茶業農家として創業80年、無農薬・有機栽培でやっていますと山城直人さんが言うと、同業者の多くが疑いのまなざしを向ける。
「沖縄でお茶を無農薬栽培?」
「はい、そうです。有機JAS認定も受けてますよ」
「まさか、そんなことできるわけないでしょう」
「じゃあ見に来てくださいよ」
そんなやりとりを経て山城紅茶の農園にやってきた人はみなびっくりする。
「本当に無農薬で、しかも沖縄で茶樹(チャノキ=紅茶や緑茶に加工される葉をつける植物)を栽培できるんだ」と。
山城紅茶をストレートで飲むと、茶葉が持つ自然の甘さに驚く。
「産業祭などのイベントでアイスティーを販売することがあるんですが、『これ、砂糖入ってる?』と尋ねられることも多いですね。『こんなに甘い紅茶があるの?』と」
また、クセのないすっきりとした味わいも特徴的だ。
「紅茶好きな方や詳しい方が、味わいの表現として『コクがある』という言い方をしますが、コクって実は雑味のことを言ってるのではないかと僕は思うんですよ。えぐみや雑味のことをコクだと思いこんでしまってるんじゃないかなーと。
僕らはそういったものを全てカットする方法で茶葉を生産しているので、『味わいはあるのにスッキリしてる』とよく言っていただきますね。
紅茶を飲めない方はえぐみが苦手である場合が多く、『ここの紅茶はおいしく飲めるよ』というお声も。
でも紅茶って嗜好品ですから、こうあるべきというきまりはないと思うんですよ。僕は雑味やえぐみのある紅茶が好きではないのでそれらを取り去っていますが、えぐみも含めて好きだという人はそれでいいんです。好みの味を楽しむのが一番ですから」
今ではスッキリとした味わいが山城紅茶の特徴の一つとなっているが、紅茶生産を始めたばかりの頃は想い描くような味が実現できず、苦労したと話す。
「最初は機械で刈り込んでいました。バリカンの要領で1畝(うね)ずつ一気にガーッ!と。
そうやって刈り取った茶葉から紅茶を作ってみたところ、えぐみがしっかり出たんですね。加工方法が悪いのかと工程を変えてみたけれど変わらない。
だから、加工以前の根本的な部分に問題があるんじゃないかと思って試しに手摘みにしてみたんです。すると見事にえぐみがなくなった。ここがポイントだったわけです。
バナナも若いのは青くておいしくないでしょう? それと同じで茶葉にも摘み時があるんです。若い葉を摘んではいけない、形・色・香りなどがいずれも成熟した芽を摘まないと。また、茶葉は下から硬くなっていくのですが、機械だとそういう硬い葉も一緒に刈ってしまうわけですね。
だから、摘み時を迎えている上の2〜3枚だけを手で摘むようにしました」
言うまでもなく手摘みにすると人件費がかさむ。そのため、手摘みを実践している農家はほとんど存在しない。
「品質の良い、本物の紅茶であれば生き残る。そう確信していました」
農園に佇む「山城紅茶Cafe & 直売店 CHA-EN」では、山城紅茶や紅茶を使ったお菓子なども楽しめる。
山城紅茶は三代続く茶業農家で、2003年までは緑茶専門農家だった。
「沖縄は紅茶を育てるのに最適な地だ」という父親の言葉を受けて、2004年から直人さんは紅茶のテスト販売を実施したが、できる限りコストを抑えるために、茶葉加工用の機械を一新させた。
「それまではガスなどの火を使って加工していたのですが、オール電化にして電気のみで加工するようにしました。
そういう機械が市販されていればよかったのですが、購入しようにも世界のどこにも存在しなかったんですよ。だから自分で作りました、オール電化の茶葉加工機械を」
緑茶や紅茶、また烏龍茶も、ツバキ科の「カメリアシネンシス」という茶樹(チャノキ)からできている。茶葉をそのまま乾燥させるとカテキンを多く含む「緑茶」となり、カテキンに含まれるポリフェノールが発酵によって結びつくと「紅茶」になる。ウーロン茶はその中間だ。
