「パンで楽しい気持ちになれますように…と思って作ってます。たまにパンを見ながら『ププッ』って噴き出すお客様もいて、そうなるとこちらも『やったー!』って嬉しくなっちゃいますね」
宇地泊製パン所スーリールの店長 町田千亜希さんが言う。スーリールが目指すのは、美味しさはもちろん、面白さも味わえるパンだ。
「週末限定の上に、1~2個しか作らないレアな登場の“スパイシーベーコンハブ”ってパンもその一つで、見かけたらラッキー!です(笑)。フランスパンの硬い生地でリアルなハブの姿を作っているので、皆さん一瞬『何これ!』って驚かれますね。中身はベーコンとカマンベールチーズが入ってます。黒胡椒も効いてて、強烈な見た目のインパクトに負けないぐらい美味しいんです」
他にも、ウインナーを火星人に見立て、“囚われた火星人”と名付けられたパンや“エロガッパ”など、ネーミングとキャラ達のそれっぽい表情が笑いを誘うパンもある。
火星人こと、カリッとしたウインナーには、さらに香ばしく焼かれたチーズもまぶされている。エロガッパは、抹茶の練りこまれた生地にメロンパン生地で頭の皿を作られ、中にはホワイトチョコ。ひとつひとつがなんとも凝った作りなのだ。どちらも、いろんな素材の味がして、舌が忙しい。
「ウチのオーナーの儀間はダジャレとかお茶目なことが大好きなんです。パンに名前を付けたり、アイデアを出したりするのは、だいたい彼ですね。店名のスーリールは、フランス語で微笑みって意味なんですが、いつもどうしたらお客様が笑ってくれるか、考えながらやろうねって言ってるんです」
人気No.1の”あんバター”は、北海道産の小豆を使用。苺の時期には”イチゴあんバター”も。
それにしても、パンの種類が多い。ところ狭しとパンが並ぶ棚には、ユーモラスなパンだけでなく、旬のタンカンを使ったデニッシュや、具だくさんなのが見てとれるサンドイッチなど、いわゆる定番のパンも。ひとつひとつのパンや説明書きをじっくり見比べても、どれにしようか全然決められない。
「今、全部で80種類ぐらいかな。とにかくたくさん置きたいので1種類につき、3~4個しか作らないものがほとんどです。品揃えも、朝と夕方で違いますし、季節の野菜やフルーツもふんだんに取り入れるので、入れ替わりも激しいですね。食べる時だけじゃなくて、パンを選ぶ時から楽しんでほしいので、いっぱい作ります。いっぱい迷ってほしいですね」
スーリールでは、新たなパンがどんどん生みだされていく。そのスピードと量が凄まじい。
「季節とかあんまり関係なさそうなカレーパンも、春から夏にかけての短い間に“根菜カレーパン”から“夏野菜カレーパン”に切り替えたりとか、旬を感じるようにしてますね。もちろんスパイスからルーを手作りしてますよ。あとは季節のイベント…お正月やクリスマスやバレンタインはシュトーレンや干支のパンなど、当然それに合わせたパンを作るんですけど、他にもW杯の時は開催国のブラジルにちなんでシュラスコサンドを作ったり、ある美術館でピカソ展をやっていた時は、ピリ辛ソーセージとゆで卵でピカソの自画像を表現したピザパンを作ったりとか…突発的なイベントのパンもよく作ります」
選びきれず、立ち尽くしてしまうほどの種類の多さ。でも、こんなにパンがあるのに、似たようなものはひとつとしてない。たとえば、クルミが入ったパンだけでも、“クルミのカンパーニュ”“クルミロール”“クルミのミルク棒”“クルミベーコン”と何種類もあるのだ。クルミのアクセントを効かせつつも、組み合わせた具や生地でそれぞれに個性がちゃんとある。
その個性を際立たせるために、土台となる生地も何種類も揃えているという。
「ハード系の生地だけでも、一般的なフランス生地、カンパーニュ生地、天然酵母を使った生地の3種類ありますね。あとはバターロール生地や菓子パン、ブリオッシュの生地とかも。クロワッサンの生地は3日間かけて作ったりと、長時間発酵させるんです。野菜やフルーツなどの具材もたくさんありますが、生地で食感の変化をつければ、より多くのパンを表現できるので、何種類も用意してます」
“まんまる” 外側のサクサクしたクロワッサン生地と、内側のブリオッシュの生地の食感のギャップが不思議。棚の木目と同化するかのような見た目も個性的だ。
面白いパンも、もちろん美味しさがあってこそのもの。町田さんも美味しいのが大前提だと胸を張る。
