未草展に寄せて 「子ども、そしてかつての子どもたちへ」

 

写真・文 田原あゆみ

 

 

柔らかくて、非力で無抵抗。なのに大人たちの眼差しを奪うパワフルな存在。

 

子どもがもたらすギフトは大きい。それは家族という小さな単位だけにとどまらず、仲間内や暮らしている地域、そして社会全体にとっても。

 

ギフト、というといいことだけのように感じるかもしれない。もちろん経済的な負担や、子育てにかかる労力は甚大で、私も子育てをしていた時代には好きな時に好きなことができないストレスが積もりに積もり、何度もヒスを起こしたことがある。がしかし、そんな一見いいこととは縁遠い出来事が、大人たちを鍛え強い社会人へと導くのである。なのでやはりギフトをもたらす存在なのだと思う。

 

もちろん家族単位で子どもを持っても持たなくても家族であることに変わりはなく、そのどちらを選択したとしても、豊かな人生につながる必然的な出来事は必ず起こるものだと私は信じている。そう、ここでは子どもを持つことの是非を伝えたいわけではない。
私たちもかつて子供だったことを考えると、みな何かしらのギフトを持って生まれてきた存在なのだと信じることで、私は世界を明るく見たいのだ。

 

 

11月29日から始まる企画展で紹介する、「未草」の世界観を表した作品たち。その未草の小林夫妻のもとへやってきたのは冒頭の写真の男の子。

 

今年の秋、ちょうど一歳になったばかり。名前は、蒼(あおい)。
さて彼は一体どのようなギフトを、両親やその周りの人々へもたらしてくれるのだろうか。

 

 

 

2018年秋

 

「蒼」

 

若い頃から世界を旅してきたなかで忘れられない、吸い込まれるような瞳を持つ人々に出会いました。みな大自然の中で生きている人たちでした。
目の奥に空や海、湖や草原を宿しているような、静かで深く澄んだ綺麗な瞳を持つ人に育ってほしい。そんな願いを込めました。

 

未草 小林寛樹・庸子

 

 

 

 

 

 

 

 

未草 – スイレン科の水生多年草。白いつつましやかな花が6月から11月にかけて咲く。未の刻、午後2時頃に花を咲かせることからこの呼び名がついたという。

 

このつつましやかな植物の名を掲げて活動しているのが、造形作家 小林寛樹さんと布作家 庸子さん夫妻。
2014年に初めて会った頃から彼らの持つ世界観には、人と自然が調和して生きることを基礎にした美が感じられた。

 

 

 

沖縄では、まだ彼らのことを知らない人も多いかもしれない。Shoka:で初めて彼らの企画展をしたのは2015年。彼らとの出会いや世界観に関しては、その年に書いた記事を読んでみてほしい。

 

二つの家族の一つの物語 volⅡ 未草未草+温石+田所真理子「森へ」へ寄せて

 

 

 

添付した記事に掲載されている、羊の造形作品は今でも私の中に忘れられない衝撃と共に焼き付いている。その物悲しくも美しい姿から伝わってくるメッセージは深く深く。

 

敬愛する料理人と絵描き人の友人夫婦が所蔵しているので、また見ることができることが幸いだ。

 

 

 

 

 

 

photography by 未草

                                

 

 

未草の作品は、ハンガーストラップ、棚、衣類、造形作品など様々なものがある。それら全てを前にしたときに共通して感じられるのが、自然を受け入れた人間の謙虚さと、簡素な美。

 

植物に寄り添い、動物と共に暮らし、時にその命を戴く。無闇に奪うのではなく、生きてゆくのに必要な分だけを自然の中から分けてもらう。
人も、動物も大いなる自然を前にすると繊細で弱い生き物だ。その弱さを受け入れることで人は謙虚になれる。そして、自然への賛美が暮らしを美しくするのだ。

 

 

 

彼らの作品はとてもシンプルなのに、見つめていると祈りのような静謐さが漂っているのを感じる。連綿と続いてきた人々の営みに向けられた、彼らの深い慈愛が伝わってくるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

その作品の根底に流れている世界観を強く持っているのは、小林寛樹さん。
彼は理想とするその世界観を表現するときに決して手を抜かないし、意見を曲げない。
庸子さんにも決して妥協を許さない一徹ぶりで、伝わっていないと思うと何日でも何年でも必要なことを伝え続けるのだという。

 

まるで教官と暮らしているようだった、と庸子さん。今では笑い話となっているが、彼女が語る未草の歴史の物語には、聴く側の常識と煩悩を覆すようなエピソードが満ちている。
聴き手は驚いたり、笑ったりしているうちに彼らのひたむきさや純真さに心打たれる。そして、彼らの誠実な想いを伴った行動力に痺れるのだ。

 

 

 

 

 

寛樹さんの世界観や一徹さも素晴らしいが、それを支える庸子さんもまた非凡だ。彼の持つ世界観を世の中に表現するための才能は全て彼女の中にあると言ってもいい。言葉ではなく行動で示す寛樹さんの意志や、意図を深く理解した上で、関わりのある人たちに伝わりやすいように上手に翻訳をする能力。パブリッシングのデザインや、未草ならではの色合いもまた彼女の感性を通して生まれ出てくる。

