「皮は厚くて攻撃的だけど、中はもっちり感、ハンパないでしょ?」
パンドカイトオーナーの河本雅一さんの言葉通り、パンオルヴァンの香ばしい皮目は歯切れよく、内からは弾力が溢れる。
「このパンは焼く前の生地だと、柔らかくて手ではつかめないぐらいなんですよ。もう限界まで水分量を高めてるからムッチムチになるんです。それにゆっくり発酵させてベストなタイミングを見極めて焼くから、皮はしっかりしてても噛みちぎりやすくなるんです」
このパンオルヴァン、拍子抜けするのは、四人家族でも十分なサイズなのに400円とお手頃であること。ありがたい数字のワケが気になりだす。
「毎日のものだし値段を高くしたくないんですよね。うち、毎日同じパンを買い続けてくれてるお客さんも多いんですよ。名前は分からなくてもルヴァンの人だな、バゲットの人だなと顔とパンが結びついて浮かぶぐらいで」
パンに込められているのは、好きなパンを毎日でも気兼ねなく手に取って欲しいという、河本さんの願いだ。
「普通は、職人なら最高の材料を使って、最高のものを作るんだから、値段も高くなりますとなりますよね。でも、それで美味しいのって僕は当たり前だと思うし、燃えないんですよ。職人っぽくはないかもしれないけど、僕はどうすれば平凡な材料から最高のパンが作れるかってことにやり甲斐を感じちゃうんで」
どこにでもある材料で、味わいに納得いくパンを作るには、どんな仕掛けがあるんだろう。
「手頃な値段でやっていくには、材料の吟味がつきものです。値段に直結するのは、生クリームやバターだと分かっていたので、まずはバターをマーガリンに変えてみました。でも全くダメで、バターはキープだなと。色々試して、最後にたどり着いたのが小麦でした。一部をブランドに頼らない小麦に変えたら、悪くない出来だったんです。有名な小麦には、品質だけじゃなく名前にお金を払っている部分も正直なところあるんですね。試しに自分のとこでブランド、ノーブランド小麦のブレンドをしてみたら、全然いけるじゃんってなって。そこで、ちょっとずつ配合を変えていって、うちのパンに最適なブレンドのバランスを探りました」
名のない小麦を使いながらも満足のいく味を作るカギは、酵母にある。
「ノーブランドの小麦の中には、香りが弱いものがあるから、酵母の力でうまく良い香りを引き立ててやるんです。欠かせないのは、うちでライ麦から起こしている天然酵母ですね。そして何より大事なのは、発酵。その見極めを間違えたらダメですね。酵母って小指の先の量を減らしただけで全然この先が違ってきちゃうんですよ。それに時間をかけることで酵母が小麦の旨みを引き出してくれるんですけど、やみくもに時間をただ長くとればいいってものでもないし。そういう酵母の量や時間、あと温度の違いも用心深く見て、ちゃんとわかってやれば、ブランド小麦に負けないくらい、風味豊かなパンに化けるんです」
月並みな材料でも、確かな腕で確実にパンを美味しくひきあげる。その技術を持つのが職人だという考えが河本さんにはある。そこにはパンは特別なものではなく、日常のものだというブレない想いがあるからだ。
「パンって外国の食べ物だし、どこかよそ行きな感じがしませんか。そこを変えたいんです。スーパーとかコンビニでも気軽に買えるけど、毎日パンを食べるって人はお米と比べたらまだまだ少ないですよね。家でパッと作り始めることもできないし。今でこそ日本人は、ご飯を冷凍保存したりするけど昔は毎朝炊いていたでしょう。炊きたてのご飯が、それだけでご馳走でしたよね。それと同じ感覚で、普通の食事にパンが添えられていたらいいなって。パンをラフに味わってほしいんです」
パンは日常のものだと気づかせてくれたのは、河本さんがフランスで見た光景だったという。
