写真・文 田原あゆみ
ロンドンに拠点を置くバック作家、和井内京子を訪ねている。
このエッセイを書いているのは何故か、南仏Perpignan。ロンドンから1時間ちょっと飛行機に乗って南仏に来てみたら、なんとも気候が違うことに驚いた。
すっきりと晴れた空、空気は澄んでいてからっと乾いている。ここは緑濃い初夏。ポピーが咲き乱れ、さくらんぼが色づきマルシェに並ぶ。
曇天が新緑を包む雨雨雨のロンドンに降り立ってから私は一体どのくらいの距離を移動したのだろうか?
ロンドンについた翌日の昼に、私の旅を全面的にアシストしてくれている京子さんに今回の旅の目的を話した。
まず、10月の企画展に関わる人を取材したいということ、それと移動の疲れがたまっているので解消したいということ。
で、彼女はDevonというイギリス南西部にある町に住む陶芸家で彼女の友人であるマグダの工房を訪ねる旅を手配してくれた。
ロンドンについた翌日の夕方、私はそこへ1人電車に乗って向かった。イギリスで1人で電車に乗るのは初めてのこと。少し緊張したけれど、まあ、どうにかなるだろう、と。
Devonは遠かった。家を出たのが17:40。電車が遅れてパディントン駅から出発したのが19:30。夕暮れ時のラッシュアワーとかぶって、遅れた電車は人の波がどっと押し寄せた。その波にもまれながらなんとかシートをゲット。暗くなった夜の線路沿いの町の明かりを見ながら無事に着くかしらと落ち着かない。
で、乗り換えの町に着いたのは22:20。出発してからなんと4時間半が過ぎていた。
乗り換えは違うホームだと聞いていたので、走って隣のホームへ。ちょうど入ってきた電車に飛び乗ろうとしたら、パディントン駅行きというアナウンスが耳に入った。
まてよ、、、待て待て。私はパディントン駅から乗ってきたのだ。この電車ではないことがわかり、とにかく駅員さんに聞いてみようと闇に包まれて人気の引いた駅の構内を走った。
イケメンの駅員さんが言うには、もうDevonまで行く電車は無くなってしまったという。なんと、知らない町の深夜に私は行き場を失ったのだった。
時刻は 23時前になっていた。困っている私に駅員は「タクシーを手配してあげる」と。
がしかし、電車で1時間半かかるDebonまでタクシーで行ったら一体いくらかかるのだろう?私は駅員さんにストレートに聞いてみた。
「大丈夫だよ、ぼくが払ってあげるから」
正しくは、国鉄が支払うのだろう。けれど彼は「I’ ll pay」そういったのだった。
かっこいいやら、嬉しいやら、本当かしらと首をかしげながら私は彼に従い呼んでくれたタクシーに乗った。
運転手はがんがんに他タクシーを飛ばした。なんでもそのあたりは有名な国立公園があるあたり。大自然が広がっていて、野生の動物も生息しているワイルドなところらしかったが、暗闇に包まれて全く何も見えないのであった。
結局そこから目的地に着いたのは25時過ぎ。そう午前1時過ぎのこと。京子さんの家を出てから7時間・・・なんとこんなに遠いことを私は知らないままぽーんとやってきたのだった。知らぬが仏南無南無南無。
私を迎えに来てくれた、マグダと夫のブライアンは深夜にもかかわらず温かく迎えてくれた。ちらりとのぞいたタクシーのメーターは260ポンド、約41000円になっていた。
国鉄太っ腹。私はそう呟いて、ラッキーなんだかアンラッキーなんだかどうにも判断しかねるままに、その日初めて対面した夫妻の家にお世話になった。
マグダの夫のブライアンはカリグラファーだったのだそう。手首を二度骨折して今は現役を退いている。モンティパイソンが好きだった私には、ブリティッシュユーモアたっぷりの彼の言動はたまらなくツボ。とても温かく誠実な人柄がにじみ出ている魅力的な紳士だ。
翌朝調べてみて驚いたのは、Devonがものすごく遠いということ。私は東京から奈良までくらいの距離を一人で移動したのだった。ロンドンに着いた翌日にだ。
京子さんと以前ご近所だったことから親交が始まったマグダとブライアン夫妻は、大切な友人の紹介とあって心厚くもてなしてくれた。私はそこで2泊して、マグダの工房を見学し彼らの新しい住居兼アトリエを作る予定の建物を見せてもらったのだ。
