「ミヌダルといえば、〇〇さん。これだけを食べに来るの。たまたま切らしてる時があって、その時は怒られた〜(笑)。予約が入ったら、じゃあちょっと多めに用意しておこうかって」
“伊江島 食の家 しまぶくろ”店長 アーキーさんこと島袋徳明(のりあき)さんは、少年のように顔をほころばせる。
ミヌダルとは、豚のロース肉に、泡盛や醤油、みりんなどで味付けした黒ゴマのタレを塗って蒸した沖縄の伝統宮廷料理。しまぶくろのそれは、フクフクとした湯気を伴ってテーブルに運ばれる。温かいまま出てくるミヌダルは珍しい。けれど、それ以上に驚いたのは、その容貌。なんとなんと、わらじのように大きくて、文庫本ほどの厚みがある。お肉よりも黒ゴマの部分が厚くて、インパクトある姿に思わず声をあげてしまった。
「ゴマが多すぎるって言うお客さんもいるくらい(笑)。でも他のお店で食べた時に、薄いのが嫌だった。それに温かいから美味しいと思うんですよ」
蒸し上げるのは、注文が入ってから。ホンワカと温かいからこそ、黒ゴマの香ばしい匂いが漂う。そしてかすかな月桃の香りまで。聞けばその葉を敷いて蒸すのだとか。ミヌダルって、香りを楽しむ料理なんだと気がついた。それに黒ゴマの美味しさを味わう料理なんだとも。香ばしく優しい甘さの黒ゴマが主役で、そこに豚肉のコクが加わる。香り高さと食べごたえで、これを求めてお客がやってくるのもうなずけた。
ファンがついているのはミヌダルだけではない。接客を受け持つ奥様の真紀子さんも、はつらつとした笑顔で言葉を添える。
「この料理だったら誰々さんという風に、料理ごとにファンの方がいらっしゃるんです。メニューを通してお客様の顔が浮かびます」
そういえば、メニュー選びに迷って真紀子さんにおすすめを聞いたことがある。すると真紀子さん自身がちょっと困っていた。しまぶくろには、看板料理がない。それは裏を返せば、どの料理も自信を持って勧められるということ。食べた人を夢中にさせるのは1つに、どれも丁寧に手作りされているから。加工品は一切使わず、例えば島野菜チャンプルーのツナも、缶詰を使わずアーキーさんが作っている。
「マグロのハラゴーのところを使ってます。ゼラチンが多い部分だから、いい出汁になるんです」
そのツナは、塩気が控えめで、でしゃばりすぎていない。ツナと野菜の出汁が、ふんわりとした島豆腐に染みていて、とても優しい。主役は、よもぎやハンダマ、長命草など少しクセのある島野菜。たっぷりだけど、なぜかそのクセが気にならず、その独特の香りが活きている。野菜の味がしっかりとしていながら、どうしてこんなに食べやすいのだろう? そう思っていると、アーキーさんが秘密を明かしてくれた。
「仕上げに自家製のよもぎオイルを入れているんです。よもぎの葉は料理に使うけど、茎の部分は残るでしょ。その残ったところを油に入れて低温で抽出してる。これはよもぎが嫌いな小学生でも舐めるよ。よもぎの香りだけで、苦味がないの」
他の調味料、例えば“しまぶくろソムタム”というパパイヤサラダに使うシークワーサーポン酢も、アーキーさんの手作り。旨味は昆布出汁だけというが、さっぱりとして、かといって物足りなさを感じさせない。また塩だって、昆布やカツオの出汁の旨味を含ませてから使うというのだから、その手の込みように驚く。
調味料1つとっても美味しさをとことん追求するが、料理はシンプルに引き算もする。アーキーさんのお料理にファンが多いのは2つに、素材の味を活かしてその美味しさを引き出すから。
例えばどぅる天。どぅる天とは、潰したターンムに豚肉やかまぼこ、しいたけなどを加え、衣をつけて揚げたお料理。伝統的には濃厚な豚出汁やしいたけの出汁の旨味を味わうお料理だが、しまぶくろのそれは違う。
「お肉は入れずに、出汁は昆布だけです。ターンム自体が美味しいから、余計なものは入れない方がかえっていいでしょ」
揚げたてホクホクのどぅる天は、ターンムの味が前面に出ていた。淡白で優しい美味しさが口いっぱいに広がって滋味深く、それで充分だと思えた。
3つに、アーキーさんのお料理にはオリジナリティが光っていて、食べ慣れた沖縄料理とはひと味違うから。
例えば、ミミガーチリビラーイリチー(豚の耳とニラの炒めもの)。普通ミミガーといえば酢の物や和え物にすることが多いだろう。しまぶくろにもさっぱりとした”ミミガーのシークワーサー和え”というメニューがある。けれどミミガー料理で人気を二分するのが、このイリチー。そもそもミミガーを炒めものにするという発想自体が新鮮だし、お酒のつまみはもちろん、ご飯の進むおかずにもなっていて面白い。ピリリと豆板醤の辛味が効いていて、ごま油とニラが香る。コリコリとした歯ごたえはそのままに、食欲をそそる味付けに箸が止まらなかった。このメニューにも顔の浮かぶお客がいる。
