「織られている柄を指さして、『この柄は何を意味するんですか?』 と訊かれることがよくあります。
でも、私はあえてお教えしないようにしてるんです」
キリムの修復師であり、トルコでキリム専門店「SUFi(スーフィ)」を営むオスマン・ダールさんは、いたずらっぽく微笑みながら言う。
キリムとは、トルコ語で「平織物」を指す。トルコを中心に、東西アジア・中央アジア・中東・北アフリカ一帯の遊牧民によって作られている敷物で、織りによって浮かびあがる様々な幾何学模様の美しさが大きな魅力だ。
キリムの柄は地域や民族によって異なり、それぞれに特徴があると言う。
そう聞いてしまうとやはり、「じゃあこの柄ってどんな意味があるんだろ?! 鳥のようにも見えるし…。こちらはもしかして蜘蛛? 縁起が良いとか、幸運を呼ぶとか、何か意味があるのかしら…」と、ついつい考えを巡らせてしまう。
「模様をひと目見れば、どの地域のどの民族が織ったものか、そして柄の起源は何か、私はすぐに分かります。でも、それらは全て過去のことでしょう?
キリムの織り方というのは代々家庭の中で受け継がれてきたもの。長い歴史を経る間に、柄も意味合いも少しずつ変化していってるんです。
だから、過去にとらわれる必要はありません。今のあなたがどのキリムに惹かれるか、それだけを基準にして選んでいいんですよ」
世界的にも有名な民芸品と聞いて少し構えていたのだが、なーんだ。「これ、好き!」っていう気持ちだけで選んで良いのだ。
しかしオスマンさんが言っているのは、「細かいことは気にするな」という意味ではない。
「キリムはもともと、嫁入り道具として母と娘がともに織り上げるものだったんです。つまり、名を持たない作家たちの作品なんですね。
遊牧民が感じた自然の美しさや日々感じる喜びや希望、そして娘を災いから護るという魔除けのような意味を込めた柄がほとんどです。
彼らがどんな時に、どんな気持ちで織っていたかまではわからない。
だけど、素敵でしょう?
それは、親の愛情という純粋で強い思いが込められているからだと思うんです。
一つ一つの柄の意味は、そんな思いの前では取るに足らないことですし、歴史を経て変化してきたものを『この柄はこういう意味だ』と言い切れば嘘になってしまう。
それに、キリムは生活の中に入っていくものです。柄の意味は、毎日そのキリムと過ごす持ち主が決めればいいのです」
世界中で多くの人々を惹きつけているキリム。その魅力は、親の愛情という身近で偉大な想いが生み出したものなのだ。
オールドキリムをパッチワーク風に繋げた作品。オスマンさんは柄を一つ一つ指さし、どの地方で織られたのかを即座に教えてくれる。
オスマンさんが取り扱うのは主に、オールドキリムと呼ばれるものだ。
「キリムの織り手は年々減少しています。
今では、キリムを織る一般家庭もほとんど見られなくなってしまいました。
新品だと、あまりに高額すぎてキリムの魅力を広く伝えることが難しくなりますし、オールドキリムには新品に無い良さがあります。
繊維に含まれる油分が、年を経ると少しずつ乾いていき、味わいが生まれるんですね。
私は14歳のときからキリムの修復師として働いていますが、長い年月を経たキリムを直し、また次の世代へと受け継ぐこの仕事に誇りを持っています。それは、想いを受け継いでいくことでもあるからです」
男性が持っても違和感のないバッグも。
クッションカバーやかばんのように小ぶりな物から、広々としたリビングにゆったりと敷いて楽しむような大きな物まで、様々なキリムが並んで目移りしてしまう。
しかし、特に我が家は民族風のインテリアを置いているわけでもないし、普通の日本の住宅にも馴染むのかしら? と、少し心配になってしまう。
そう言うと、オスマンさんは待ってましたとばかりに話し始めた。
「キリムは置く場所を選ばない織物なんです。
