西加奈子・著 朝日新聞出版 ¥1,575/OMAR BOOKS
夏のこども、は生々しい。身体中汗だくになっても、まだ溢れるエネルギーを持て余すように、強い日差しの中を飛び回る。全身で生きている光を放っている。
大人になってしまった私たちも、かつては皆そうだった。
朝起きて、食べて、遊んで、寝て、また朝が来て、というのが世界の全てだった。
身体と心が直で外に繋がっている、無防備で自由なあの感覚。
西加奈子さんの小説を読むとその感覚を思い出す。というよりも、眠っていたものを呼び覚まされるというのに近いかもしれない。
だから彼女の小説は、毎回気合いを入れて読む。中途半端な気持ちでは読めない。いやがおうにも感情を大きく揺さぶられるから。
今回ご紹介するのはつい先日、「第1回河合隼雄物語賞受賞」を受賞した小説『ふくわらい』です。
この作品の主人公は、マルキ・ド・サドから名前を取って付けられた、書籍編集者の鳴木戸定(なるきどさだ)。特異な家庭環境で育ったこともあって世間から少し浮いている女性。「感情」というものをどこかに置き忘れてきたような彼女が、幼い頃から唯一興味を示すのが「ふくわらい」だった。
この物語では「顔」と「言葉」について多くが語られる。
どちらも、その人をその人たらしめているものとして。
人の魅力は不思議なものだ。誰かについて語るとき、言葉を尽くして説明する傍からどんどん実物から遠ざかっていく。顔の造作だけ克明に描写しても、何かがこぼれ落ちてしまう。どうして私は私であって、あなたはあなたなのか。
定の、不器用なほどの真っ直ぐさが周囲の人たちの胸を打つ。
そして彼女の言葉を通して、「美しい」とはどういうことなのかという問いを読者は投げかけられる。
物語の後半、担当編集者として定が、週刊誌に連載を持つプロレスラー・守口廃尊に告白する場面では、言葉と向き合う作者自身の決意が透けて見える。
その人にしか紡げない言葉が立ち上がる瞬間に立ち会いたい。
それは物語を読む私たちのおおもとの欲求でもあるはずだ。
生身の身体と言葉を持つ私たちへ届けられる愛の賛歌。
泣き笑い必至の、光に満ちた物語です。
OMAR BOOKS 川端明美
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