「茶葉に紫外線が当たるとカテキンが増えるんです。カテキンにはタンニンという渋み成分が含まれているので、紫外線の強い沖縄で作られた茶葉は渋みが強くなる。ですから、そのまま緑茶として出しても高い評価は得られません。
でも、紅茶はカテキンを発酵させて作るのでカテキンが多い方が良い。カテキンが少ないと発酵が進まないからです」
つまり、紫外線が強くカテキンの多い茶葉を生産する沖縄は、紅茶を産出するのにとても適した土地だと言えるのだ。
血圧の上昇を抑制し、血中コレステロールや血糖値などを調節し、抗酸化・抗癌・抗菌・抗アレルギーといった様々な作用も備えるカテキンを多く含む沖縄産の紅茶は、健康にも良いと考えられる。
「日本は緑茶文化であるためか、紅茶成分はほとんど研究されていないんです。沖縄の茶葉は渋みが強いことから評価が低いけれど、健康面で言うと恐らく日本一ではないでしょうか」
実際、カテキン含有量の多い沖縄の茶葉に注目している人は多く、有名企業が買い付けにやってくることもあると言う。
「それくらい、カテキンを摂取するなら沖縄の茶葉がいいというのは有名な事実なんです」
紅茶を混ぜ込んだスコーン、ちんびん、サーターアンダーギー。
食事のメニューも豊富だ。
沖縄の茶葉は紅茶に適しているという事実を知りながら、直人さんの父は緑茶農家を続けていた。直人さんはその理由を尋ねたことがある。
「親父が若いころはスーパーにも物があまりない時代で、茶葉から淹れる紅茶なんて自分もお客さんも飲んだことがなかった。おいしいかどうかわからないものを売るわけにいかないから、というのが理由だったそうです」
沖縄では食後にコーヒーではなく「ティー(紅茶)」とオーダーする人が多い。しかし沖縄の人にとってのティーとは、昔からある「リプトン」の紅茶のことだと言う。
「アメリカの影響を受け、沖縄のレストランでは昔から粉末状の甘いリプトンの紅茶を出していました。ですから、沖縄の人にとってはあの甘いレモンティーこそが紅茶なんです。
沖縄って、紅茶文化が根付いてそうで根付いていないんですよ。みんなティーが好きという割に、紅茶の茶葉はあまり買わないですよね。紙パックやペットボトルの紅茶が主流。簡易的なものは普及しているけれど、茶葉で淹れる紅茶は飲んだことがないという人も多いんです。
うちは緑茶農家として安定していましたから、僕が親父に紅茶をやりたい話すと、『せっかく今まで築き上げたものを…』と言われました。沖縄には茶葉から紅茶を淹れて飲む習慣がない、飲み方も楽しみ方も知らない、茶葉を作っていること自体知らない、そんな状態で売るのは大変だぞ、と」
それでも直人さんは紅茶農家への転身を決意した。
そして、無農薬を貫くことも決めていた。
茶樹はもともと、虫がついたり病気にかかったりしやすい植物だ。
「お茶には抗菌作用があるので虫がつきにくいというイメージを持たれがちですが、逆なんです。すごくつきやすい。しかも沖縄は熱帯地域なので虫そのものが多い。だから無農薬栽培と聞いてみんなびっくりするわけです」
山城紅茶の農園に青々と茂る茶樹を見て感心し、本土で無農薬栽培を試みた茶業農家もあった。
「無農薬に切り替えたと聞き、しばらくしてから『ちょっと見に来て』という連絡があったんです。行ってみたら葉が全部落ちてるんですよ。『どうしたらいい?』と言うので、『放っといたらいいんですよ。3年くらい経ったら葉っぱはまた出てくるから』『えっ、 3年も収穫できないの? 』『できないよ』『…じゃあ、もういい』。
そう言ってまた農薬をかけ始めてしまうんです」
無農薬で育てるために何か努力をしているのかと問うと、特に何もしていないと言う。ではなぜ山城紅茶の茶樹は無農薬でも育つのか。
「その質問に答えるために資料をあさりましたが、茶樹って無農薬で作ることを前提にした植物じゃないので、そういう研究自体がないようなんです。
予想の範囲でしかお答えできないのですが、農薬をかけないことで茶樹自体が耐性を持つという説が浮かびます。でも、植物学的に考えてたかだか80年で耐性をもつということは考えられないので、可能性としては低い。
