「材料をたっぷり入れて贅沢に作っているので、素材の味が濃厚だと思います。それがうちの特徴ですね。マンゴーやシークァーサーなどの沖縄のフルーツは、店の裏にある“ぐしけんファーム”で育てているものなんです。“ぐしけんファーム”は主人が営んでいる農場なんですね。自家製なので、マンゴーもたっぷり使えるんですよ。こんなにいっぱい使ったら、普通だったらすごく高くなってしまうと思います(笑)」
柔らかい雰囲気が印象的な、ジェラートカフェリリーオーナー、具志堅千秋さんだ。
贅沢に使っているという言葉どおり、マンゴーやアプリコットなどのフルーツ系は、そのまんまをかじっているような、みずみずしいフレッシュ感がたまらない。2年に1度しか収穫できないというイタリアはシチリア産のピスタチオのジェラートは、甘さ控えめで大人の味。どのジェラートも素材の濃厚な味をしっかりと楽しめる。
色鮮やかで美しいフレーバーは、なんと50種類も。店頭には、季節や売れ筋に合わせて常時18種類が並ぶ。シークァーサーや紅芋など、馴染みのある沖縄の素材から、さくらんぼを意味する”グリオット”、ヘーゼルナッツの”ノッチョーラ”等、主にヨーロッパ産のフレーバーまで。
素材そのままの鮮やかな色と派手やかな見た目で、否応なしに意気が上がる。この中から3種を選んでカップに盛り付けてもらう。目移りしてしまって、3つを選び取るのは至難の業だ。
「皆さん、迷われますね。すごく迷われている方には、『食べ合わせを重視されますか?』とか、『最近は写真に収めるのに、色で選ばれる方も多いですよ』とかってアドバイスをしてみたりするんですよ。気づいたら、全部白っぽいものを選んで、真っ白になってしまう方もいらして(笑)。そういう方には、ちょっとチョコをトッピングしたりして、『チョコが付いているところがココナッツですよ〜』ってお渡ししたりするんです。試食もしていただいて大丈夫です。480円と決して安くないので、自分へのご褒美じゃないですか。なんかね、失敗してほしくないなと思って」
やっとの思いで3つを選び、オーダーする。すると千秋さんは、スパチュラというヘラでジェラートを削り取り、容器の縁を使って何回も練る作業を繰り返す。
「練ることがすごく重要なんです。練るとなめらかで美味しくなるんですよ。スタッフはみんな涼しい顔してやっていますけど、結構力が要りますね。もう腕は筋肉でスジスジになります(笑)」
ジェラートを丁寧に練った後、なめらかな弧とプリンとした先端を描いて、カップによそっていく。3種をよそい終えたとき、チューリップの蕾が少し開いたような、かわいらしい形になった。
「花開いたように盛り付けるんです。こんな風に盛りつけられるようになるまで1ヶ月くらいかかるスタッフもいますね。練ることと合わせて練習あるのみなんです。ジェラートの素材やコンディションによっても違ってくるので、案外難しいんですよ」
ペスカロッサ(赤桃)、ヨーグルト、アプリコット
ヤギミルク、チョコレート、ピスタチオ
3種を選ぶ際に気になるのが、ヤギミルクのジェラートだ。ジェラートカフェリリーのもう1つの特徴は、沖縄でも珍しいそれがあること。
「ヤギミルクのジェラートも、“ぐしけんファーム”で飼っているヤギから搾った、新鮮なものなんですよ」
驚いたことに、まとわりつくような癖がない。さっぱりとしていて、ヨーグルトに通ずるものがある。けれどヤギらしい風味もしっかりと感じられる。ヤギが少し苦手な人でも、はたまた大好きな人でも、満足のいく味だ。特有の癖が少ない秘密は、ヤギに食べさせる餌にある。
「うちは、おからを食べさせているんですよ。ヤギは、餌の味がそのままミルクの味になってしまうんです。人参を食べさせていたら、ミルクも人参の味がするし、青い草を食べさせていたら、獣臭くて青臭い味になるんです。おからを食べさせたお陰で、さっぱりとした味になったんですね」
出産から初乳が終わるまでは、ミルクはヤギの赤ちゃんへ。その時期には店頭に並ばないことも。
具志堅家に嫁ぎ、ヤギに関わること10余年。千秋さんはヤギのいいところも、ちょっと手のかかるところも知り尽くしている。
「戦後の食糧難で、お母さんのお乳が出ない時、代わりにヤギミルクを飲ませていたというくらい、ヤギのミルクは栄養満点なんですね。それに牛乳よりも粒子が細かくて消化がいいんです。低アレルギーとも聞きますね。いいところがいっぱいあるんですけど、生き物なので、大変なことも多いです。夏バテするので、夏場はミルクの味がどうしても薄くなってしまうんですね。味の調整が必要ですし。干し草も食べさせているんですけど、沖縄には少なくて取り合いみたいなところもあって。2ヶ月に1度くらい、東村まで2トントラックを2台走らせて取りにいくんです。湿気でカビが生えやすいので、干し草の管理も気を使いますね。それにヤギミルクのジェラートは前例がなかった分、保健所の検査を通すのも大変でした」
これほどまでに手のかかるヤギ。そのミルクのジェラートを変わらず提供し続けるのは、今は亡きお父様の思いがあるからだ。
「父は、ここ、名護市屋部で盛んだったヤギの文化を復活させたいと願っていました。まだ働き盛りの年齢で、自分の会社を息子である私の主人に継がせて、自分はこの地元に戻って、“ぐしけんファーム”を始めたんですね。そこでヤギを飼い始めたんです」
