平岡昌也特別な力を持つ「雨」を描く。

平岡昌也

 

もっと近くで見てみたい。
きっと誰しもそう思う。

 

無造作に張り付けられたような色の塊は、手紙に封をするシーリングワックスのようなものもあれば、チューインガムを丸めたような形のものもある。

 

色、形、厚みはすべてばらばら。
一体これはなんなのか?
つい手を伸ばして触れてみたくなる。
どんな感触なのか、確かめたくなる。

 

また、これらの立体物は上から落下しているようにも見えるし、空間で静止した状態を描いているようにも見える。
なんと不思議な作品だろう。

 

平岡昌也

 

平岡昌也

 

画家の平岡昌也さんが「うんう(雲雨)」をテーマに作品づくりを始めたのは大学4年生の頃。
すでに10年以上同じテーマに取り組んでいる。

 

「僕が生まれ育った福岡県の筑後地方は、空がすごく大きいんです。
その空からふってくる雨が好きで。
…いえ、雨そのものというよりは、雨の日が好きと言ったほうがいいかもしれません」

 

様々な場所に落ちる雨と、その風景。
この立体物は雨粒? それとも小さな雲?
時間は夕刻だろうか? それとも真っ昼間?

 

平岡さんが生み出す世界は、その判断の大部分を見る側に委ねているように感じる。

 

見ていると心がしずまる。微かな望郷の念を覚える。
草の葉を揺らす雨音や、アスファルトの熱を冷ます雨の匂いを思い出す。

 

「今思うと、学生時代に友達で集まって大事な話をしたり、本音で語り合うのって雨の日が多かった気がするんですよ。
青春っぽいことしてたのって、だいたい雨の日だったなーって(笑)
だから、雨にはそういう特別な力がある気がして。
僕が描く絵もそういう力を持てたらいいな、と」

 

平岡昌也

 

キャンバスの中にラインをひくようになったのは沖縄に来てからだと言う。

 

「以前は一つのキャンバスに一つの世界を描こうと思っていたんです。
視点も一つで、目に見える風景を切り取るように描いていました。
でも最近は視点がいくつかに増え、キャンバスの中でも世界が分かれるようになってきたんです。一つのキャンバス上にいくつかの風景が混在しているような感じですね」

 

キャンバスの世界が分かれたのは、「いろいろな人がいる」ということを実感したから。

 

「どんなことでもダイレクトに『これだ!』と言い切ることはできないし、正解もありません。
みんなそれぞれの考えがあり、立場がある。
それはどこにいても変わらないのだろうとは思いますが、そういう状況が沖縄には目に見えてあるなーと感じたんです」

 

平岡昌也
さまざまな形で「うんう」を表現。

 

平岡昌也

 

平岡昌也

 

平岡昌也

 

平岡さんが沖縄に移住したのは2010年。
きっかけとなったのは、観光で訪れたときに感じた沖縄アートの独特な雰囲気だった。

 

「当時、前島アートセンターが入っていた高砂ビルの一室に、cotef(コテフ)というアートスペースがあったんです。
芸大(沖縄県立芸術大学)の学生や卒業生が運営していたアートスぺ―スで、様々なイベントを開催していました。
音楽と映像のパフォーマンスなどもあり、福岡よりも自由に表現を楽しんでいるように見えたんです」

 

移住した年の10月、コザで開催された「コザ・アーティスト・イン・レジデンス」というプログラムに応募し、選出された。

 

「アーティスト・イン・レジデンスとは滞在制作のこと。
コザでは、商店街の空き店舗などのスペースを活用して制作活動を行うアーティストを募集していました。
選出されれば自分の制作スペースを持つことができ、発表の場も与えられるんです」

 

選出されてからの1ヶ月、平岡さんはコザで制作活動を行った。それが終わると、コザのギャラリーで成果作品の展示会も行われた。

 

滞在制作の期間は終了したが、平岡さんは活動拠点をコザに置いたままにしている。それには理由がある。

 

平岡昌也

 

平岡昌也
平岡昌也

 

「コザはやはり基地が近いし、政治や経済と隣り合わせの感覚があります。
こういう場所にいると、『メッセージ性の強い作品が創れるはずだ、創らなきゃ…』と思いがちですが、そこで何ら関係のない『うんう』シリーズに取り組み続けていて。
自分でも、『こんな場所で本当に雨が描けるのか?』と自問自答しながら制作しています」

 

10年以上続いている「うんう」シリーズだが、その途中では描けない時期もあったと言う。

 

「誰でもそうだとは思いますが、やはり悩むときはあります。
完成させたものでも、『思い通りに描けた!』なんて作品は年に1枚あるかないか。なかなか満足できる作品には仕上がりません。

 

でも、求められて描くものではないし、自分が設定した使命感に従って、好きなものを描いていくしかないと思うんです。

 

こういう場所にいると、『こんなことやっていていいのかな、こんな大事なときに…』と思うこともあります。
でも、最後にはいつも『やっぱり自分が取り組んでいることは大事なことだ』と思うんです。そうやって気持ちが定まると描けるようになります」

 

平岡昌也

 

平岡昌也

 

2012年、平岡さんは自身が中心となってアート複合施設「アーケイド」をコザにオープンさせた。

 

「定期的な企画イベントを開催する『プロジェクトルーム』、内覧会専門の『ビューイング ルーム』、美術家5名の専用の『スタジオ』で構成されています。
福岡でも共同アトリエで制作活動を行っていたのですが、それがすごくよかったんです。
同じ志を持った仲間と同じ空間で活動すると、モチベーションの高まり方が全然違う。
自分も頑張らないと! という気持ちになります」

 

平岡昌也

 

平岡さんはアーケイドで、美大受験を目指す学生を対象に絵画教室も開いている。
自分のことを語るのは苦手だという平岡さんは、アーケイドで活動する自身以外のアーティストや、教えている学生について話しているときのほうが饒舌だ。

 

作品について私が感想を述べると、平岡さんはにこにこして聞いている。
きっとどんな感想を伝えても、「それは違います」と否定することはないのではないか。

 

雨の主張は、それほど強くはない。
時に大雨や台風となって激しく降りつけることはあっても、多くの場合ただただ静かに空から落ち続ける。
そして人知れず、様々な恵を音もなく生み出し続ける。

 

文 中井雅代

 

平岡昌也
平岡昌也
http://www.hiraokamasaya.com

 

arcade (アーケイド)
沖縄市中央1-2-3 神里ビル 2F
098-989-7176