よしもとばなな・著 新潮社 ¥1,300(税別)
暖かくなってきて外に出る機会が少しずつ増えてきた。お店にいてもそれを感じる。
というのも、お店のある通りはこの一帯のウォーキングコースになっているようで、昼、夜問わずいろんな人が歩いている。4月になってまたジャージ姿を見かけることが多くなった。
これがお店の中から見ていると面白い。
携帯ラジオで演歌を大音量で流しながら歩く人もいれば、筋肉隆々のクールな外人さんがいたり、サングラスとマスクで顔面を覆って黙々と歩く人、時計のように同じ時間にきっかり現れる人、大声で歌いながら歩く人。
ガラス越しにその様子を見ていると、ついついその人たちの生活を想像してしまう。
また何を考えながら歩いているのだろう、と。
今回ご紹介するのは出たばかりのよしもとばななさんの新刊「さきちゃんたちの夜」。5人のさきちゃんたちの小さな物語が収められている。
日々の生活のルーティーンに浸りきって、知らずに緩んでしまった人へ対する接し方や悪しき習慣みたいなものからすっと掬い上げてくれる魔法みたいな小説だった。
そこには無名の人たちの偉大さや慎ましい気品さがさりげなく、でもふんだんに散りばめられている。小さな歴史の積み重ねが何にも代えがたいことなんだと、分かっていても忙しい日々に紛れていると、ついつい忘れてしまう。余裕がなくなり、気づくと自分にも周りにも粗雑な態度をとってしまっている。
でもそれは完璧な人なんていないし、生きているといろいろあるから仕方がない。
みんなそれぞれの生活があって、ほんとうにいろんな人がいるから分かり合えないことも多くて、それでも幸福な時期、大変な時期を繰り返していく。ただそれだけのこと。
教科書でならうような歴史よりもずっと価値のあることだと思う。
「あの体験と体験が点でなく線になったことがこれからの人生に大きな意味を与えた」
という物語の中に出てくる言葉。今、このときも次につながっていると思うと、無駄なことは何もないんだなあ、とちょっと安心する。
ほしよりこさんの絵がこの本にさらに優しさを添えているのもまた嬉しい。
心にそっと響く5つの物語。おすすめです。
OMAR BOOKS 川端明美
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