WRENCH(レンチ)・徳嶺吉紀店舗デザイン、プロダクト製作から監督まで。いつもものづくりのそばにいたいから

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「高校2年くらいにはもう、自分の中で進路が決まってたんです。『店をデザインする人になりたい』って」

インテリア・プロダクトデザイナーの徳嶺さんは、石垣島で育った学生時代インテリア雑誌を読みあさり、その美しさに夢中になった。
 
「当時はミッドセンチュリーが流行っていて、イームズのチェアーなどが取りざたされていました。
そういう本ばかり読んでいたので、建築の知識はなかったけれど、家具の知識はこの時期にある程度身に付いていたとおもいます」
 
高校卒業後、専門学校の建築科インテリアコースに進学したが、建築家になりたいと思ったことはなかったと言う。
 
「職人の仕事に興味があったんです。ものづくりに携わりたいという想いが強かったんですね」
 
専門学校を卒業後は日本でも有数の家具の生産地、福岡県大川市の「丹創社」に就職した。
 
「木工職人や家具職人になりたいなと思っていたんです。木工の工場もあるのでそこに就職を決めたのですが、1年目から東京勤務になって(笑)。内装を管理する現場監督の仕事に携わることになりました。」
 
希望とは異なる部署で勤務することになったにも関わらず、徳嶺さんはくさらなかった。自分のやりたいことから遠く離れてはいないと感じたからだ。
 
「空間をデザインしたいという想いはいつも根底にありましたし、家具もその空間に含まれる要素の一つ。トータルバランスが重要なので、箱を知らないと良い家具もできないと思ったんです。だから監督という仕事をやりたくないとは思いませんでしたし、むしろ良い経験になると思いました。
それから5年間、現場監督として勤務しましたが、最初のうちは先輩から何を教わっても右から左に流れるような感じで何もわからない状態でした。それが3年目くらいから色々とわかってきて。とても楽しかったし、有意義な時間を過ごせたと感じています。
5年間というと長い期間ですが、迷いはなかったですね。道を逸れているという感じがしなかったんです。これ以外の仕事に就くことは想像できませんでしたし」
 
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その後、徳嶺さんは会社を辞めて沖縄に戻り、那覇市のデザイン事務所に就職した。
 
「監督をしていた時にも図面上ではデザインにふれていたので、自分でもできるという意識はありました」
 
居酒屋や美容室といった店舗施設のデザインに携わったが、当時をふりかえると思うところがあるという。
 
「その時はもちろん最善を尽くしてデザインしてたのですが、今思うとお客様の想いより、時代やはやりを意識しすぎていたようにも思います。東京の雑誌に影響を受けてつくったり…。でも、そんな雑誌の中のデザインへの愛着や想いは、僕の中にもお客様の中にもないんですよね。
お客様が心から求めているデザインで、本当に良いものであれば、はやりすたりは関係ないはずなんです。そこにはちゃんと愛着が残りますから」
 
3年後、徳嶺さんはMIX-life style の設計室に就職した。
そこでも多くの出会いがあり、新たな価値観も生まれたと言う。
 
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「プラスしていくのではなく、けずるデザインを意識するようになりました。
例えば、土間に床の材料をはるのは当たり前だと思われがちですが、コンクリートそのままでも良いと思うんです。壁もブロックむき出しだって良い。天井もそう。
その人にとって余計なものって絶対あると思うんですよ。
手をかけるところにはしっかりとかける、でもかけなくてもいいところからは引き算する。そういうメリハリをはっきりとつけることで生まれる空間の魅力を学びました」
 
店舗デザインをする上で、主人公として据える人物にも変化が生まれた。
 
「それまではどうしても買い物に来るお客様のことを中心に考えてデザインしていたんです。スタッフはあくまでも販売する側、というふうに捉えていました。
でも、店ですごす時間が最も長いのはオーナーやスタッフですよね。ですから、彼らを真ん中に据えてデザインすることを心がけるようになりました。働く人が過ごしやすく、居心地良い空間であれば、お客様にとってもそうなるはずだ、と考えるようになったんです」
 
来店する客の趣味・嗜好は千差万別だ。しかし一度店に足を運んだ人で、その後もリピーターとなって二度三度と来店する人は、店のコンセプトや店主の趣味などに少なからずシンパシーを感じ、「自分の好みと合う」「ここにいるとなんだか落ち着く」などと感じた人に限られるだろう。施主の想いを追求することで、施主だけでなく常連となるであろうひとびとにとっても居心地のいい空間が作れるのだということに徳嶺さんは気づいた。
 
2011年7月、徳嶺さんは独立し、那覇市泊に事務所を構えた。

 
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徳嶺さんは空間をデザインする際、コンセプトを定めるまでのステップを重視している。
 
「殆どの方がご依頼時に大まかなイメージは持っていらっしゃいます。そこでさらにつっこんでうかがい、お客様の伝えたいことを引き出します。お客様によっては『特になにもない、おまかせします』という方もいらっしゃいますが、そういう方にも必ずご希望はありますから、そこを聞き出すんです。特にお店をやりたいという人はかならずその人ならではの『アク』があります。聴いてきた音楽や観てきた映画など、お客様の背景を伺って細かな情報から分析していくんです。
コンセプトの設定にはそれだけ長い時間をかける価値があると僕は思っています。ここさえしっかり固まれば、そのあとはわりとスムーズに進みます。
僕とお客様との間にコンセプトというルールが設定されれば、そのルールからあまり外れることがないよう注意して、デザインの方向性をしぼりこめるようになるからです」
 