ジェラートカフェリリーのある名護市屋部は、昔から生活にヤギが欠かせないものだった。家の前でヤギを飼い、祝い事があればヤギをつぶす。またヒージャーオーラセーという、闘牛ならぬ闘ヤギのイベントもある。リングを作って、各自が飼っている自慢のヤギを闘わせるのだ。具志堅家でヤギミルクのアイスクリームが誕生したのも、昔ながらの生活を取り入れたことがきっかけだった。
「最初は、父の気まぐれというか。家の前でヤギや鶏を飼って、その糞を堆肥にして畑をするような、昔ながらの生活をもう一度したいというところから始まったんですね。やがてヤギの赤ちゃんが生まれて、お乳を飲むんですけど、片方のお乳からしか飲まない子がたまにいるんです。そうすると、もう片方のお乳が張ってしまって。それがかわいそうで、そのお乳を絞って、家庭用のアイスクリーマーでアイスクリームを作っていたんです。家に来る人にたまに食べさせたりしていて。そしたらそれが評判になって、地域のお祭りで出さないかということになって。お祭りに出すとなったら、衛生面をちゃんとしなきゃいけないと、設備を整え出したんです」
それからというもの、お父様の行動は早かった。
「父が、イタリア製のカルピジャーニという、ジェラートを作る機械を気に入ったんです。気づいたら私、『その会社で研修してこい』と、東京に出されていました(笑)。父が『右を向け』と言えば、みんな右を向く。この辺でも有名なカミナリ親父で、厳しい人だったんです。私に『ヤギの人工授精を学んでこい』と言ったこともありましたね。でもジェラート作りに忙しい頃だったので、なかなか研修に行けなくて。そしたらしびれを切らして、自分で学びに行って、免許を取ってきてました(笑)。父は、すごく活発で行動力のある人だったんです」
11時30分から15時までランチの提供も。この日のプレートランチは、鶏ハムのトマトソース。手作りの優しい味わい。
赤ワインでじっくり煮込んだミートソースのパスタランチ。淡路島産の生パスタを使用。
そのお父様は、突然この世を去ってしまった。“ぐしけんファーム”の壮大な計画をいざ実行させようという矢先だった。
「父が使っていたノートを整理していたら、この辺りの土地取得のための交渉をしていた履歴が出てきて。観光バスが発着するような、大きな施設を作ろうとしていたみたいです。農園と、アンテナショップを作って、そこでヤギ肉が食べられて、デザートとしてヤギミルクのアイスクリームも食べられるようにと考えていて。ヤギは汁ものや刺し身だけではない、ミルクも美味しいんだよということを伝えたかったんですね。大きな構想があったのは、自分の地域に貢献したい、恩返しがしたい、若者が外に出なくてもここで働けるよう雇用を創出したい、という思いがあったからなんです」
突然一族の大黒柱を失ってしまった千秋さんご夫婦。お父様の思いを知りながらも、そんな大規模なことまでなかなか手が回らない。一方で、カルピジャーニというイタリアでは“ジェラートマシーンのフェラーリ”と言われるほどの高級な機械を、すでに購入していた。その稼働もさせなければならない。千秋さん夫婦は自分たちらしく歩もうと決める。
「私たちにできることをしていこう、できるところまで頑張ってみようと主人と話しました。東京でカルピジャーニさんの機械を使った出来立てのジェラートを食べた時、ものすごく美味しくて感動したんですね。どうせやるなら、美味しいものをお出ししたいと、イタリアンジェラートのお店を出すことにしたんです。でも父は、私がこういうジェラート屋さんをするなんて、思いもしなかったでしょうね。父は今頃、あちらでどう思ってますかね。『これだけ頑張ってるんだから、文句は言ってないはずね』って主人とたまに言うんですけどね」
紆余曲折があったものの、お父様の実家の隣に店をオープンさせることに決めた。
「この家、週末に家族が来るくらいで、あまり使っていなかったんです。ある時ここへ来たら、なんだか家が寂しそうって感じて。最初、那覇に店を出す計画もあったんです。けどその計画がうまくいかなくて。機材を買ってしまったし、どうしようと悩んでいたときに、この家に隣接されていて、当時ゲストハウスとして使っていたここがある!とふいに思い立ったんです。この辺は観光客の方が通り過ぎてしまう所なんですけど、人が立ち寄るような場所になったらいいなと思いました。何より父の思いがありますから。こんな小さいお店ですけど、ここに人が立ち寄ってくれたら、父が言っていた地域貢献にもつながるのかなと」
大きなカジュマルの木が聳え、彼方には海も見渡せる絶好のロケーション。オープンして間もなく、「是非この場所で」と友人たっての希望で、その友人夫婦の結婚式を主催した。千秋さんは、大好きなテーブルコーディネートやフラワーアレンジを活かして、ここで本格的にガーデンウエディングができるようになれば、と夢を抱いている。お父様が描いていた大きな農園という形ではないけれど、千秋さんは、千秋さんらしく千秋さんのやり方で、しっかりとお父様の遺志を受け継いでいる。
文/和氣えり(編集部)
写真/青木舞子(編集部)
ジェラートカフェリリー
名護市屋部918
0980-53-8727
11:00〜日没まで(ランチタイム11:30〜15:00)
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