未草のInstagrmに投稿された写真の色合いにはうっすらと霞がかかっていて、現実と思い出の境界に存在しているような独特の世界観が感じる。
色の統一感が素晴らしく、庸子さんにその色を調整する元になる彼女の原風景はどこにあるのか、と質問してみた。応えは彼女が生まれ育った雪国の自然の景色なのかしら、ということだった。

 

写真を見ているだけで、遠くへ旅した気分になる。

 

 

 

 

 

 

彼らが黒姫にあるこの土地に出会ったとき、ここだと運命的な出会いを感じ即行動に移した。地主を探し出し、夢を語り土地の購入を承諾してもらう。
信頼されたのだろう、土地代は割賦にしてもらったのだそうだ。

 

お金がなければ働けばいい。働くなら自分の世界観を多くの人に知ってもらうための活動をする。開墾するのに業者に頼む経済的余裕はなかったから自分たちの手足を使ってとにかく働いた。

 

庸子さんも女性だからと容赦はなく、シャベルで岩を掘り出し手でそれらを運んだ。木を切り倒しては運び出し、前半の数年は人力で、後半は重機を借りて。労働に次ぐ労働の日々。

 

当初は土地購入や開墾のための資金を得るために作品を作り、個展を開く。寝泊りは宿泊費を節約するために車内。生活というよりも夢の暮らしのために二人の生活資源の全てを注ぐ日々だったという。

 

 

 

 

 

 

そう、当時の彼等はとてもストイックで、時間や資材はもちろんのこと、自分たちの肉体的な働きの全てを黒姫の開墾開拓に向けているように感じられた。

 

 

 

そんな彼らの活動も10年という節目を迎えて大きく変化していることを感じる。
二人からストイックな厳しさが消え、柔らかく温もりのある空気が流れてくるのだ。

 

蒼くんが持ってきたギフトかしら?と思っていたら、それだけではないらしい。

 

 

                 2018年 軽井沢にすむ写真家の高木由利子氏のスタジオにて

 

 

彼らが心許す仲間が増えているのだ。

 

都心から田舎の方へ居を移し、仕事中心から暮らし中心の生き方へシフトした若い世代が増えている。もちろん都市部に住みながら、暮らしを大切に生きる選択をする人々も増えた。
全国的にその傾向はあると思うけれど、その中で価値観の似通った人々は互いの距離を超え惹かれあい友人となってゆく。

 

未草の小林夫婦にもそんな友人が全国に増えた。美意識が高く、暮らしを愉しみ自分の持っている才能を生かした仕事での経済的自立を場所に縛られずに実現している。もしくはしようと試みている人々。
同志のような仲間が増えることは人生を豊かにするのだな、と嬉しそうな彼らを見て私の顔もにっこり。

 

 

誰でも気の合う友人が増えることは嬉しいことだ。
その友人たちの価値観や、志が似通っていたとしたらそれはきっと、未来への希望につながる。そんな仲間たちが応援しあえたら、勇気数倍!ものの見方も、未来への希望も明るく輝くに違いない。

 

 

 

 

 

 

彼らの黒姫の土地を訪ねた11月のある日。彼らは火を焚いて、プリンを作ってくれた。
穏やかに晴れた初冬の夕方。

 

 

土の香りと、落ち葉が焼ける芳しさよ。

 

 

 

 

 

土地代金を支払うために、爪に火をともすような生活をしていた頃や、教官にしごきあげられた労働の日々を思えば、子育ては本当に楽しくて余裕を感じるんです。と、庸子さんはふふふっと笑った。

 

穏やかにすくすく育っている蒼くんは、身近なものを手に取って繁々と味わっている様子。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らの持ち物全てが暮らしと調和していすごく素敵。敷き布、お包み、ピクニックセット。どれもこれも温もりがあり美しいのだ。
その訳を聞いてみた。そうしたら納得。

 

二人の持ち物は全て、靴下一足に至るまで、欲しいと思った側がもう一人にプレゼンテーションをするのだそうだ。どうしてそれが欲しいのか、これを持つことで生活に何がもたらされるのかを伝えるのだ。そこに至る前にすでに何度かふるいにかけられるに違いない。財布の紐は固く、どちらも美意識が高いのだから。
そしてプレゼンを聴くがわは、ちゃんと向き合って正直な意見を言うのだ。本当に必要なのか、いっときの欲情に流されていないのか。すごくキメの細かいふるいなのだから、そんじょそこらのものはなかなか残らないに違いない。
そうして時間をおいて見てまだ欲しいのかを観察した上で厳選されたものたちなのだという。なるほどそれで、彼らと同じ空気を纏ったものだけが残るのか。

 

なかなかできることでは無い。

 

 

 

 

ほんのりと甘いプリンが、この家族の現在を象徴しているようで、私はゆっくりと噛み締めた。
カスタードは大好きなのに、なぜかプリンが苦手な私。けれど、彼らが作ってくれたこのプリンは特別だった。私はゆっくりと、少しずつ味わいながら、彼らの話とプリンを飲み込んだ。

