コンクリート打ち放しの外観は、モダンでスタイリッシュだし、キッチンはまるで洋書を見ているよう。リビングの家具はイタリア製だったりする。
これが沖縄の伝統家屋を強く意識して造られた家だと、見ただけで理解する人はきっと少ない。
「この家を建てたころはね、バナキュラー建築といって、その土地の固有性を大切にした建築様式が流行っていたんだけれども、例えば赤瓦とかヒンプンとかね。私はそうではなくて、‘いわゆる沖縄的’なものを否定したなかから、現代建築で沖縄的な空間を創れないかと挑戦したくてね」
なるほど、だから一見しただけでは気づかないのだ。記号としての沖縄らしさよりも、「長寿」「夏が長い」「湿気が多い」など、物としての表現ができないそれを重視して、団設計事務所の永山盛孝さんは、20年ほど前にこの自邸を設計した。
「モデルは北中城村にある中村家住宅。道路からは中の様子はうかがえない。でも一歩敷地の中へ入ると、外から見たのとは対照的にあけっぴろげでルーズで、空間に序列がない。そういうところを取り入れたのがこの家だね。外から見たらコンクリートの塊みたいだけど、中にはいるとスケスケという空間を造ったんです」
この日お宅を訪ねたとき、玄関がどこかわからず辺りを見回した。
「玄関どこですかって? それも正解というか。ふつうならタイルを貼ったり飾り戸を使うなどしてちょっと豪華にするけれど、ここは玄関も他と同じように砂利敷にして、勝手口なんかと同格にして、好きなところから入ってくださいということなんだ。家の外からの視線はさえぎりたいけれど、風は通さなきゃいけないということで、色々考えたのがね、お隣さんとの境に使ったルーバー。これね、一本一本が二等辺三角形になっていて、頂点と底辺を重ねるとどの角度からも覗けないんだね。玄関脇の支柱もね、パンチで穴を空けた鉄板を巻いて、これも風を通して視線をさえぎる仕掛けだよ」
風の話で腑に落ちた。なぜ沖縄の伝統的な住宅がその姿を成すにいたったのか。暑さのため、戸を閉め切ってなどとてもいられない。だからといって何の策なしに全て開け放てば、誰にも丸見えでくつろげない。
そのことを解決するために、視線を通さない程には高く、風を遮らない程には低く石を積み上げたということだ! 石垣で外の視線を遮るなんて、なんだか排他的で沖縄らしくないのではとすら思っていたのに。記号としての沖縄を排することで、本質により近づくことができたのだ。
「長寿」や「湿気の多さ」などの沖縄らしさもしっかりと具現化されている。20年前に建てられているのに、すでにあらゆるところがバリアフリーになっているし、後々のことを考えてエレベーターを新たに入れられるよう場所も確保してある。
風呂場や洗面所には換気扇が要らないくらいに風通りを工夫した通気口が。
永山さんが小学生の頃、まだ基地だったこの辺は草っ原で、よく遊んだ思い出を切り取って残したという屋上は、まさしく額面通りに草っ原。「雑草が生えて、手入れの出来ないやつみたいだけど、負け惜しみでもなんでもなくてね、最初からこれがしたかったの(笑)」と、洒落気にもあふれる。
もうひとつ、永山さんがこだわりを強く持っているのが「光」だ。
「光の取り方はね、谷崎潤一郎の陰影礼賛にあるような日本的なものでなく、西洋的に直接とる方法にできるだけしたかったんです。これもまた挑戦というのかな、上から光を採って、極端に言えばもう窓はなくてもいいんじゃないかなというくらいの考えで。日本的というと、深いひさしがあって水平の光をとるとか、光を地面に反射させたり、障子を通す事でおぼろげにしたりとかね。西洋的というのは、教会などのイメージで、降り注ぐ光線をそのまま家の中に入れる感じを想像してもらえたらいいかな」
だけど沖縄の太陽の光は、西洋と違い強烈だ。
「西洋的にとはいってもね、そのままを真似することはやっぱり難しくてね。沖縄に合うように直射光を部分的にカットしてるんです。道路で使用する格子状のグレーチングという建材を使ってね。娘がね自分の部屋から空が見えたらいいなと言うから考えたんだけど、おそらく彼女はロフトみたいな屋根裏部屋みたいなものを連想していたんだろうね(笑)。地下に沈めてしまって、天井をガラスにしてね。普通に二階建てにしちゃうと、上から光を採れないでしょう。だからずらして沈めた。
太陽の角度がつくと、グレーチングの部分が陰になって綺麗なラインが出るんですよ。陰が私はとても好きでね、昔のカサブランカという映画のハンフリー・ボガードが市場の中を走り回って逃げるシーンがあって、よしずのような物から光が縞模様になって映るわけね、あれがとても好きでね。那覇の市場でも目にするああいった光と陰のコントラストみたいなもので沖縄らしい雰囲気がでるかと思ったんです」
ハッとするほどに印象的な光に出会える場は、この家の随所にある。
大きな穴がパンチングされた壁からはレンズ効果で陽の入る角度により、光の色が分かれブルーが見えたりする。
写真には収められなかったけれど、先ほどのグレーチングを通ったの光の縞は雲の動きに合わせて踊るように動く。
中でも印象に残ったのは、砂利敷にできた光の縞模様。遠目にはまるで枯山水のそれだったのだ。そこでまた気づいたことがある。岡倉天心が枯山水で水を感じさせるために水を抜いたと言ったように、永山さんも光を感じさせるために、半分を陰にしているんだと。
しかしはたと疑問が湧いてきた。こんなにも沖縄の風土にこだわる永山さんが、光に関してはどうして今度は西洋の形式にこだわるのか。そこに矛盾はないのか。
その答えは都市型住宅の志向の過程に。那覇という都市部で周辺の環境の影響を受けないようにするにはどうしたら。隣の家との隙間は数十センチ、横からの光はままならない。だから採光は窓からでなく、垂直の光を入れることに腐心したのだ。
赤瓦の連なる屋根には、確かに趣がある。このモダン建築の衣をまとった沖縄型住宅には神髄があるとは言えないか。伝統を深いところで理解し、家という建築物に落とし込むことで、永山さんは新たな沖縄の風土を紡いでいるのだ。
団設計工房
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