おもしろいメニューばかりが並ぶ沖縄そば店がある。昨年(2016年)オープンしたばかりのSOBA EIBUNだ。生卵がのっていたり、普通は茶色い軟骨ソーキが白かったりで、沖縄そばの枠を思い切り飛び出している。盛りつけは豪快で、麺が具に隠されてよく見えないものまで。
そんな中にあってひときわ斬新なのが、“特製ジュレぶっかけまぜそば”。沖縄そばを冷製にするのかと驚く。プルプルとして見た目も涼やかなスープのジュレが、コシの強い生麺によくからむ。少し濃い目に味付けされた煮豚が味を引き締め、たっぷりの白ごまやネギ、海苔が香りをプラスする。暑さで少し食欲が落ちている時でも、ペロッといける。
SOBA EIBUNのそばは、どれもこれもが独創性に富んでいる。でもそのアレンジのおもしろさとは裏腹に、スープはとても上品なのだ。あっさりと優しく、コクや深みもしっかりとある。店主の中村栄文さんは、一番のこだわりは出汁だと胸を張る。
「基本のスープだけはしっかり作ろうと。飲み干せるスープを目指しています。豚ガラは、煮立たせずに弱火でコトコトと脂を取りながらじっくり8時間ほどかけて煮出しています。カツオと昆布は、和食の一番だしの取り方ですね。カツオ節は最後にたっぷり入れて、エグミが出ないうちにさっと引き上げるんです」
EIBUNのおもしろいそばは、基本の美味しい出汁があってこそ。中村さんには、沖縄そばをおもしろくしたい理由がある。
「沖縄そばをもっと皆に知ってほしいんです。とっつきやすくしたいし、興味を持ってもらいたい。それには見た目にインパクトがあって『写真を撮りたい』って思ってもらえるようなものにしたいです。よく観光客の方が『ソーキそばって、沖縄そばですよね?』って言うんですけど、そのフレーズを少しでもなくしたいなと」
沖縄そば愛に溢れる中村さんだが、元々すごく好きというわけではなかった。岩手県出身の中村さんが、沖縄そばの店を出したのは、海外でも勝負できるものを探して行き着いてのことだった。
「海外が好きで、海外で働きたかったから、外国の地でウケるものを探していたんです。たまたま僕の友人の奥さんが沖縄出身の方で、内地にいるときに沖縄そばのことを聞いて。『沖縄には沖縄そばの専門店が数百とあるんだよ』って。それを聞いてびっくりしたんですよ。沖縄に行ったことなくて、沖縄そばは沖縄料理のひとつくらいにしか思ってなくて。内地にある沖縄料理屋さんでは、沖縄そばも食べられるじゃないですか。沖縄でもそんな感じだと思ってたんですよ。沖縄でそれだけの専門店があるなら、内地で言うラーメンみたいなものじゃないかと。日本のラーメン屋とかうどん、日本そば屋は海外で既にあるけど、沖縄そば屋ならイケるんじゃないかと」
それまで沖縄そばを食べたことがなかったというのに、大きな可能性を感じて、沖縄に住むと即決した。
「沖縄に住んで1年目はどこかで働きながら沖縄そばを食べ歩いて、2,3年目にどこかのお店で修業して、4年目くらいに沖縄で出店しようと考えていました。まずは数ヶ月間食べ歩いてみて、期待ほどでもなかったら帰ろうかな、くらいに思っていたんですけどね」
食べ歩きをしてみて、中村さんはさらに心をつかまれた。理由は、その地域性。
「1年の間に、離島も含めて100軒くらい食べ歩いて、今までに400軒くらいは回りました。最初の10軒くらいですぐに、『これ、おもしろいわ!』と思いましたね。島や地域によって、こんなに違うんだと。一番違うのは麺じゃないですかね。八重山は丸い麺だし、首里は首里そばが特徴的で、細麺でコシのある感じ。那覇だと、宮古系でちょっとだけ太い麺になって、北部はわかりやすく平麺。スープだって地域によって特色がありますよね。カツオが強いところとか、豚出汁を効かせるところとか。ちょうどほんとにラーメンみたいだなと思ったんです。ラーメンも地域によって違うじゃないですか。北海道の味噌ラーメンがあったり、九州の豚骨ラーメンがあったり。ラーメンでは日本全国に渡る違いが、沖縄そばの場合は1つの県でこんなに違う。沖縄そばは、ラーメンの縮図だと思ったんですよ」