「儀間はダジャレ好きではありますが、パンを作る時は小麦粉の1g、焼き上がりの1秒の差にもこだわるぐらい物凄く几帳面なんです。一番おいしいパンを作りたいっていう情熱が人一倍ありますし、そのためのアイデアもたくさん出てくるんですよ。食感でいうなら、“クローネ”というクロワッサン生地のパンは、注文を頂いてから中にクリームを詰めるので、生地のサクサクした感じが失われないんですよ。夏に人気の、冷やしパン”ブリオッシュフロマージュ”も、通常のパンよりも卵やバターをたっぷり使って、冷やしても生地がキュッと縮んじゃわないようにしてます。そういう工夫や手間を惜しみたくないので」
また、今までにない味わいでお客さんを楽しませたいともいう。
「抹茶とサツマイモの甘露煮に、オレンジピールを効かせたパン…試食してみたら美味しいし斬新だったんですけど、どうもイマイチ人気が出なくて…。イチジクとブルーチーズのパンも甘さと塩気が絶妙で、私は大好きだったんですけど、やっぱり皆さん、味のイメージがしやすいものを手に取られる傾向があるので、この2つは涙のお別れとなりました。だけど、独創的なパンを作りたいっていうのはいつも頭にあります。まだ誰も作ったことがないようなパンも喜ばれるかなって」
面白さと美味しさの両立を追求するあまり、空回りすることもあるようだ。でも、決して一人よがりにはならない。
「ウチの店は製造部門と接客担当みたいにスタッフを分けずに、全員がレジに立つんです。パンを作る時も、売る時もあるんです。その方がお客様の反応が直に分かりますよね。そうしてつかんだ声をまた新しいパンに活かそうと思って」
それは決して、売れた個数などの数字ばかりを重視するというわけではない。
「お客さんにウケが良いか悪いかはもちろん大事ですけど、たった1人でも気に入って頂けたなら、その人のために作るようなこともあります。“ミルクフランス”なんかがそうですね。あるお客様が数年に渡って、これだけを週2のペースでずーっと気に入って買ってくださってるんですよ。いらっしゃる曜日はバラバラですけど、いついらっしゃっても大丈夫なように、切らさないようにって。そういうコアな方が他のパンにも付いてるので、そんなパンはちゃんと残しますね」
スーリールは2009年にこの地でオープンした。その前は与那原で、ガマシバル商店という名前で3年ほど。場所や店名は変わっても、お客さんを楽しませるパン屋でありたいという想いは変わらない。そんな姿勢が、幅広い世代から愛されている。
人気NO.2のふわふわ白パン。スーリールのパンはEM牛乳がたっぷり使われている。大きく焼くことでふわふわの食感を実現。卵不使用で、離乳食の時期の子供でも食べられる味と柔らかさ。
「『この子、ここの食パンしか食べないんだよ』って、お子さん連れの方に言われた時はうれしかったですね。お子様も多いですね。ふわふわ白パンは1才前でも食べれますし、チョコでコアラの顔を書いた“コロネパン”も可愛くて人気です。抹茶生地のものや餡が入った和風のパンはお年寄りの方に好かれていて、菓子パンだけでもいろんな年齢の方に来て頂けるのが自慢です」
この楽しげな雰囲気に感化されるのだろうか、お客さんもパンの楽しみ方を研究しているようだ。
「一番うれしいのは、私たちも思い付かなかったような楽しみ方をお客さんから教えてもらえることですね。“ショコラフランボワーズ”ってチョコレートのパンがあるんですが、『あれ、温めて食べるとフォンダンショコラみたいにトローリとして、すっごく美味しいからやってみて!』とか『クロワッサンにアンチョビとオリーブオイルがすごく合った!』とか」
ここには、週末にしか会えないパン、見た目がひょうきんなパン、季節の移り変わりを感じるパン、味わったことのない味を冒険するパンなど、遊び心にあふれたパンが豊富に揃う。ここに立って、パンをじっくり眺めていると、スーリールの名の通り、知らず知らずのうちに口角が上がっていく。そして、苦心して選んだ個性豊かなパンを口にした時、より一層の笑顔が弾けるのだ。
文/石黒万祐子(編集部)
宇地泊製パン所 sourire(スーリール)
宜野湾市宇地泊734
098-953-7070
定休日 月曜・隔週火曜
営業時間 10:30 ~ 21:00
blog http://pangamasii.ti-da.net