ちはや書房「水木しげる本」だけじゃない。女子も子供も入りやすい、雑貨や絵本も扱うセレクト古本屋

 

 

「水木しげるの本は家にも700冊くらいあるんです。コレクターですから(笑)。ここにあるのはダブってる本なんです、実は」

 

プライベート蔵書数を打ち明けるのは、セレクト古書店ちはや書房の櫻井伸浩さんだ。店の特等棚には、水木しげる本が胸を張って並んでいる。ゲゲゲの鬼太郎の漫画ばかりなのかと思いきや、「悪魔くん」、「河童の三平」、「縄文少年ヨギ」、水木しげるが書いた小説や妖怪図鑑と、あくまでも「水木しげる」愛を感じる棚だ。

 

「水木しげる本が好き過ぎて、このお店の看板に妖怪キャラを描いていいかと水木先生のプロダクションにお願いしたことがあるんです。残念ながら断られましたけれど」

 

東北出身の櫻井さんご夫婦が沖縄で古本屋を始めたきっかけは、なんとネットオークションで「古本屋」を競り落としたから。

 

「ある時、オークションで古本屋が売りに出てるのを妻のヒサエが見つけたんです。興味が湧いて調べているうちに、そこは偶然にも以前、水木しげるの本を買ったことがある本屋だったんです。ご縁を感じましたね。ちょうどその頃、東北でサラリーマンをしていたんですが、体を壊してしまっていて。『死』を初めて考えて、死ぬ前に好きなことやんなきゃと思って。じゃあこの際、古本屋やっちまえみたいな感じで」

 

そうして櫻井さんは、売りに出ている古本屋を見るために沖縄へ向かう。

 

「買う前に下見に来た時は、在庫のほとんどがアダルト本で(笑)。夜中に開けているお店だったんです。その他は、ほとんどゲームとコミック。ちょっと物足りない内容でしたけど、『独り立ちできるまで面倒見ます』って条件付きのオークションだったので、経験なしでもいいんだと思って。でも結局、一緒に店にいてくれたのは三日くらいかな(笑)」

 

棚を少しずつ好みに変えていくうちに、予定外の本が増えていった。当初は、水木しげる本と文学ものを中心に集めていこうと思っていたが、前のオーナーから買い取った、沖縄関係の本が面白くなり、さらに買い集めるようになったのだ。

 

 

 

「沖縄関係の本は、那覇市内でも一番多いくらいだと思います。店内の壁一面は沖縄本です。需要もあるんです。県外に沖縄学を研究している大学もあり、そこの教授や生徒が文献を探しにきたり、沖縄について詳しく学びたいという定年後の方、それから、図書館資料として買って下さることもあるんです」

 

最初は、出てくる地域名も人物名もわからず、勉強しながらの買い付けだった。本のタイトルについて調べるだけで、精一杯の日々が続く。そんな中で、一番衝撃的な出合いだったのは「沖縄大百科」だ。大百科になってしまうほど沖縄にまつわるネタがある。櫻井さんは、そこに驚き、感心した。

 

「沖縄の『あ』から『ん』までが書いてあります。人物だったり自然だったり、言葉だったり文化だったり。沖縄が米軍の統治下にあった頃、沖縄の人々が自分たちに必要な本を自給自足して培った、『沖縄出版文化の結晶』なのだと思いました」

 

徐々に本の数も内容も充実してきた。けれど、肝心のお客さんが少ない。まだ存在をあまり知られていないからだ。二人は「ちはや書房」の名前を知ってもらえるよう、野外イベントにも参加した。イベントのコンセプトやテイストに合わせて、本を選んで持って行くのだ。

 

イベント時はこの看板がちはや書房の目印

 

 

「お店始めた当時は、野外イベントに古本屋が出るっていうのがあまりなかったですからね。そうやって少しずつ存在を知っていただけて、店舗に本の買い取り依頼に来てくれるお客様も増えて。イベントでお客様をお店につなげていただきましたね」

 

お客さんが増え始めると、予想外の悩みが生まれた。それは、大好きな本を読む時間が減ってしまったこと。

 

「大きな誤算でしたね(笑)。古本屋って、おじさんはタバコなんか吸って猫なでてるだけだと思ってたんですよね。ゆっくり本を読めると思ったよね。でも、ネット販売しないと追いつかないでしょ?そうすると、そちらに時間使っちゃって。家でもパソコンチェックしてしまうし。意外と忙しくて。猫なでてる場合じゃなかった(笑)」

 

嬉しい悲鳴をあげる櫻井さん夫婦は、「誰にでも気軽にお店に立ち寄ってもらえるお店」をコンセプトに、絵本や暮らしの本に力を入れている。小冊子アルネやサルビアは新刊で入れ、文具を中心とした雑貨も取り扱っている。こちらのセレクトはヒサエさんの担当だ。

 

 

 

 

 

「敷居を低くしたくって。なんか、古本屋って『インテリ男子』ってイメージがあって。私も古本屋は利用したけれども、店先のワゴンだけ。店内の奥までは行きませんでしたね。『何の用ですか?』って言われているような気がして。勝手にね。だから、お父さんとお母さんと子供がみんなで楽しめるようなお店にしたくって。お父さんしかお店にいられないで、お母さんと子供が車で待っているとかは嫌だなって」

 

ヒサエさんは、ママたちが絵本選びに困っている時には自分の経験を踏まえ、少しアドバイスすると言う。

 

「子供を一人産んで感じたのは、やっぱり刺激的な色とか単純な絵とかにどうしても目がいっちゃう。けれどそうじゃなくて、例えば、淡い、鉛筆で描いたようなタッチだとか、そういう繊細な表現もあるんだよ、と子供達に見せてあげて欲しいですね」

 

一方の伸浩さんは、一目惚れもひとつの選び方だと言う。

 

「僕に勧められるんじゃなくて、触ったものでも装丁でもいいから、自分で選ぶ方が本と新鮮に出合えると思いますよ。だから、ジャケ買いってすごくいいんじゃないかな。僕もジャケ売りしてることもあるし(笑)」

 

 

新刊本屋さんは基本的に旬のものしか置いてない。遡って探したい、そんな時は古本屋をぜひ利用してほしいと二人は口を揃える。

 

「飲食店だと、座ってメニュー見て、やっぱりやめますって出られないじゃないですか。でも本屋さんはそれができますから(笑)。『今日は何と出合えるかな?』というふうに気軽に立ち寄って欲しいですね。もしかしたら運命的な本との出合いがあるかも?とまでは言わないけれど(笑)。本を探しているその瞬間を贅沢な時間と感じてくれたら嬉しい」

 

小学生の頃に「妖怪大百科」に出合って水木しげるのファンになり、それがきっかけで古本屋になった櫻井さん。彼の知人は同じ本で妖怪の虜になり、研究するために民族学の専門家になったと言う。同じ本でも進む道はそれぞれ。だからこそ出合いを大切にしたい。もしかすると、何気なく手に取ったその本が今後の道標になることもあるのだから。

文・写真/青木舞子(編集部)

 

 

 

古本屋ちはや書房
沖縄県那覇市若狭3ー2ー29
tel&fax 098-868-0839
営業 10:00~20:00
月曜定休
HP http://www.chihayabooks.com