そもそも中村さんは、幼い頃から料理をするのがとても好きだったという。
「中学生の頃に“料理の鉄人”が始まって、『道場六三郎、かっけー!!』とか思ってましたね。読む漫画も料理のものばかりで、迷わず料理の道に進みました」
18歳で上京して、東京のフランス料理店に就職。けれどそこで待ち受けていたのは、とても厳しい修業だった。
「朝4時か5時に築地に行って仕入れして。1日仕事をして店の閉店後は、ワインの勉強して。睡眠時間がほとんどなくて、辛かったです。イヤになってしまって、3年で辞めてしまいました。挫折したんです」
もう料理はやめようと、別の世界を渡り歩いた。興味のあったアパレルの仕事に就いたり、かと思えば電車でサラリーマンを見て「スーツを着たくなった」と、サラリーマンになったり。転機は、会社員として東南アジアの国々を転々としていたとき。
「海外に住んでいると『ご飯て大事だな』と強く思わされるんですよ。食あたりで入院して死にそうになったこともありますし、“日本食レストラン”て書いてあるから入ったら『これ、日本食じゃない!』ってこともあったし。今まで食べたことないものを食べて『こんなに美味しいんだ』って驚かされることもあったし。ご飯に対して思うことが多くて、食に対する欲求が呼び戻されたというか。10年後にどうしていたいかなと思った時に、やっぱり料理の仕事をしていたいなと思ったんですよね」
シンガポールへの転勤が決まり、ビザの関係でたまたま岩手の実家に戻っていたとき、東北大震災に遭った。壊滅的な被害を受けて、その赴任を取りやめる。しばらくは故郷で復興のボランティアをして過ごしていたが、そんな頃に沖縄そばの話を耳にした。沖縄へ移住して2年目からは、恩納村の有名店“なかむらそば”で修業を積み、その後、当初の予定からは少し遅れはしたものの、念願のSOBA EIBUNをオープン。目指したのは、“女性が一人でも入りやすい沖縄そば屋”だ。
「2年半ほど沖縄そば屋で修業していましたが、修業していた店でも、食べ歩いた店でも、女性が一人で来店するってあんまりなかったんですよね。いわゆる沖縄そば屋の雰囲気だと、ちょっと入りづらいのかなと。でも女性だって絶対沖縄そばが好きだろうって。女性のお一人様のニーズを掘り起こせればいいなと思いました」
一見沖縄そば屋と思えないようなおしゃれな店構えにして、カウンター席を多めにした。中村さんの狙いは的中し、女性の一人客も多く訪れるという。「2時とか3時のお客のまばらな時間に、女性が一人でふらっと食べに来てくれたりして。そういうの見ると嬉しいんですよね」と、満面の笑みを浮かべた。
中村さんは、今も常に新しくておもしろい沖縄そばを考案中だ。
「沖縄の車海老を使ってパクチーをトッピングするそばや、故郷の三陸のホタテを使ったそばなんかを考えています。トッピングにも凝っていきたいですよね。宮古島のおそば屋さんや食堂には、テーブルにSBのカレー粉が置いてあるんですよ。“味変”ですよね。あれに衝撃を受けて。それに習って沖縄そばに合うの“そばマサラ”を作ってもらおうと思っているんです。スパイスでカレーの素みたいなものですね。他にも八重山のピパーチを使ったり、オリジナルの辛いスパイスを作ったり。味変でも遊んでいきたいですね」
沖縄そばをより多くの人に知ってもらいたい。中村さんの夢は大きい。
「何十年か後には、ニューヨークやパリに沖縄そばのお店を出して、『ニューヨークやパリで、沖縄そばが流行ってる』って逆輸入する感じで、東京に持ってこれたら最高ですね! 今、沖縄から東京に持っていっても、いまいちインパクトに欠けるでしょ。だからそれくらいやらないと(笑)」
写真・文 和氣えり(編集部)
SOBA EIBUN
那覇市壷屋1-5-14
098-914-3882
11:30〜18:00
close 水・隔週の木
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