「タイ料理を食べるのが好きなんですよね。…なんか中毒性があるというか…やたらテンション上がるんですよね。…タイ料理のお店に入ったら、独特の匂いがしますよね。…ジャスミンライスの炊けた香りとか、ハーブの香りとか。…何が好きって、香りが好きなのかもしれないです」
東北イサーン地方の料理を中心に、30種ものタイ料理を揃えるスパイスハーブホリデー店主の田村健太郎さんは、多くを語らず、ポツリポツリと言葉を選ぶように話す。そんな田村さんが、静かにテンションを上げるのが、タイ料理の香りだ。
ここスパイスハーブホリデーでも、独特のエスニックな香りが店内にとどまらず、店の外にまで漂うのだ。パクチーのオリエンタルな香り、ココナッツミルクの甘くて優しい香り、調味料の発酵を極めた奥深い香り…。
中でもガイヤーンの香り高さは格別。日本で言う焼き鳥のようなその料理は、日本のそれより複雑で、食欲を究極にまでそそる香りを持つ。鶏皮の脂のこんがりと焼けた香ばしさに、スパイスやハーブの鮮烈な香りが折り重なる。その秘密は、丹念に仕込んだ下味にある。
「鶏は生のままで、ほぼ1日調味料に漬けてマリネするんです。マリネ液は、4種類の醤油をブレンドしています。パクチーやにんにくをすりつぶしたペーストもマリネ液に加えていますね」
4種もの醤油のブレンドと聞いて、その繊細さに驚く。平坦でない香りの正体だ。
「醤油は日本のではなく、タイのもの。ナンプラーじゃなく、大豆から作ったタイの醤油があるんですよ。タイでも日本みたいに、黒醤油や薄口醤油があるんです」
醤油だけでなく、使う調味料は全てタイのもの。日本のもので代用しないのは、田村さんのこだわり。
「切らしたことがあって、日本の調味料で代用して作ってみたんですけど、ちょっと違う。代用が効かないんだなってことがわかりましたね。だから注文し忘れたら、その料理は作れなくなってしまうんです。10種類ほど取り寄せてますね」
パリパリの皮とジューシーなもも肉を口にする。ここで鼻をつくのは、粗挽きにした黒胡椒の、キリリとした鮮やかな香り。何層にも折り重なった味を、たっぷりのスパイシーな黒胡椒が1つにまとめあげる。
スパイシーな香りと対比するように、優しい甘やかな香りもある。
カオソーイは、小麦麺にココナッツミルクのスープを合わせた、チェンマイスタイルの麺料理。麺をすするたび、ココナッツミルクの甘い香りが鼻を抜く。しかし単に甘ったるいのではなく、ふくよかな甘さの奥にかすかなスパイスの香りが隠れている。
「スープには他に、鶏ガラスープ、ナンプラー、パームシュガー、八角、それにゲーンペットというレッドカレーペーストや、ポンカリーというタイのスパイスを加えています」
パームシュガーは、ヤシから作られる砂糖で、普通の砂糖より風味が豊か。きゅっとレモンを絞れば、爽やかな酸味が香りの変化をもたらしてくれる。
発酵した奥深いコクの香りは、タイの味噌を使ったタレから。カオマンガイという茹でた鶏肉料理に添えられたそれは、大豆の香りをしっかりと主張する。
「納豆みたいな大豆の粒が残っている豆味噌ですね。タオチオというタイの味噌です。それに、タイの米酢とタイの醤油を加えています」
柔らかでジューシーな茹で鶏肉の下には、ふわりと香り漂うジャスミンライス。鶏を茹でたスープで炊きあげられていて、これだけでもスプーンが進む。
スパイスハーブホリデーの料理に共通する香り高さは、本場の調味料と、豊富なスパイスとハーブが一役買っていると納得した。
具がたっぷりで、春雨の茹で具合も絶妙なヤムウンセン。
タイの料理や調味料に精通してる田村さんだが、タイ料理について学んだのはたった3年というから驚きだ。
「仲の良い先輩に『茅ヶ崎で、一緒にタイ料理の店をやろう』と誘われたのがきっかけですね。最初から3年と決めていたんです。娘が小学校に入るタイミングで沖縄へ行こうと決めていたので」
それまでは、アパレル関係や、和食やメキシカン、フュージョン料理店で働いていた。アパレル関係の仕事を辞めた時に、たまたま訪れた沖縄に魅せられ、将来沖縄で自分の店を持とうと目標が定まった。多くを語らない田村さんだが、3年の間、先輩から必死にタイ料理を吸収したであろうことは想像に難くない。3年前にオープンしたスパイスハーブホリデーだが、その人気は圧倒的で、連日満席、予約必至の店に成長しているのだから。
しかし、田村さんは、もっと知りたい、出会いたい、引き出しはいくらでも増やしたいと渇望する。
「今自分が思う完璧という状態で料理を出していますけど、他の人のを食べたら、自分のを超えるものがあると思うんですよ。それに自分が食べたことがないものも、いっぱいあると思うんですよね。そういうのにもっと出会っていかないと。沖縄にいると勉強不足になっちゃってるのかなというのがあるんで」
田村さんの情熱は、人一倍だ。「沖縄で一番って言われるタイ料理店になりたい」と迷いなく言い切る。
「そのために、現地の調味料にこだわりたいですし、仕込みも時間を惜しまず、丁寧にやりたいですね。野菜もたっぷり使いたいですし。今はお魚料理は出せていないんですけど、そのうち例えば、黒板に”今日のお魚”とか書いて、ハーブ蒸しとか出せるといいですよね」
田村さんの夢は、自分の店のことだけにとどまらない。沖縄でタイ料理の認知度をもっとあげたいと積極的だ。
「今、沖縄でもタイ料理の店がだんだん増えてますけど、もっと増えて、沖縄でタイフェスなんかできたらいいですね」
テンションの上がるタイ料理の香りで、沖縄中を満たす。そんな日も遠くないに違いない。
写真・文/和氣えり(編集部)
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