もう一つ考えられるのは、自然の摂理が働いているという説です。虫が葉っぱを食べに来る、無農薬栽培なのでその虫を食べる虫も来る。だから、病気の原因となる虫がいても数が増えない。こちらの説の方が有力です。
土づくりにはかなり力を入れています。養分をたっぷり含んだ土でないと丈夫な樹に育たない。樹自体の力が弱いとどんなダメージにもやられてしまいますから。でも、それ以外に特別なことはしてないんですよ」
農薬をかけていないので、時には虫が寄ってくることもある。
「被害はもちろん多少はあります。『あ、葉っぱ食べられてるな』と気づく。でも何もしません、虫は無視しときます(笑)」
効果を焦るとうまくいかない。
山城紅茶が無農薬を始めたのは直人さんの祖父、つまり初代にまでさかのぼる。
「祖父は会社を立ち上げる前、地域の茶業組合に属していたのですが、組合時代から祖父も他の組合員も農薬を使っていなかったそうなんです。あえて無農薬を目指したというよりは、茶樹に農薬をかけるという発想自体がなかったようです」
無農薬の茶業農家が広範囲にわたって存在することで、ある効果が生まれる。
「自分たちだけが無農薬を貫いていると、農薬をかけている周りの農家から逃げてきた虫が、農薬をかけていない畑を求めて飛散してくるんですよ。
でもこの辺は僕らと茶業組合さんの畑しかないし、あちらもほとんど農薬をかけないので、飛散してくる虫もいないんです」
無農薬を貫く理由は、祖父の言葉にもある。
「農薬をかけたあと何日間収穫しなければ人体に影響を及ぼさない数値まで落ちるという基準があり、農薬を使用している農家はそれをしっかり守っています。でも祖父は無農薬を貫いていたので、なんでなの?と訊いたところ『毎日飲むお茶に農薬を入れるわけないでしょ』って。その言葉にすごく納得しました」
直人さんは幼い頃から農園を手伝っていたと言う。
「小学生か中学生のときにぼんやりと『農家継がないといけないのかな』と考えてました。でも親は『別にいいよ、好きなことやればいいさ』と。
そこで、何をやろうかと考えたわけです。
勉強では人に負けるし、スポーツも金がかかるから無理。じゃあ農業は? 周りには農業やってる人いないし、これならイケる!と。
米を作ってる農家は結構たくさんあるから、やっぱりお茶がいいなと考えました。でも緑茶だとどうしても静岡に負けてしまう。そう考えていたときに『沖縄は紅茶が向いてるんだよ』と父に聞いたんです。
当時、全国でも紅茶を作っているところはほとんどありませんでした。
そこで、高校を中退して大学資格検定試験を受け、『国立茶研究所』へ進学ました」
各都道府県から茶業界の将来を担う生徒が集まる研究所で2年間学んだ。
「茶業農家の跡取りや茶販売店の息子とかが集まっていました。でも、緑茶の授業がほとんどで、紅茶や烏龍茶について学ぶ授業はなかったんです」
紅茶や烏龍茶についても学びたいという直人さんのために、研究所は紅茶の研究者による紅茶の授業と、台湾から呼び寄せた専門家による烏龍茶の授業を始めた。直人さんは緑茶の授業と平行して学んだ。
研究所での学習を終えて沖縄に戻った直人さんは、早速紅茶販売に向けて準備にとりかかった。
「その時、研究所でお世話になった師匠に言われたんです。『沖縄は日本で一番紅茶を作るのに適した地域だし、お前ほど紅茶のことを勉強したヤツも恐らくいないだろう。だったら、日本一の紅茶を作るのは当たり前だ。日本一の紅茶を作るまでは商品化するなよ。それができなければお前が怠けている証拠だからな』と」
その言葉を胸に紅茶作りに真摯に向き合い、遂に完成した茶葉を恩師に送ったところ、お墨付きをもらった。
「師匠曰く『これだったら世界と戦える』と。それで販売開始を決めました」
業界では難しいとされる無農薬を実現し、手間やコストを惜しまず手摘みを貫くことで上質な紅茶を生み出している山城紅茶だが、直人さんは更なる品質の向上を目指していると言う。
これ以上質を上げることなどできるのだろうか?