元グラフィックデザイナーだったというマグダは、コンピューターを使ってのデザインに違和感を感じて陶芸の道へ進むことになったという。彼女の画力を活かしたプレートはとても魅力的だ。10月の企画展に向けて、焼成する前のお皿を見せてくれた。昆虫好きの私にはたまらない。この絵は皿を焼成した後藍色に変わる。
ポーランド出身の彼女は15歳の時にアートを学ぶためにロンドンへやってきた。10代のうちに夫のブライアンと出会い早くに結婚したという二人は、なんとも微笑ましい夫婦だ。やんちゃな妻に、ブリティッシュなユーモアを散りばめながら論理的に動く夫。日本を出て3日目にここでこうしているなんて。旅は不思議だ。
彼女の工房はDevonの郊外にあって、そこは何人かのアーティストたちが空間をシェアしあっている。
みんなに私のことを紹介してくれるマグダの言葉をよく聞いてみると、そうやら私は「プロのカメラマンでみんなの写真を撮ってこのスタジオのHPに載せる写真を撮影協力してくれると思うわよ~」。そんな風に紹介されていたのだった。
驚きだ。
面白いので、いいですよ、と答えてなんじゃこれはと内心思いながらシャッターを切った。
もう英語でそうじゃなくって、と色々説明するより写真を撮っちゃった方が面白そうだったのだ。
彼女の情熱と集中力には引き込まれた。国や文化を超えて、誇りを持って仕事に向かい集中している人は美しい。
頭の中、もしかしたら身体の中にある形が手を通して現れてくるのが一番わかりやすいのは、こうして濡れて柔らかくなった土に触っている時なのかもしれない。日本でも、西洋でも轆轤を回している姿は同じなのになんだか感銘を受けた。
翌日の昼の便で私はDevonを後にした。パディントン駅に無事に着いた私はそのまま友人のギャラリーへ。そして、テキスタイルデザイナーのステキなアトリエ兼自宅を訪問した後、やっと友人宅に帰ったのだった。
ぎゅうぎゅうのスケジュール。たくさんのステキな人を訪問するのは大好きだが、体力と気力がいる。長い移動で私の尾てい骨は張り付き、尻尾を巻いた犬のようによろけていた。しかし、まだ旅は続く。
私もあれもこれもしたいタイプなのだけれど、スケジューリングしてくれている友人の京子さんもまたオーバーブッキングの人だった。ああ、そうだった。
そして私は、彼女と、マグダと一緒に南仏のPerpignonへ飛んだのだった。
雨ばかりのロンドンをあとにして着いた南仏Perpignanは花盛り、フルーツ盛りの青い空。なんとも素晴らしいところだ。
南仏でアンティークのショップを回ったり、マルシェを回ってBIO(オーガニック)の製品をリサーチしたり。彼女が一緒に仕事をしている友人の別荘に滞在させてもらっている。
そう、そこで私はこのエッセイを書いている。4泊して帰るはずの予定は今日一本のメールで崩れた。なんとロンドンに帰る予定の飛行機が飛ばないことになったらしい・・・・
旅にアクシデントはつきものだけど、なんともどうしていつもこんなにいろんなことが起こるのか?
「それは、ほら、行動しているから。走っているからよ。何もしていなかったら、景色は変わらないでしょ?」
知人の言葉を噛み締めながら、雨の降る美しい山あいを眺めている。きっと神様からのプレゼントなのだろう。ここにあと二日いることで、少しスケジュールに隙間ができた。
休みなさい、そう誰かが言ってくれているような気がする。
走るのをやめて、立ち止まって景色を眺めよう。
旅にハプニングはつきものだけど、きっとそれは起こるべくして起こっているのだ。
深呼吸して、散歩をして、身体にも思考にもちょっと隙間を作ってみよう。
せっかく南仏に来ているのだから。
明日は仕事を手放して、心置きなく歩いてみよう。このエッセイを書き終えたら、友人たちとワインで乾杯して語り合おう。
Bon voyage!
バッグ作家の和井内京子さんの取材記事はまた改めてじっくりと書きます。盛りだくさんすぎて・・・・
田原あゆみ
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Shoka:
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