「僕はこの中で本を読んだり、タブレットを持ちこんでメールしたりもしてます。
実際に乗ってみてください。見た目以上に気持ちいいですから!」
椅子に座るようにハンモックに腰掛けた中島一臣さんの姿を見て、少々驚いた。
ハンモックとは、のびのびと寝っ転がって昼寝を楽しむためのものだと思っていたからだ。
「もちろん寝っ転がることのできるサイズもありますが、こちらはチェアタイプのハンモックなんです。
体重を背中全体で支えるので、椅子と違って腰に負担が掛かりづらいんですよ」
チェアタイプのハンモック。
椅子のように腰かけたり、中で脚を伸ばしたりもできる。
勧められるがままに、大きめのサイズのものに横たわってみる。
編まれている紐の一本一本が身体にくいこむのではないかと案じていたのだが、肌触りはとても柔らかく、心地良い。
「当店は、手編みのハンモックの専門店なんです。機械や織り機で作るのではなく、タイの少数民族・ムラブリ族の方が一つ一つ手編みしたものを置いています。
機械織りだと編み目が粗かったり、ナイロンのような固い繊維を使っていたりするので、身体の露出部分に跡がつく場合も多いんですよ。
また、身体に触れるものなので、肌触りにもこだわってますね。
100%コットンやシルク、柔らかなアクリルなど、長時間使っても気持ちのいい素材を厳選しています」
「ムラブリハンモック」は、ムラブリ族が作ったハンモックを取り扱っている日本唯一の店舗だ。
オーナー・中島さんとムラブリハンモックとの出会いは2008年に遡る。
それまで中島さんは、父親が経営する会社を継いで、会社員として勤めていた。
中島さんは高校卒業後に渡米し、アメリカの大学に進学。その後インドに渡り、ヒンドゥー語や太鼓を学んだのちに帰国した。
仕事を始めてからも、趣味の旅行は続けていたと言う。
「社会人となって10年ほど経ったころでしょうか、2008年にタイを訪れたんです。山あいの村を歩いていたら、思いがけなくハンモック屋を見つけて。『こんなところに珍しいなー』と思い、店にいたスイス人のスタッフに訊いてみたら、ムラブリ族が手編みしているものだと知って。
後からわかったことなのですが、この時話をしたスイス人が、ムラブリ族にハンモックの編み方を指導した本人だったんですよ」
そもそも、手編みのハンモック発祥の地はメキシコであると言われており、タイにはハンモックを作る風習はなかった。
また、タイの少数民族であるムラブリ族は、数十年前までジャングルを移動しながら狩猟生活を送っていた。しかし20世紀後半になると、環境破壊が進んで生活が脅かされるようになり、人口も約300人にまで減少、ジャングルを出て定住生活を行うようになっていったと言う。
「でも、移動しながら狩猟生活を営んできたムラブリ族のひとびとが、農業を軸とした定住生活に切り替えるのは容易なことではなかったようです。生活条件はなかなか向上せず、苦しい日々が続いていました。
そんな時、たまたまバイク旅行で村を訪れたのがスイス人の織物技術者だったんです。
ムラブリ族が自立して生活を営めるようにと、ハンモックの編み方を指導したのがムラブリハンモックの始まりですね。今から10数年ほど前のことです。
その彼が営むハンモック屋に、僕がたまたま訪れたというわけです」
その際、中島さんはハンモックを2つ購入したが、帰国後もムラブリ族の人々とハンモックのことが頭から離れなかったと言う。
「もう、そのことばっかり考えちゃって。
結局、『やるしかない!』と決めて会社を辞め、2011年2月には店をオープンさせました」
店の裏にある庭でも、ハンモック体験ができる。
ブランコのように乗って遊ぶことも。
中島さんは日本から発注するだけでなく、年に2~3回はタイを訪れると言う。
「現在は、アメリカ人のユージンさん一家がムラブリ族の居住区内に住み、彼らの生活を手助けしています。そして、ハンモックの注文自体はユージンの息子・アレンとメールでやりとりしているので、特にタイに行く必要はないんです。
でも、メールでは伝わらない話をするために、定期的にタイを訪れるようにしています。
先日は、夏場の繁忙期に入荷が滞り、急遽現地に向かうことになりました。
実際に行ってみると編み手不足が原因ではなく、染めた糸の調達が困難になったからだということがわかったんです。
そこで糸を染める工場を新たに探したところ、幸い良いところが見つかり、今ではばんばん届くようになってホッとしているところです」
丁寧に手編みされた上質なハンモックは好評だが、ムラブリ族の人々にかかる負担が重くなりすぎないよう細心の注意を払っていると言う。