コンセプトが決定し、設計図が完成していざ工事が始まっても、徳嶺さんの仕事は終わりではない。デザインした空間の現場監督は、かならず自身でおこなうのが徳嶺さんのこだわりのひとつだからだ。
 
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一軒家や集合住宅のリノベーションの依頼も多い
 
「実は、効率の観点からみるとあまりいいこだわりとは言えないのです。一人で兼務するとどうしても効率が落ちますから。
でも、お客様にとっては利点が多いと思います。デザインした本人が工事に関わることで、細かい点までおざなりにせず、しっかりこだわることができますし、職人のかたに直接直しを依頼することもできる。
また、お客様と一緒に現場をみながら『ここをこういう風に直して欲しい』というご要望があれば、その場で図面を書き直すこともできます。
デザインしてそれで終わり、というのがどうしてもできない性分なんです。最後までしっかり携わりたい」
 
しかしそれは、ひとりですべてを完成させたいという意味ではない。
 
「逆に、いろんな人たちが一緒になって一つのものをつくりあげることに興味があるんです」
 
と徳嶺さんは語る。
 
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「木工職人、鉄職人、工務店、植物のプロ…。周りには様々な分野の第一線で活躍なさっているひとがいるので、そういう方々とジョイントして仕事をしたいと考えています。
一人でやるとどうしても限界がある。アイディアだって一人よりも二人のほうが出てきます。
だからといって自社スタッフを増やすのではなく、別ジャンルの方と組んだ方がおもしろいと思うんです。
もちろん予算がありますから、みんなでつくれば予算もわけることになりますが、手取りが減ってもチームでいいものを作って次に繋がる方が僕は良い。その方がクオリティが高い空間ができると思うし、やってる僕らも楽しいと思うんです」
 
新都心のティールーム「8ism(ヤイズム:関連記事「こだわりの茶葉で淹れる家庭的な紅茶をアンティークな空間で」)」の店舗デザインに携わった際、メインとなるカウンターの製作は LITTAI metal works(リッタイ メタルワークス:関連記事「ステンレスという選択」) に依頼した。
 
「LITTAI の仲地さんにご相談し、普通の銅板ではなく独自の加工を加えようと、塩水や醤油など様々なものをかけて酸化させ、錆び方を検証するという実験を行いました。より錆びさせることで面白い雰囲気が出ると思ったんです。
その結果、一般的な亜鉛銅板とは違う、独特の質感を出すことができました」
 
店で使う椅子にはクッションを敷き、その上にレザーをかけようと考えたが、細部は LEQUIO(レキオ:関連記事「どこか崩れてて未完成。シンプルだけど遊びもあるモード服」)の嘉数さんに相談した。
 
「しっかり作りこんだカバーをかぶせるのではなく、切れっぱしのような状態で、自然にさらりとかけるほうがカッコ良くなるよ、などアドバイスしてもらいました。ボタンをつけて脱着式にするなど、僕が考えつかないようなアイディアを色々
出してくれました」
 
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もともと職人になりたいと考えていた徳嶺さんは今、その想いに再度向き合っている。
 
「オリジナルの家具やプロダクトを製作しています。いずれは展示会もしたいですね。
『WRENCH』という社名も六角レンチに由来しているんです。家具を組み立てる時に最もよく使う工具ですね。
モノを作ることから離れたくないんです、いつもモノづくりのそばにいたい、携わっていたい。図面をひくだけというのは僕にとってはどうしても物足りないんです、だから現場にも出向きます。現場で実際に空間を作るのは職人さんですが、その近くにいたいので」
 
徳嶺さんの作る家具はとてもシンプルだ。
素材と素材を組み合わせただけ。そんないさぎよいシンプルさが心地よく、普段使ったり目にしている家具は、余計なものも盛りこまれていることが多いと気づかせてくれる。
 
「シンプルさを追求していくと、不必要なものが削られてていって、最終的に残るのは素材なんです。素材がよければ色をつける必要もありません」
 
今後は、プロダクトデザインの面でも他ジャンルで活躍する人々とともにとものづくりしていきたいと語る。
 
「木工職人は木材のプロ、鉄職人は鉄のプロ、そういうジャンルの違うプロが協力すればさらにクオリティの高いプロダクトができると思うんです。
そういうジョイントの組み合わせ次第では可能性は無限ですから、楽しみですね。
 
また、空間をトータルでデザインすることにもチャレンジしたいと考えています。カフェならその空間だけでなくメニュー、看板、制服…と、トータルでデザインしてみたい。
それも僕だけじゃなく、色んな人と一緒にできたらいいですね」
 
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WRENCH の事務所はもちろん徳嶺さんがデザインしたものだ。
床はコンクリートそのまま。むしろ、古い質感を出したくてスポンジで黒く汚したという。
シンクを照らすシンプルなライトも手製。
工事現場などで使われるライトをアレンジした。
テーブルはシンプルな板にアイアンの足をとりつけただけ。
 
「その人にとって無駄な部分というのは必ずある」
 
という言葉が印象的だった。
空間というのは公共施設でない限り、万人に必ずしも好まれる必要はない。
そこで働く人、住まう人、訪れる人。そういうある程度限られた人々が居心地がいいことが何より大事なのだ。
 
自分にとって居心地の良い空間とはどういう場所だろう?
そんなシンプルな問題に、初めて考えを巡らせた。
 
その問題を私たちとともにじっくりと突き詰め、そして空間づくりに最後まで携わってくれる。
デザイナーであると同時に、職人でもある徳嶺さんだからこそ。
 

文 中井雅代

 
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WRENCH(レンチ)徳嶺吉紀
那覇市泊2-21-9 1F
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