写真・文 田原あゆみ
怒涛のロンドンを後にして私はParisへ向かった。
ロンドンでの5日間は、今までの人生の中でも色濃く印象的で、数々の事件と再会と珍事が詰まっている。それを反芻しながら飛行機の中で私の胸は高鳴っていた。
ロンドンのことはまたいつか濃縮還元ジュースのように美味しく戻して・・・いや発酵させてお酒のような旨味が出た頃に記事にしようと思っている。
話を戻そう。そうそう、巻頭の写真の紳士のことへ。
私が運営しているギャラリーサロンShoka:で、9月25日(金)から10月4日(日)まで開催する「Gabbenの上のしあわせ展」は、岡山でギャラリー ONOを経営されている、小野善平さんがセレクトした中近東の遊牧民が手織りで織った絨毯の展示会だ。
Parisへ通って35年、いいものを探し歩いて人々へ紹介するというこの道一筋に活躍してきた敬愛する大先輩の小野さんがParisで一緒に蚤の市へ行ってくれるというのだ。
Parisの蚤の市、蚤の市!行ってみたいと思いながらも人生の前半をアジアとオーストラリアの大自然への冒険へ費やした私は、まだそこへ行ったことがなかった。しかもそこへ大先輩と一緒に行けるのだ。
旅をしていて思うこと、一人で彷徨うように旅するのもいいのだけれど、誰と行くかで旅の質がぐんと変わる。他力が加わると倍どころかそれ以上の景色と時間と出会いが待っているのだ。
「田原さん、どうぞ岡山へガベを選びにいらしてください。僕は9月1日から6日までParisですのでその前後にどうぞ」
小野さんから届いたメールの文末のこの文章に私は心が躍った。
ロンドンで手仕事をされている方のオファーがあって、私は8月29日から9月5日までParis経由でロンドンに行く予定があったのだ。スケジュールを調整したらParisで小野さんと会えるかも。
私はどうしてもロンドンの帰りに小野さんとパリで会いたいという思いで、夏休みで激混みのフライトをどうにか押さえた。
赤木智子さんの生活道具店に小野さんの選んだガベが出るということが出会うきっかけとなり、それから届くようになった小野さんからのハガキ。そこから伝わってくる氏の人間味に触れて、あっという間に私たちShoka:チームは小野さんのことが大好きになった。
その氏の魅力をどうやって伝えたらいいのだろうか。
初めて沖縄でお会いした時、スーツを着てアタッシュケースを持って颯爽と現れた小野さん。沖縄ではなかなか見ることのできないスタイルに、柔らかく誠実な物腰。けれどとても正直に自分の意見を持っていて、それを話す時にはスパッと鋭い目つきになる。
それなのに、次の瞬間「いやいや、しゃべりすぎました」と相好を崩してニカッと笑う。
その物腰もさることながら、彼の話にも引き込まれる。思い切って飛び込んだ自営業の世界、自分の足で歩いて培った経験談は興味深く面白く、私はすぐに小野さんに敬意を抱いた。
方向音痴の私は、飛行機の中でパリの交通網について調べ、2日間のParis visits という交通パスがあることがわかって一安心。これで何処へでもいけるぞ、と。
私は無事シャルルドゴール空港に降り立ち、多少しくじったりしながらどうにかモンパルナスのホテルへたどり着いた。
Parisで一番古い教会、サンジェルマン・デ・プレ。
6世紀までその歴史は辿れるのだそう。
こんなランドマークがあると、私のような方向音痴はとても助かる。
その教会を目印にして小野さんと待ち合わせた場所をまずはチェックして、セーヌ川のほとりを散歩。
まん丸お目々のカモメと、お尻ふりふりで遠慮のない鴨たち、そして世界中どこへ行ってもいらっしゃる鳩がたわむれるセーヌ川。
気持ちのいい夕方。
芸術家たちが愛したモンパルナスからサンジェルマンの街を歩きながら、石やレンガに積み重ねられた時間の流れを感じ、その歴史を言葉以外の空気で受け取りながら私は歩き回った。
新しいビルへとどんどん建て替えられてゆく日本では、なかなかこんな風に肌で歴史を感じることはできない。
全くと言っていいほどの前知識がないと、思考よりも感覚の方が冴えてくる。ただそのままの景色が美しくてどこを歩いても興味深い。
その後私は約束の場所を間違えたり、街をぐるぐるとさまよったりはしたものの無事小野さんと会い、美味しいお夕飯をご馳走になり翌日の蚤の市へ行く段取りを交わしたのでした。
美味しかった夕食。そのレストランはメニューがワンメニュー。座るとくるみとレタスのサラダ、フレンチフライをサイドメニューにしたマスタードソースのサーロインステーキが自動的に出てくる。
皿が空くと、ささっとおかわりをよそってくれる。
もちろん大人気で、どんどん行列は長くなる。
「今回僕はクートラスのお墓参りに来たんです」