「ムラブリ族は今、山の中にある居住区内で生活しています。
そこでハンモックを編んだり、米やとうもろこし作ったり、隣の部族の畑を手伝いに行ったり…。
何しろリラックスして生きていくのが大好きな人々なんですよ。ですから、過酷な労働は強いないように気をつけています。もちろん、速く沢山編んでもらえたらありがたいわけですが、強制はしません」
ハンモックだけでなく、専用のスタンドや付属品なども多数取り扱っている。
初めて乗ったハンモックの中で、なんだか不思議なきもちになった。
身体の重さで少し腰が沈むので、自然と身体がなだらかな「く」の字を描く。子宮の中の胎児の体勢…とまではいかないのだが、胎内ってこんな感じだったのかしらと、ぼんやり考えた。
さらりとした肌触りのハンモックにすっぽりと包まれ、優しい風にゆらゆらと揺れていると、自然とまぶたが重くなってくる。普段の生活ではなかなか体験できない浮遊感が心地いい。
「手編みのハンモックは風通しがいいので、夏場でもクーラーを使わず昼寝できちゃいますよ。
また、アウトドアのイメージが強いかもしれませんが、最近では室内にハンモックを取り付ける方も。チェアタイプのハンモックだと、ソファ代わりにもなると好評なんです。
見た目以上に座り心地が良いので、一度乗ると病みつきなる方が多いですね」
中島さんの父親も、ハンモックの思わぬ魅力に夢中になった一人だと言う。
「父はいわゆる本の虫。読書にはこれがいいよとハンモックをプレゼントしたんです。最初は半信半疑だったようですが、しばらくすると『長時間座っていても腰が痛くならない、最高だ』とすっかり気に入った様子で(笑)
お世辞とかまったく言わない人なので、ちょっと驚くほどの反応でしたね」
かく言う中島さんも、未だハンモックへの探究心は尽きないようだ。今では自身でデザインし、編むようにまでなっているという。
ハンモックを吊るすと、子どもたちが集まってくる。
「子どもってすごいですよ。ただリラックするだけじゃなく、遊び道具にしちゃうんですから」
「自分で作るようになってから、一層面白くなってきましたね。
様々な色を使うので、編み目を使った表現もできるんですよ。
例えば、僕の大好きなヤンバルの自然をモチーフにした『ヤンバル・フォレスト』、くちばしや羽の色を表現した『ヤンバルクイナ』など、オリジナルハンモックも作りました。
お客様からのご要望も様々で、オーダーメイドのデザインをリクエストされることもありますし、『ハンモックの中で読書するとき専用の台がほしい』なんていう声をいただくことも。
ハンモックがより身近で使いやすいものになるよう、自分ができることはなんでもやりたいと思っています。
本当のことを言うと、糸を染めるところから自分でやってみたいんですよね。突き詰めるとキリがない気もしますが(笑)。
それくらいハンモックって奥深いし、面白いんですよ」
たたんでバッグに入れると、こんなにコンパクトに。「これを持って週末は近くの公園に行くんです。人があまりいない静かな場所で適当な木を見つけたら、ハンモックを吊るして一休み。最高の休日ですよ」
安定した仕事をやめて飛び込んだ世界だったが、その選択に後悔はないと中島さんは微笑む。
「ハンモックに出会った時、これは天職だ!と確信したんですよ。そして、今も同じように感じています。
どういうところが? と訊かれると説明が難しいのですが…。店をやっていていつも楽しいし、幸せ。生活全体がハッピーなんです。
自分だけが幸せなんじゃなく、うちでハンモックを体験した方々がみなすごく感動してくれて、喜んでくれるんですよね。そういう姿を見られるのも嬉しい。
ハンモックって、大人も子供もみんな笑顔にできるんです。
毎日思いますよ、『本当に幸せな仕事だな』って」
確かに、ハンモックに乗って顔をしかめている人っていない気がする…。私がそう言うと、「ハンモックの中で難しい本読んでる人くらいかもね!」と、中島さんは笑った。
みんなを笑顔にするハンモックを作っているのは、環境破壊の影響で森を追われてしまったムラブリ族の人々だ。
ムラブリハンモックには「自然を壊さないで」というメッセージが込められていると中島さんは言う。
「僕は、彼らの想いを日本で伝えるメッセンジャーでもあるんです」
写真・文 中井 雅代
MLABRI HAMMOCK(ムラブリハンモック)
宜野湾市大謝名4-22-2
098-898-9428
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