「修業先の一つが大阪にあって、そこに僕の師匠がいるんです。師匠からはパンとはなんぞやという、基礎の基礎から教えてもらいました。師匠の専門としているフランスのパンの知識なんかを聞くうち、僕の求めるパンはフランスにあるんだ!すぐさまパリに行こう!と。行ったら、もうびっくりですよ。お気に入りのパン屋に、小さな子どもが毎朝パンを買いに走るお遣い姿とか、綺麗な女性がバゲットをちぎり食べながら通勤する風景。どれもびっくりしましたが、すごくかっこいいなとも思えました。みんなパンが好きだし、当たり前にパンが生活のそばにあるんですね。パンは特別なものでもないし、お高いものでもない、それが本物なのかなって意識が生まれた瞬間でした」
この離乳食パンがあれば、30分は赤ちゃんがご機嫌というお客さんの声も
日本でもパンをもっと身近なものにしたいから、お客さんの声も新しいパンを生む原動力となる。
「離乳食パンは、お客さんのリクエストから始まったんです。『うちの子0歳だから砂糖も卵もいれないでほしいけど、小麦は大丈夫だから子供用のパンがあったらいいな』って言われて、バゲットじゃダメなのかなと思ったけど『バゲットじゃ大きすぎる』って。行き着いたのは、親指みたいな形の離乳食パン。バゲット生地を発酵も取らずに、すぐに焼いちゃうんです。噛みちぎると喉に詰まらせちゃうからって、ガチガチにね。おしゃぶり代わりになるからと、めちゃくちゃ人気がありますよ」
フルーツがたっぷり乗ったデニッシュも100円から
自家製マスタードは旬の野菜とサンドイッチに
お客さんに応えたいという熱意は、難しい挑戦にも河本さんを向かわせる。結果的に店に並ばなかったものもあるが、その足跡は情熱の証だ。
「苺のジャムパンをどうしても食べたいというお客さんがいたんです。高くなるのはわかってたんですが、苺を買ってきてジャム作りから始めたら一個200円になっちゃって…じゃあパイナップルのジャムパンはってなったけど、まさかの2,000円になっちゃって! だから、ジャムパンはコンビニで買うのがいいねとなりました。喜ぶ形にしたいけど、高くて特別なものになったらうちのパンではないですからね」
自身を突き動かしているのは、お客さんからの忘れられない「美味しいね」の一言だったという。
「元々は半導体の工場で働いていたんですけど、お金を貰うためにただモノを作っていた感じでした。それが、転職先のパン屋さんで、『美味しいね!』ってお客さんに言ってもらえたのが心底嬉しくって。パンを作ると同時に、人の笑顔も作ってるんだって意識ができて、パン屋の仕事に夢中になっていきました。でもね、そこはチェーン店だったから、冷凍生地のパンなんかも売ってたんです。だから『美味しいね』って言ってもらえるのが段々苦しくなっちゃって…。そこからは餡子やカスタードをイチから炊くような街のパン屋さんを回って、修業を始めたんです。 いずれは自分の店をもって、お客さんを喜ばせたいなって」
お客さんのために美味しく、お手頃なパンを店に並べたいという挑戦に終わりはない。
「パン作りにゴールってものはないんです。どのレシピだって一度完成しても、また攻めたくなるんです。バゲットでいうと、僕の理想はたこ焼き。ふわふわの薄皮に包まれていて、口どけも最高ってやつ。いったんOKだと思えても、湿度や酵母の状態、オーブンの調子なんかで変わる皮の厚みが気になりだすんです。もっと口どけもよくできるんじゃないかって考えだすから、もう何回変えたかな。クセみたいなものだけど、「これでいいのか?!」って立ち止まるんですね。値段にしたって、200円だったバゲットを180円まで下げられたのも、「これでいいのか?!」が何度もあったから。マラソンなんかとは違って、パン作りのゴールはどんどん先送りですよ」
写真・文/松本都
Pain de Kaito (パンドカイト)
沖縄県名護市宇茂佐の森4−2−11
0980-53-5256
Open/ 8:00~19:00
年中無休
駐車場あり
http://paindekaito.ti-da.net