クリームチーズベースのアイシングがかかったキャロットケーキ。
しっとりとやわらかな生地を口にすると、シナモンとナツメグのスパイシーな香りがぶわっと鼻を抜ける。
程よい甘みとぴりっとした刺激。
クルミとレーズンの歯触りも楽しい。
「日本では洋菓子を作るとき、ベーキングパウダーを使うことが多いのですが、うちのキャロットケーキはベーキングソーダを使っています。
アメリカではそれが普通で、アメリカらしい味になる大切な要素の一つ。
ニンジンは北海道産。1月から春までは津堅島産に変わる予定です」
さくらさんは、地産地消をできる限り取り入れ、季節の素材を使うことを心がけている。
もちろん、看板商品の一つ、レモンケーキを作るときにも。
「レモンは現在、可能な限りうるま市の伊波さんから仕入れたものを使っています。
果汁はもちろん、皮も使っているんですよ」
レモンチョコをコーティングした、しっとりとした質感のスポンジ生地。
中にはレモンクリームが詰まっていて、濃厚な酸味と甘み、爽やかな香りが全体を引き締めている。
ハワイアンコーンブレッドはココナッツとパイナップルの甘い香りが魅力。ハワイのローカルケーキ、バター餅をアレンジしたココナッツもちは、独特のもちもち感がたまらない
かぼちゃをたっぷり練り込んだマフィン
気取りがなく、親しみやすい雰囲気が漂う、さくらさんの焼き菓子。
しかし、そのシンプルな見た目からはちょっと想像できないほど、細部までこだわって作り込まれている。
例えばレモンケーキの表面に、流れるように描かれたホワイトチョコのライン。その一部がほんの少しよれただけでも、店頭には決して並べないという。
「夫から『味にも品質にも問題ないし、気にしなくていいんじゃない?』と言われることもよくあるんですけど、いや、やっぱり見逃せない! と押し切るので毎回あきれられています(笑)」
ストアードーナッツ。この日はオールドファッション、ケーキタイプの2種類がお目見え
素朴なフォルムにも理由がある。
「それぞれのお菓子に対してお客様が抱くイメージを、できるだけ再現するように心がけています。
例えばドーナツだと、誰もがドーナツと聞いたときに頭にほわっと浮かぶような味や形にするために、素材や作り方を選んでいきます。
それをベースにした上で、アレンジを少しだけ加えて仕上げていくんです。
レモンケーキも、懐かしさと新しさの良い合わせ方を探すために時間がかかりました。
以前は表面にレモン果汁を使った砂糖衣をかけていたんです。
でもオープン日が近づくにつれ、やっぱりチョコがかかってなきゃレモンケーキじゃない! と思い、一から作り直して。
また、一般的なレモンケーキにはクリームが入っていませんが、そこが私なりのアレンジ。新鮮なレモンの皮も捨てずにいかしたかったので、砂糖漬けしたレモンの果汁と皮、玉子でクリームを作ることを考えつきました」
そう聞いたとき、お店のテーマである “ちょっと懐かしいけど、ちょっと新しい” という言葉の意味が理解できた気がした。
各地に根づき、時代を超えて愛されてきた菓子。
奇をてらうことなく、その基本となる要素を最も大事にしているからこそ、さくらさんの “小さな主張” も生き生きと輝いているのではないだろうか。
オリジナリティに溢れ、また、一度食べたら病み付きになるkinostoreのお菓子たち。
「どこでお菓子作りを習ったのか訊かれることも多いのですが、学校に通ったことはありません。すべて独学なんです」と、さくらさんは笑う。
「なんでもまずはやってみます。
それでうまくいかなければ試行錯誤して、おいしくできる方法を模索する。その過程も楽しんでいる気がします。
例えばレモンケーキに入れるクリームも、最初はおいしくできなくて。
何度の試作を重ねる中で、果汁と皮を一緒に砂糖漬けすると、皮の苦みが強く出てしまうことに気づいたんです。それで別々に漬けてからシロップを作り、クリームにしてみたらとてもおいしくできて。
完成したときはすごく嬉しかったですね」
さくらさんは子どもの頃から大のお菓子好き。
長年に渡り、主に海外のレシピを参考にしながらお菓子作りを楽しんでいたという。
「昔から食に対する好奇心が旺盛で、小学生の頃にはお菓子や料理を作るようになっていました。母が家でパンを焼いてくれるほど料理好きだったので、その影響も大きかったと思います。
海外のお菓子の本を見ながら、『どんな味なんだろ〜』って想像しながら作るのが楽しくて。
英語はほとんどしゃべれないのに、料理用語はだいたいわかるという(笑)」
見慣れない英単語を調べながら、お菓子を作っていた幼い頃のさくらさん。
その姿を想像すると、実に微笑ましい気持ちになる。
千葉県出身で、沖縄に移住する前は東京でコピーライターの仕事をしていた。
「中学生のとき、雑誌でキャッチコピーの募集をしていて、送ったら大賞をとったんです。
それがきっかけで広告の仕事につきたいと思いました。