 

 

それにしても庸子さんの表情が明るく、優しくなった。それから、寛樹さんもいつも嬉しそうにしている。l・o・v・e だな。私はプリンを完食した。

 

 

ある時、寛樹さんのことを教官だと感じ反発していた庸子さんの中の壁が崩れたのだそう。彼の言っていることは正しいのかもしれない、と。そうだ、彼は無闇に自分の価値観を押し付けているわけではない。本当に大事だと感じていることを分かって欲しくて何度も何度も繰り返し伝えてくれているんだ。

 

仕事もアイデンティティも彼のもので私は黒子となって支えている、という考えが庸子さん自身を犠牲的役割に押し込んでいた。それが彼に対して反発を生んでいる要素となっていることに気が付いた。その瞬間客観的に二人の存在がはっきりと感じられ、同時にこれは彼だけのことではなくて、私のことだと思えたのだという。
人ごとではなくて、私たち二人で育むものなのだ、と。そう思えた時に、世界は一変した。

 

 

 

 

 

 

 

 

庸子さんから話を聞いた後、寛樹さんを見るととても嬉しそうににこにこしている。

 

うれしかったでしょう、と話しかけたら、
すごく嬉しかった。それまでは本当に孤独で寂しくて、二人でいるのに拒絶され嫌われている感覚があったから。

 

その表情に全てが現れていた。
胸がじーんと熱くなった。

 

 

この二人の抱えていたような夫婦の対立はよく起こりがちだ。けれど、相手を受け入れるとこんな素晴らしい関係になるのか。いや、自分自身を受け入れることと言ったほうがいいかもしれない。大体人は相手に自分の影を映して、独り相撲を取っている生き物だ。

 

このような体験をしたら、人生は豊かで信頼に満ちたものになるのだろう。自分が育つ過程で身に付けてしまった、いらないフィルターが崩壊した強力な体験だったと思う。

 

 

 

それにしても二人の会話が穏やかで心地がいい。
関係が変化した後、蒼くんが待っていましたとばかりにやってきた。

 

 

 

 

 

この白黒の写真、庸子さんの勇ましさが感じられて好きな一枚。蒼くんと、目が合うのも良い。

 

子どもがもたらすギフトについて冒頭で触れた。けれど、この二人の関係性の変化は、蒼くんを迎えるために二人が差し出した彼へのギフトでもある。二人の関係から対立が消え、愛で満たされたから彼は待っていましたとばかりにやってこれたに違いない。

 

 

蒼くんが生まれて彼らの生活はより豊かで情緒あふれるものとなった。この世界の中での蒼くんの非力さを二人は守り、育む。そして、かつて子供だった両親も、柔らかで暖かな彼の小さな手で抱きしめてもらえるのだ。その癒しは大きい。

 

そうして温かいものを差し出し合うことによって、私たちの身の回りの世界は血の通う生き生きとしたものになってゆく。温かな循環は触れる人を勇気づけることができるから。

 

本来はそうやって、より豊かに温もりのあるものに関係性は育っていくのが当たり前のことなのかもしれない。

 

 

きっと、未草の伝えたいことの根底にあるのが、すべての生命を慈しみ繋がる世界に生きること、その人生の美しさ。

 

 

 

 

その美しい世界に今は三人で立っている小林家。
彼らが今回のShoka:の展覧会では、ここ最近の中で一番作りたかったものを作ったのだという。

 

それが、「子どものためのものたち」。

 

現在を生きる子ども・かつての子供(過去)・そして子どもが運んでくる未来。

 

子どものものを想うとき、私たちは過去現在未来のすべての時間に立つことができる。

 

そうやって考えると、決して現在子どもを育てている家族のための展覧会にとどまるわけは無い。私たちはきっと、彼らの表現した「子供のためのもの」の中に様々な景色を見ることができる。

 

「この数年ずっと作りたかったものを制作しているので、本当に楽しくって。ああ、これ手放せないな~とか、危険なんです」そう言って、寛樹さんは嬉しそうに笑った。

 

私は一応微笑みつつ、「非売品とつけるのはダメよ」とだけ言って一緒に、はははっと笑った。ほんとお願い。

 

 

そんな未草の今を子どもたちと、かつて子どもだった全ての皆さんに触れてもらうことが楽しみでならない。
どうぞ時間を作って比屋根にいらしてください。
田原も久しぶりに会期中できるだけいるようにしようと思っています。

 

 

                              2019年11月26日 Shoka:店主 田原あゆみ

 

 

 

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HITSUJIGUSA EXHIBITION

 

 
未草展

 

 

 

 
日程 2019年11月29日(金)~12月8日(日)
   12時半~18時
   (作家在廊 29日(金)・30日(土)・1日(日)、期間中火曜定休)

 

 
場所 Shoka:
 

 

 

 

 

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暮らしを楽しむものとこと
Shoka:
http://shoka-wind.com/
沖縄市比屋根6-13-6
098-932-0791(火曜定休)
営業時間 12:30~18:00