物件にしてほしい』という要望が意外と多いんですね。それが、このホテルをペット可にしたきっかけの一つです。
動物を飼ってると、気軽に旅行に行けないじゃないですか? 預かり先を探さないといけませんから。でも、誰かに預けるんじゃなくて、愛するペットと一緒に来られる、楽しめる。そういう旅を叶えるホテルにしたかったんです」
テラスも各部屋についていて、柵の向こうに海が見える。「掃除に入ると、よくここに飲み物の缶が置かれてます。みなさんこちらで飲みたくなるんでしょうね(笑)」
洗濯した洋服を干すための物干し竿も。
全室オーシャンビュー。
スタンダードタイプも11畳と広々。デラックス同様、天井高は3.7メートルあり、ロフトがついている。
ルームタイプは2種類あるが、どちらも大人は4名まで宿泊することができる。
「普通はだいたい大人2名までですよね。天井を3.7メートルと高くしてロフトスペースを作っているので、大人4名でも余裕で泊まれるんですよ。だから、宿泊形態としてはホテルというよりペンションに近いのかなと思っています。みんなでわいわい泊まる感じで。
例えば夫婦と子供、そして両親と5~6名で旅行に来たとします。普通は、親とはどうしても部屋を分けるじゃないですか? でもここだったら、みんな一緒でも良い気がしませんか? 考えるととっても楽しそうだなーって。自分も、親や子供を連れて来たいなーというホテルになりました」
宮古島と本島を毎週のように行き来しているという比嘉さんは、本島で生まれ育った。宮古島に長期滞在するようになったのはここ1年ほどだというが、今では「こっちに家を建ててもいいかな」と思うくらい、その魅力にすっかりはまってしまったと言う。
「宮古に1ヶ月暮らしてみてください。もう、帰れないですよ(笑)。とっても良いんですよ。すごく静かで、時間の流れがゆるやか。本島だってゆるやかだろうって言われちゃうかもしれませんが、同じ沖縄ではあるけど明らかに違うんですよね。
島自体がほどよくコンパクトなところも良いんですよね。どこ行くにしても何するにしても、目的地にすぐ着くから便利。渋滞もないですしね。忘れん坊さんにはうってつけですよ、すぐ取りに帰れますから(笑)。
ご飯を食べるのも楽しいですしね。どこ行っても知り合いがいますから、誰か誘う必要がないんです。良い人が多くて、すぐ友達ができるんですよ。お店のマスターとか大将とか、隣にたまたま座った人とか。酒飲み多いですけどね(笑)」
宮古島に長期滞在するようになってから、比嘉さんのライフスタイルも一変したと言う。
「休日の過ごし方も、本島にいるときとは違いますね。おうちでゆっくりお酒飲んで、窓開けて海眺めて…。他の人もそうみたいですよ。映画見たーとか買い物したーとかいう遊び方じゃないんです。日曜日何してたのーと訊くと、『ゆっくりビール飲んでたよー、海沿いでー。なんで来なかったー?』という感じで(笑)。そういうリフレッシュのしかた素敵だなーって。VILLETTINA の事務所からも、釣り竿持って海の方に歩いて行く人をよく見かけますよ。女性でもいますね。宿泊しているお客様も同じような感じですよ。『ちょっと港まで散歩行ってきまーす』という風に。
僕、もともとは全然アウトドアな人間じゃないんだけど、ここに来て少しアウトドアになりましたよ。本島にいるときは、海が近いようで行くのが難儀で…。でも、ここだと『1時間くらい釣りしてこよう』って気になりますよ。海がとっても綺麗ですしね。この間なんて釣りしに行ったら、こーんな大きいエイがいたんですよ。あと、ウミガメ!自分から5メーターくらいしか離れていない、すぐそこに。びっくりしましたね。
ここにいるとね、自然の中で遊んでいた子供時代に戻れるんです、本当に。
自分で暮らしてみても、お客様を見ていても、『やっぱり長期滞在したくなる場所だね、宮古島は』って思いますよ。人間的な暮らしができますから」
今後は、さまざまなアクティビティーの提案やセッティングも視野に入れていると言う。
「お客様と、事務所前のスペースでバーベキューしたことがあるんですよ。『この辺でバーベキューできる場所ないですか?』と訊かれたのがきっかけで。ここからちょっと歩くと海の見える公園もあるし、そこでやっても楽しそう。バーベキューのサービスがあっても良いのかなと思っています。
あとは、スキューバダイビングや釣りなどのセッティングや、僕らが面白いと思っているお店との提携サービスなんかもやりたいですね。
それと、障害者の方も泊まれるような仕組みも作っていきたいなーと。ぜんぶ実現できたら楽しいですよね、きっと」
宮古島の中心部から10分とかからない場所だが、隔絶された別世界のような、不思議な趣がある。目の前にはウージ畑が広がっている。滞在中、ホテル付近で見かけた島民は、畑仕事に向かう腰の曲がったおばあさんだけだった。静かな静かな田園地帯にたたずむ、シックな宿泊施設。その対比が面白い。チェックアウトする時には、「こんな所でずっと暮らせたら…」と、後ろ髪をひかれた。
「同じ沖縄でも、本島とは明らかに違う」と比嘉さんが言っていたように、宮古島には特別な時間の流れがあり、風景がある。そのせいで異国に来たような気持ちにもなるが、海外旅行と違い、もたらされるのは興奮ではなく弛緩。ぴーんと張り詰めていた糸がぷっつりと切れ、頭もからだもぐにゃぐにゃにほぐれていく。
高揚感に満ちた旅も良いが、徹底的にのんびりと、「人間的な暮らし」を満喫する旅も良い。VILLETTINA は、そんな旅を叶えてくれる。
文 中井雅代
VILLETTINA(ヴィレッティーナ)
沖縄県宮古島市平良字久貝248-11
0980-79-5364
※ペット連れ可能な部屋は、スタンダードタイプに限定しています。
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