日本だと、畳の上に敷いてもしっくりくる。お仏壇の前に敷いている方もすごく多いですね。もちろんフローリングの床にも馴染むし、階段の踊り場に敷いている方も。
キリムにかぎらず民芸品ならなんでも同じだと思いますよ。
沢山作ろう、そして沢山売って儲けようというようなカチカチの考えじゃなく、柔らかい気持ちで作られたものだから、どの国のどんな場所にも馴染むんですよ。
日本の民芸品もそうでしょう? むしろ、日本よりも海外の住宅に置いたほうが輝きが増すこともある。
キリムを織る人たちはビジネス的なことは何も考えず、ただただ思いを込めて織っています。子供を産むのと同じ、ごく自然な行為なんです。格好つけてないから、いいんでしょうね」
絨毯というと、湿度も温度も高い沖縄には不向きでは? と思いがちだが、キリムは沖縄の気候にもぴったりだと言う。
「夏は涼しくて、冬は暖かいんですよ。
天然素材を使っているし、染色方法も茜や藍、クルミの皮などを用いた草木染めです。肌触りがいいからこそ、昔は赤ちゃん用のベッドなども織られていたほど。沖縄でも通年使えますよ。
まずは触ってもらうのが一番ですね。そうすれば、ただの絨毯ではないとすぐに分かっていただけるはずです」
オスマンさんは、人懐っこい笑顔を見せながら何度も「遊びに来てほしい。喜んでもらえるのが一番嬉しいから。キリムは世界一の織物、目の保養に来て」と繰り返していた。
その様子を見て、「オスマンさんはキリムを愛しすぎてるから」と、展示会場である「Lamp(ランプ)」 のオーナー・綾子さんが笑った。
「オスマンさんが当店でキリム展を開催するのは今年で3回目なんですけど、毎年その熱意に驚かされます。
沖縄でこれだけ沢山のキリムを見られる展示会はないんじゃないかな。
どの柄にするか迷っちゃう! という方も多いのですが、候補のキリムをオスマンさんが両肩に担いで、ご自宅まで伺うこともあるんですよ。
『実際に合わせてみないと、しっくりくるかどうかわからないでしょ?』って。
普通そこまでするかなー? と思いますけどね。
温かい人だから年々ファンも増えて、『オスマンさんに会いに来たよー』と顔を見せてくれる方も増えました」
「あー、これ良いな」 綾子さんの「好き!」を発動させたのは、手頃なサイズのバッグ。
キリムへの想いが強いからこそ、手放すときにはしんみりしてしまうのだとオスマンさんは言う。
「私はトルコに一人娘がいます。でも、お子さんは何人ですかと訊かれたら『沢山います!』と答えるんです。
私が取り扱っているキリムは全て、一枚一枚自分でセレクトしたもの。売れるかどうかではなく、自分が好きかどうかだけで選んでいます。もし引き取り手がつかなかったら、自分が幸せな気持ちで使えるかどうかを考えて選ぶんです。だから、いざお嫁に出すときには心が『ドキッ!』としますね。悲しいわけじゃない。でも、寂しくはなります。
キリムは使ってなんぼ。大事にしまいこむのではなく、ぜひ使ってほしい。その上で食事を楽しんだり、子供と遊んだり、赤ちゃんを寝かせたりしてほしい。
だけど、1つだけお願いがあるんです。どのキリムも私の大事な娘だから、意地悪はしないで…。私の思いだけじゃなく、織ってくれた人の想いもちゃんと入ってるから、大事にいっぱい使ってください」
意地悪しちゃったら、オスマン父さんが「こらー! うちの娘に何してるんだー」って出てくるんですね? と訊くと、そうですよ、娘を守りに行きますと笑った。
でも、その目には光るものが見えた気がして、オスマンさんのキリム愛の深さを感じたのでした。
そうそう、ちなみにオスマンさん、日本語ペラペラです。
オスマン父さんの娘たちへの想いを聞きに、そしてキリムの繊細さと肌触りをその手で確かめに、今週はぜひ Lamp へ。
写真・文 中井 雅代
オールドキリム展
11/ 2〜10
@Lamp
那覇市松尾2-3-25アーバンヒルズ松尾1階
tel 098-863-2491
open 12:00-19:00
close 月・最終火曜