「これをわざわざ食べに来る東京のお客さんがいますよ」
とアーキーさんが言えば、真紀子さんは、お客であり同業者でもある友人を思い浮かべる。
「『美味しいから、うちの店でも出していい?』って。お料理のプロが真似したいって言ってくれて嬉しかったです」
どの料理にも個性があって、似たり寄ったりの味付けではない。けれどどの料理にも共通していえるのは、味がしっかりしていて味くーたーなのに、とても優しいということ。
「添加物は一切使っていないからね。最初は塩気とかを感じると思うんだけど、その次に野菜の持つ甘さだったりを感じられると思うのよ。それは無添加ならでは。だしの素とか使うと最初から最後まで同じ味になっちゃう」
健康志向の強いベジタリアンのメニューにも柔軟に対応するアーキーさんだが、最初から無添加の料理をしていたわけではない。かつては東京の渋谷で店を出していたが、沖縄に帰ってくるタイミングで旨味調味料などを一切使わない料理に切り替えた。その理由は、アーキーさんの生まれ故郷、伊江島に住むオバアの料理を思い出したから。
「オバアの料理って、どこの家にもあるようなものしか使ってなかった。調味料は、塩とコショウ、醤油くらい。それを思い返すことがあって、それに近いことをしたいなって。せっかく島野菜は健康にいいものなんだから」
そのオバアの料理は、とても美味しかったそう。
「多分世界で一番美味しいと思う。少なくとも僕が今まで食べたチャンプルーの中で一番美味しい。普段そんなに食べないのに、ご飯3杯おかわりしました(笑)。僕は幼い時に那覇に出てきたんで、大人になってから食べたあのチャンプルーが忘れられないんです。入ってる具材が大豆、シラス、その辺の畑に生えてる青菜、それからもやしに人参、ひじきに厚揚げ。これが全部混ざってて、もうなんでもいいんだって。肉は入ってなくて大豆なの。で、出汁にシラスなんですよ。それに塩と醤油くらいしか入ってない。え、調味料こんだけなの?って。なのにめっちゃ美味しい! なんでなんですかね。もう目からウロコ状態でした」
アーキーさんは伊江島に帰る度、オバアの家に泊まったそう。
「前日に電話して。『明日帰るよ。おばあちゃん家に泊まっていい?』って。で着いたら、『ご飯は?』『食べてない』って。そしたら作ってくれるんです」
アーキーさんが言うには、伊江島料理というジャンルは特にないのだそう。それでも店名に“伊江島 食の家”とつけたのは、伊江島が好き過ぎるからだという。
「僕が今思うのは、小学校1年までしか島にいなかったから、もっと島を満喫したかったんじゃないかなあ。両親と一緒に那覇に出てきて、言葉がおかしいもんだから、同級生にちょっとからかわれたりしてね。おふくろにはしょっちゅう『島に帰りたい』って言ってたみたい」
アーキーさんにとって伊江島はそれほど特別な場所。
「しょっちゅう道を一人で歩いていたのを覚えています。今でもその景色が出てくるし、その道を思い出す。砂利道で、夏はその砂利が輝いててね。その道が大好きだったんです。その道の先にじいちゃんばあちゃんの家があって。今はその道、なくなってるんだけど、そこに行けばその道が見える。今でも道があったように歩けるんです」
オジイオバアが亡くなった今でも、アーキーさんは伊江島へよく出向き、小麦や農産物などを沢山仕入れて、店で出す。アーキーさんは店で料理をしながら、伊江島を、その砂利道を、オバアのチャンプルーを思い出しているのだろう。
アーキーさんの料理を口にすると、なぜかホッとする。メニューに島の地図が挟まれていてそれを眺めるからか、島の食材やラムを口にするからか、ホッと安心してなぜか伊江島に足を運びたくなる。それは、その料理にアーキーさんの伊江島やオバアに対する思いがこもっているから。アーキーさんのお料理にファンが多いのは一番に、懐かしさやオバアの優しさを感じるからに違いない。
写真・文/和氣えり(編集部)
伊江島 食の家 しまぶくろ
那覇市牧志3-10-5 アドビル2F
0989175222
17:00〜23:30(22:30L.O)
close 火・不定休
https://www.facebook.com/iishimabukuro/
※2018年11月17日、12月8日開催のまーさんマルシェに出店予定
https://www.facebook.com/masan.marche/