小野さんは、1985年に亡くなったcarte画家のクートラス氏のフアンで、今回最後のParisと決めて、彼のお墓参りに来たのだという。今までゆかりの深かったサンジェルマンの様々なギャラリーを挨拶しながら周り、最後まで商業的な活動を拒み、清貧の鏡のように毎晩自分の暗闇に向かって小さなカードに絵を描き続け孤高のうちに亡くなった画家の墓前で手を合わせる。
この旅は小野さんにとって、とてもとても大切なものなのだ。
お墓参りをした時の写真を見せてもらった時に、ずっと暗くて曇り空だったその日、墓前にお花を捧げた途端に雲が割れて太陽のきらめく光が墓前に注がれたという。
「もう僕は感激して全身鳥肌が立ってしまいました」
私は、誠実で心のこもったそのエピソードを聞きながら小野さんのこの大事な時間にお邪魔してしまったことを、良かったのかしら?と少し後悔した。けれどそれ以上に、私の案内ができることを喜んでくれ、楽しそうに今までの仕事のことや旅のこと、思うことなどを色々と話してくれる先輩と、こうしてParisで会えたことを心から幸運だ!と感じ、喜びの気持ちの方が勝ってしまった。
有難いことだ・・・。
人生はやはり不思議だ。思い返すと、出会うべくして人と出会い、誰かに肩を押されるように次の扉が開く。いつのまにか自分の道は今立っているところがそのど真ん中。この後もずっと必要なことが起こり、必要な人と出会ってということを繰り返してゆくのだろう。
今はなぜこのような有難い機会が自分に起こったのかその意味や意義はわからないけれど、きっといつか、ああ、と腑に落ちる日が来るのだろう。
そんなことを噛み締めながらモンパルナスのホテルでその印象的な一日の帳を下ろした。
翌朝8:30にクリニャンクールへと出発。
まだ開店していないお店も多い静かな市場で、
「田原さん、ゲームをしませんか?時間制限は2時間。100ユーロで何が買えるか!2時間後にここで待ち合わせましょう」と小野さん。
私は初めての蚤の市でそんなベテランの小野さんとのゲームに燃えた。O型の牡羊座。単純なのである。
その2時間は無我夢中に店から店へと歩き回り、いいもの好きなものがないかと様々なものを見て回った。
蚤の市にはなんでもあった。古いまな板、銅鍋、椅子や額縁、リトグラフ、おもちゃ、アクセサリー、リネンの部屋着に、銀製品、ガラクタから古美術まで、誰かがいいと思ったものが所狭しと並べられている。
市場は時間とともに目覚めて行って、1時間後には人で溢れかえった。
私は道に迷いながらも、好きなものをいくつか見つけ、探す、収集するという自分の本能を満たした。
古い銀製のラトビアピン・形が個性的で美しい銀のフォークのセットがその時間の戦利品だった。
好きな佇まいの小さな店を発見した。その店に置いてあるものは品が良くて、私の好きな空気感が詰まっていた。
店主の好きなものだけを集めているのがわかる空間。
ショーウインドウに並べられた小さな人形と、古い日記。
店内には絵や、鳥かご、テーブル、布、服や生活道具などいろいろなものが並べられているが、どれも一つの基準に従って選ばれているので統一感がある。その基準が店主の好みなのは、雰囲気を感じるとわかる。
私はこの店で銀のスプーンのセットを見つけて購入。あまりに好みの店だったため、店主にお願いして写真を撮らせてもらった。
そして、その店主のかっこよさにうっとり。
色んな意味で目と魂の保養になる、そんな空間。・・・・見つけてよかった・・・
その一言に尽きる。
そして、あっという間に!本当にあっという間に、2時間のゲームの時間は終了。
私たちは戦利品を抱えて、イタリアンのお店でランチをとりながら見せ合いっこ。
買ってきたものを見せてくれる時の小野さんの嬉しそうなこと。
目がキラキラと光って、しかもとっても幸せそうにその戦利品のことを話す。
「オフセット印刷と違って、リトグラフの印刷で作られたポスターは味わい深いんだよ。全く違うんだよね、印象が。ほら、この二つを選んできたよ。ピカソとミロ。ええじゃろ~~。これをこの額縁に入れてねえ・・・ほらこのグラスの青い色、これが僕は好きでねえ・・・」と話は止まらない。
私が買ってきた銀のフォークを見て「おお!これはええもんじゃ」と小野さん。
私は嬉しくなって、さっき見つけた私好みのお店のことを話して写真を見せた。すると小野さんはランチを食べたら連れて行って欲しいという。
「ベテランの小野さんでも知らないお店があるのですね?」と私が言うと、
「私の仕事は蚤の市で扱っているものとは違うところで仕入れするんじゃよ。古美術品はなかなかここでは扱えないからね」と。
「蚤の市は遊びじゃあ」という小野さんの言葉を聞いて、私は気づいた。小野さんの仕事場は蚤の市だと勝手に思っていた私、そこで仕事をする小野さんの姿を取材できるといいなと思っていたのだけれど、それは違ったのだ。小野さんは私のために時間を作って蚤の市に付き合ってくれたのだ。
