よろこびに光を注ぐ

写真・文 田原あゆみ

 

 

 

フランスの旅で出会った2人の女性。フォトグラファー高木由利子(写真右)が招待されたビエンナーレへ応援に駆けつけた心厚い女性たち。1人は、エジプトのカイロから、もう1人(左)はロンドンから来たという。
この3人はの共通点は、小さな頃に海外に家族で移住していたり、若い頃から日本を出て海外で暮らしていたりと、海外暮らしに慣れ親しんでいるということ。なので、視点がグローバルで私の感覚からはとても新鮮だった。どう違うかというと、国家をまたぐことが日常になっているのだ。まるで東京へ出張に行くように、ロンドンからパリの片田舎へとやってくる。四国に暮らす人が友人に会いに岡山に行くように、沖縄に暮らす人なら那覇から元部の友人宅に車を飛ばすように当然のように国をまたぐのだ。

 

人は初めての体験を迎える時に恐怖を覚え、そこにハードルを感じる。けれど、一度経験したことは、初めての時より二度目三度目とどんどんそのハードルは低くなっていき、いつかそれは当たり前という日常へと溶け込んでゆく。それは人間の性だ。
彼女たちは幼い時から多国間を行き来するということに慣れ親しんできた。なのでそれが当たり前という感覚なのだ。
ああ、ただそれだけのことなんだな、と思った。ハードルや境界線は外にあるのではなくて私たちの内面にあるのだ。

 

 

 

カイロから駆けつけたRさんは優雅でパワフルで情感を愛する人だ。赤ワインが血のように身体の中を巡っているのよ、と真顔で言う。その後、ふふっと笑う。

 

この魅力的な3人が話す時、ごく自然に英語が飛び交う。言いたいことを一番ストレートに伝えたい時、自分の感覚に合わせてその言語を選んでいるのだ。

 

そんな彼女たち1人1人が、自分の拠点を自由に決め、その人生に挑み、あらゆる体験を享受し楽しんでいる姿はとても魅力的だ。

 

こんな風でいよう。私は決めた。境界線は自分で作っているのだから、越えたいと感じたらいつだってその向こうへ行こう、と。

 

私にとって、様々な文化に触れたり、彼女たちのような人々と触れ合うことは人生の大きな楽しみなのだ。そして、自分の中にある様々な境界線から自由になることは、私の人生の目的だ。

 

それをこうやって写真に記録し書き留めること、誰かに伝えることは私のライフワークだ。魂の大いなる喜びにつながっているのだから止められない。

 

そう、この時に生まれた共感や共鳴が私を次の旅へと誘なった。

 

 

8月29日の早朝に沖縄を発ち、羽田から成田へ。成田からパリのシャルルドゴール空港へ着いたのは現地時間の夜の17:30。30日の早朝にパリからロンドンのヒースロー空港に降り立ちタクシーで友人宅に着いたのは、30日の8:25。時差があるので、総計34時間をかけて私はロンドンで暮らすバッグデザイナーの和井内京子さんの待つサウスロンドンのフラットへ着いたのだった。

 

 

 

彼女は南ロンドンに生活の拠点を置き、バッグ製作の為のアトリエと、ギャラリーを運営している。そのギャラリーでは彼女の視点を軸に様々な企画展を開催している。
現在は9月19日から始まる” Meaning of Blue”という企画展に集中しているところだ。様々な碧にまつわるものたちを集めて、その色のバリエーションと深み、背景にあるストーリーや時間の流れまでを余すとこなく表現しようとする彼女はとてもパワフルだ。

 

その濃密な時の中で私を迎え、案内し、ともに美味しい食事に舌鼓を打ち、飲んで笑って歌う。彼女の仕事には熱い血が通っている。

 

そんな彼女の作るバックたちは、一つ一つが物語をもち独自性がある。こんなバッグが似合う人々に私は会いたい。

 

彼女の仕事やその背景についてはまたいつかぐっとフォーカスして記事を書こう。
彼女も私もともに仕事をすることを決めている。彼女は私を誘い、私はここへ来たのだから。

 

 

 

ああ、やめられないのよ、独自の人生に挑む魅力的な人を訪ねてまわる旅。

 

前回の旅でもう一度旅行に行けるくらいのお金をすってしまった私は、ロンドンに行く時には溜まっているマイレージで!と決めていた。
なので、航空券獲得には苦労をしたし粘った。なぜなら8月一杯は夏休み。一年できっと一番混む季節。その時期にマイレージでほぼタダでヨーロッパへ行こうというのだから難航したのだ。何度もキャンセル待ちを予約して、何度も挫折。奇跡的にたったひとつ空きを見つけたある夜、ワンクリックで行けることに恐怖が出た。先月ヨーロッパへ行ったばかりなのにまた?、折角夏休みで娘が帰ってきているのに置いていくの?と罪悪感が出た。それから、マイレージとはいえ出費がかさむことを不安に思うとなんだか全てが崩れていくような気さえした。躊躇しているうちにその奇跡は掻き消えた。
ガックリしたような、安堵したような、けれどなんだかすっきりしない。そんな一夜を過ごした。

 

翌朝私は決意を新たにした。私にしかできないことをやり続けるのだ。そしてそこで得たものはしっかり伝えることで社会へ還元しようと。その姿がきっと次世代の希望の種になるのだから、と。

 

 

そしてShoka:の愛する後輩たちに相談。「行ってきてください!大丈夫ですから!」と、明快に背中を押され、それが今回の旅の祝福となった。
その後は不思議とすんなりチケットが取れた。旧盆が終わった翌朝の便。

 

 

 

ご先祖様の魂をあの世へと見送った後の沖縄の朝焼けは軽く爽やかだった。

 

一路空港へ。

 

「お客様大変申し訳ございませんが、当初予定していましたお席が確保できなかった為、お客様のお席をビジネスクラスへアップグレードしてご用意いたしました」

 

途端に私は諸手を挙げて喜んだ!恥ずかしげもなくラッキーとさえ言った。私の周りを白鳩が飛び、花びらが舞った。

 

ああ、笑ってる、みんなが手を振って笑っている。生きている人も、先に旅立っていった人々も。みんなからギフトをもらったような気になって、私は2.5人分くらいのスペースを費やしたビジネスクラスの席で足を伸ばしてワインを飲んだ。

 

ありがとう、と心は謙虚にこうべを垂れて、ブラックあゆみは計算機を弾いて前回の旅ですった分の元は十分にとれたとほくそ笑む。

 

生きているってそんなこと。聖人でもなく、悪魔に心を売ることもなく、そのどちらも受け入れて、生身の経験を楽しむのだ。
悲しい出来事不条理なことに心を痛めて喪に服し、幸せの明かりを消すなかれ。自分の喜びとその機会をくれた社会にありがとうと手を合わせ、喜びの灯火を明るくするのだ。そんな人々が増えたなら、この星はきっと明るくなるのだから。

 

 

旅は続く

 

 

 

 

田原あゆみ
エッセイスト
2011年4月1日から始めた「暮らしを楽しむものとこと」をテーマとした空間、ギャラリーサロンShoka:オーナー。
沖縄在住、日常や、カメラを片手に旅をして出会った人や物事を自身の視点と感覚で捉えた後、ことばで再構築することが本職だと確信。
ぽろりと抜け落ちる記憶や、ちょっとしたハプニングも楽しめるようなおおらかさは忘れまじ。
最近は目的がある方が旅は面白いな、と感じています。

 

エッセイ http://essayist.jp
Shoka: http://shoka-wind.com