「できるんです、実は(笑)。
紅茶というのは採れる時期ごとに味が変わっていくんですよ。ファーストフラッシュは今年始めに採られた茶葉、セカンドフラッシュはニ番目、オータムナルは秋口というふうに、採った時期によって味も呼び名も変わり、それぞれ商品化していくんです。
僕らの場合は時期で分けちゃうと量が分散化しちゃうので『あの時期のをちょうだい』と言われても在庫がなかったりしてお出しできないことがある。ですから年間通して同じ味にするために、どの時期に摘んでも同じ味になるような加工方法を確立しました。
それはつまり、味をコントロールする技術があるということでもあるし、裏を返せば100点取れる葉っぱをあえて80点に押さえている場合もあるというわけです。これをやめればいい。
僕らはもちろん100点のお茶をそのまま飲んだこともあります。味わいは全然違いますよ。
全国展開しているある百貨店さんから、その100点の紅茶を作ってというご依頼もすでに頂いています」
また、県内企業とのコラボレーションも積極的に続けていきたいと言う。
「茶葉の原料としての使い方を模索しているところなんです。すでにカフーリゾートフチャク コンド・ホテルさんが『山城紅茶のロールケーキ』を、うるまジェラートさんが『山城紅茶ジェラート』を、瑞泉酒造さんが『紅茶リキュール』を作ってくださいました。
自分たちの専門知識を持ち寄り企業同士でタイアップすることが、上質な商品を確実に作る方法だと思いますし、企業にとっても得るところが大きいと思うんです」
現在は、沖縄県産アールグレイの販売を目指し、開発を続けている。
「アールグレイは紅茶にミカン科の柑橘類・ベルガモットの香りをつけたもの。沖縄版アールグレイを作りたくて、ベルガモットの代わりにシークヮーサーで香りをつけたらどうかな? と。香りのエッセンスをずっと探していたのですが、三年がかりで見つけてやっと手に入りそうなんです」
コラボレーションの申し出は基本的に断らないと言う。
「みんなで沖縄を元気にしていこう」という想いが、直人さんの根底にある。
山城紅茶の農園に、「お宅の紅茶を卸しているホテルを教えてほしい」という電話が入ることがあると言う。
「ホテルって、コーヒーにはこだわっても紅茶にこだわっているところってそんなに多くないと思うんです。宿泊先の紅茶に満足できないという方が多いようで。
ホテル日航アリビラ、 JALシティホテル、サンマリーナホテル、北谷町ビーチタワー、万座ビーチホテル&リゾートなど県内各地のホテルに卸していますが、その際は淹れ方までお伝えしています」
紅茶の味わいを基準にホテルを選ぶ。それほど紅茶を愛し、こだわりを持っている人もいる。
優れた県産品の中には、県内での評価よりも先に、県外や海外での評価が高まるものがある。
こんなにも身近に、世界水準の紅茶がある。
雑味やえぐみのない、紅茶本来の味を試してみてほしい。
写真・文 中井 雅代
山城紅茶 Cafe & 直売店 CHA-EN
うるま市石川山城1560-8
098-965-3728
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担当が茶畑にでてる場合もありますので、ご来場の際には事前にご連絡ください。
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