広告って、まず文章と写真ありきじゃないですか。
文章は自分でなんとかできそうだけど、写真はしっかり学ぶ必要があるだろうと思って日大の芸術学部に入ったんです」
卒業してすぐに広告制作会社に入社。
毎日目が回るほど忙しく、朝帰りもしばしば。
5年勤めた後、辞める決意した。
「私も夫も、仕事に比重を置かず、生活そのものを大切にしたいと考えるようになっていました。そこで何ができるかを探っていたら、会社の近くにおいしい弁当屋さんがないことに気づいたんです。
それで、イタリア料理店に勤めていた夫と2人で弁当屋を始めました。
冷凍食品は一切使わず、おかずは全てイチから手作り。
日替り弁当と唐揚げ弁当の2種類だけだったのですが、ありがたいことに整理券を配るくらい人気が出て、平日150食から200食近く出ていました」
開業して3年が過ぎる頃、今一度生活を見つめ直した。
「気づけば休む間もないくらい働いて、共倒れ寸前でした。
これでは以前の働き方とほとんど変わらない。
今度こそ生活を変えよう! と思い、父の故郷の沖縄で暮らすことにしたんです」
夫の洋介さんの就職先が決まり、沖縄に引っ越してきたのが2005年。
さくらさんは家事や子育てなどの主婦業に専念しながら、お菓子作りはずっと続けていたという。
お店をオープンした大きなきっかけとなったのは、子どものひと言。
「『お父さんは次いつ来るの〜?』と言われたんです。
夫の仕事は夜勤も多く、子ども達と顔を合わす機会も少なかったから、別のところに住んでいると思われていたのかもしれません。
その言葉に私も夫もすごくショックを受けて」
家族で過ごす時間を増やすために洋介さんは会社を辞め、2012年10月にさくらさんは店をオープンさせた。
レモンケーキをメインの一つにすることは、早い段階で決めていたという。
「沖縄に来るまでは、レモンケーキって食べたことがなかったんです。
ものすごくおいしいというわけではなかったけど、自分でも不思議なくらい心が惹かれました。
しばらくして、正月やお盆などのお供えものとして使われることが多いと知って。
それはとても素晴らしいことだけど、日常で好んで食べているという人に会ったことがなかったんです。
沖縄の文化にこんなに根づいているお菓子なんだから、私がもう少し表舞台に出してあげたい! と火が付きましたね。
近所の人や親戚にレモンケーキのお店をしたいって話したら『誰も食べないはずよ』『流行らんよー』と言われましたけど(笑)」
さくらさんの実家でいつも飲んでいた「ヨシモトコーヒー」から取り寄せた豆を、丁寧にハンドドリップで。
店頭に並ぶお菓子は、ほとんどのものが100円台。
リーズナブルな価格設定に気持ちが舞い上がったが、材料費や手間が価格に反映されているとは思えない。
「私が目指しているのは、特別な日だけでなく日常で食べられるお菓子。
毎日気軽に食べてほしいから、値段はあげたくないんです。
お店を始めたことで、地域の方々と以前より深く関われるようになりましたね。
このあたりはお店も少ないから、部活帰りの高校生の子たちも家から遠いのにわざわざ寄ってくれて。
向かいのおばあちゃんもよく来てくださるんですよ。
それがものすごく嬉しいですね。
東京にいた頃、お金を貯めては何度もイタリアを訪れたんですよ。
私も夫も食べるのが大好きだから、観光や買い物には脇目も振らず、ひたすら食べ歩いていたんですけど、とある食堂のおばちゃんでとても素敵な方がいたんです。
会計をお願いすると、にこにこしながらやってきて同じテーブルの椅子に腰かけるんですよ。
それから、私たちが食べたメニューをおしゃべりしながら一緒に確認しました。ふとおばちゃんの手元を見ると、敷いていたクロスにサラサラと値段を書いて、伝票替わりとして使われていて。
またその動作も自然で全く気取りがなくて、仕事そのものが目的ではなく、みんなに喜んでもらうため、楽しく生きるために働いているという雰囲気に感動しました。
お店を出て後も、人生で大事なことってこれだよね! と2人で話し合って(笑)。
その頃から徐々に価値観も変わったと思います。
ここもそういうお店にしたいんです。村のなかの小さな商店。
ふらっと立ち寄ってもらえて、みんなが世間話したり、のんびりできるような場所に」
そう話していた矢先に、向かいのおばあちゃんがタイミングよく顔を出す。
「正月の準備どうですか?」
「忙しくて大変。にーぶいすっさー(眠たいさー)」
次に入ってきたのは、なんとお孫さんとその友達。
「あ、おばあちゃん。ここにいたんだ〜」
何気ない会話から、店内の空気がほこほこと温まっていくのが伝わる。
イタリアの食堂で気づかされた人生で大事なこと。
それを体現しているさくらさんのお店は、身近でちょっと特別な存在に早くもなっている。
文・仲原綾子 写真・中井雅代
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