じ~ん・・・・
私はその感動を胸にしっかりと植えつけた。最後のParis。その貴重な数時間を私にくれたのだ。
絵を壁に飾る習慣のない私が惹かれたセピア色の古い絵は、1789年フランス革命の年のものだ。
焼け野原の様な空き地で、4人の人が木を切っている。きっと再建のためだろう。
砲弾で折れてしまったような木の枝に、血を流してでも自由を勝ち取るために戦おうと決意した市民のエネルギーを感じる。
絵の裏側には、夫人の洋服や横顔、市民の様子などの落書きが施されていて、それも見える様に額の裏にも窓がある。いい絵だ。
けれど、絵を買ったことのない私は躊躇していた。
その私を見て、
「田原さん買いやあ~!それはいい絵じゃあ~。わしゃあ、たくさんの人に背中を押されて、育ててもらって今がある。ほら好きなもんがあったら買いやあ~。買わんと分からんことがある」
そう言って何度も煽られ、とうとう私はその絵を買った。
この絵に象徴されている様に、どうやら今私にはレボリューションが起こっているらしい。
アジアの旅からヨーロッパへと私の好奇心は移ってきた。もう何度でも行きたい欲求にかられて困っている。心は困ってはいないのだけれど、欲求に従っていいものかどうかと思考や理性が困っているのだ。
人生後半分もないかもしれないここへきて、またこんなにも心が動くものに出会えたことが嬉しくて、そんなきっかけをくれたジェントルマンの小野さんがここへ案内してくれたこと、色んなことがただただありがたく不思議で、胸が暖かい。火を灯してもらったような気がしてならない。
人間が同じ時間に生きていて、誰かと出会ったり、時間を共有することの確率は奇跡的なものだという。そんな中で共有した時間とそこに詰まったエッセンス。それは種となって私の中に落ちた。一体どんな芽が出てどんな木に育つのだろう。
こんな木になって欲しいと願ったり、計画をするのはやめよう。種は育ったものになるのだから。ただ大事にして成長を見守りたい。
小野さんと別れて、一人で歩いたパリの街、エッフェル塔にも行ってみたけれど、観光地に私の喜びはなかった。なので私は歩きながら今回の時間と起こったことを反芻反芻。帰り道はもぐもぐと咀嚼して、味わいながら日本は南の島沖縄へと帰ってきたのだった。
To be continued. 旅は続く・・・・
そうそう、小野さんの選んだガベたちがShoka:へやってきます。小野さんのセレクトは今回で最後。
前回見逃した方も、いつか自分の好きなガベに出会いたいと願っている人も、ガベってなあに?と好奇心が湧いてきた人も是非、日本に最初にガベを紹介した心厚い紳士。ジェントルマン・小野さんのセレクトを見にいらしてください。
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「Gabbenの上のしあわせ展」
2015年9月25日(金)~ 10月4日(日) 会期中無休
見ているだけでにっこりと顔がほころぶガベの、この明るい魅力はなんだろう?
イランの遊牧民が羊毛を草木で染めて、手で織られたガベはいろいろな意味で彼らの生活の基盤となっている。この上でお茶を飲み、憩い、夜はベッドにして寝るのだ。代々伝わってきた模様のほとんどが家族の健康やしあわせを願うシンボルとなっている。
生命の木は先祖から子孫へと、その繁栄としあわせが広がってゆくことを象徴している。花が咲き、実がなり、鳥たちがやってきて豊かな調べを歌う。そこには万国共通のしあわせの原風景がある。なので、ガベに触れると気持ちがほっこりとするのだろう。そしてその魅力は羊毛の素晴らしい特質にも支えられている。日が昇ると暑く、夜は気温がぐんと下がる砂漠地帯の羊毛は、暑い時には放熱し、寒い時には保温するという特性をもっているのだ。沖縄の暑さや湿気もなんのその。この上でゴロンと寝転がったり、撫でたり、お茶を飲んだり、座って映画を観たり。夜、私はこの上に布団を敷いて寝る。すやすやと羊を数える間もなく夢の中。 人のしあわせはほっこり心の温もりと、ゆるりくつろぐ場所にある。
今回もガベのセレクトは、日本にガベを最初に紹介した第一人者の小野善平氏にお任せしました。(25日在廊)
25日の17:30からお話し会を開催します。詳細はShoka:ホームページまでどうぞ。
場所:Shoka: 沖縄市比屋根6-13-6
日時:2015年9月25日(金)~ 10月4日(日)12:30 ~ 19:00 (会期中無休)
TEL:098-932-0791
H P:http://shoka-wind.com
暮らしを楽しむものとこと
Shoka:
http//www.shoka-wind.com
12:30~19:00
沖縄市比屋根6-13-6
098-932-0791