焼き色はこんがりと濃いめ。飾りっけの無い素朴な風貌なのに、美味しさが見た目から伝わってくる。
「よく焼いてます。どっしりした生地が軽くなると感じるくらいまで。そうすると日持ちもするんです。」
外はしっかりとした歯応えがあるが、中はもっちり。そして何より「甘い」。砂糖の甘さではない、パンそのもののもつ甘みだ。「石臼でひくと粉が甘くなるんです。その甘さが今の水円のパンの特徴でしょうか。今後どうなるかはわからないけれど、今の所は。」
オーナー夫婦がパン屋を営むきっかけとなったのは、宜野湾の「宗像堂」だ。
「粉に関係した仕事に携わりたいと思っていた時に宗像堂さんのパンに出逢って。当時はご夫婦2人で営んでらっしゃったところ、働かせていただけるよう頼みこんで。どうにか入れていただき、薪割りから始め、沢山勉強させて頂きました。」
6年間働き「卒業」、2010年8月に水円(スイエン)をオープンさせた。
読谷の中でも特に座喜味が好きだという奥様。「大きな木のそばの小屋、というイメージが先にあって。そういう場所をずっと探していたら、友人がたまたまここを見つけてくれて。」
設計図も作らず、自分たちのイメージだけを頼りに、小屋づくりが好きというお友達の手を借り、もともとあった建物をベースに改装した。
「インドに旅行に行って、そこから得たアジアの土っぽい場所にある小屋のような感じで造りました。そこに、自分のおばあちゃんちのイメージも入って来て。」
資金の問題から自分たちでやるしかなかったという2人だが、それが功を奏したといえるのではないか。水円の店内は高い天井、いくつもの時代を経たような色合いの壁、控えめに光る照明が独特の雰囲気を醸し、読谷ののどかな風景になじみながらも、どこか遠い世界に迷いこんだような気持ちになる。
まさに、異空間だ。
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左上:いちぢくとくるみ ライ麦のパン
右上:ゴマ入りのしゅりけんパン
左下:シナモンロール
右下:花巻(中華風蒸しパン)
ライ麦のシンプルパン ドイツ産の石臼ひきのライ麦粉を使っている
取材中も次々とパンが焼き上がり、どんどん売れていく
「パン作りはすべてが予想外。色々な要素の影響を受けるから、今あるパンも『出来ちゃった』という感じ。」水の具合や窯の温度など、自分で調整できるところももちろんあるが、窯の具合や湿度など、任せるしかないところもある。それは言い換えれば、自分ひとりで作り上げているわけではなく、色々なモノや環境に助けられ、折り合いをつけながらパンを生み出しているということにもなるだろう。
「水、酵母、塩、粉といったシンプルな材料で作っています。バターなどは使わずに。自然や人に感謝しながら。」
作り手の姿勢が、そのままパンに表れている。シンプルで素朴だが、はっとするほど美味しそうで、つい次から次へと手が伸びる。
左:プレーン食パン
右:アンチョビとオリーブ、かぶとじゃが芋のチーズピザ
わらを見る目がお父さんのよう。わらも嬉しそうに寄ってくる
水円には、看板犬ならぬ看板ロバがいる。「わら」という名の女の子だ。
「もともと動物が好きでうさぎやにわとりを飼っているのですが、外に出られない人にもパンを配りたいけど、車はなんか違うよね、という話から『じゃあ、ロバ?』という感じで(笑)」
鹿児島で趣味でロバを数十頭飼育している人を見つけ、譲ってもらった。
「今はまったく働いてないですけどね。散歩してても私たちは荷物持ってるのにわらは手ぶら。あれ?きみは荷物持たないの?みたいな(笑)いずれ、パンを配って歩いてくれれば良いなと思っています。」
草を食む愛らしい姿、ファンが多いのも納得
水円のこれからをきくと、「とにかく長くやりたい。長くやるのって難しいですから。」
とご主人。奥様は、「自分たちはパンを作ることしかできないねってよく話していて。みんなの心とからだの真ん中に響くようなパンを作れるようになりたいと思っています。」と、控えめながら芯を感じる答えが、2人から返ってきた。
「水円」という名は、お客さんが食べたパンが水の円のように広がって欲しい、みんなに届いてほしいという想いからつけたという。その波紋は、2人が想像していた以上に速く、遠くにまで既に広がっているようだ。県内各地から、そして観光客も足を運ぶ人気だ。
水円のパンを見ていると、私は急にえも言われぬ懐かしさに襲われた。幼かった頃の自分に一瞬で引き戻されるような感覚。私が育った田舎には、こんなおしゃれなパン屋も、こんな味わい深いパンも無かったのになぜ?と不思議に思ったが、やがて合点がいった。
私が子どもの時に抱いていた、おとぎ話の中に出てくるパンのイメージに限りなく近いのだ。見た目は素朴でハード、クリームやいちごといった飾りっけはなし。表面はかりっと香ばしく琥珀色に焼かれ、中はもっちりふかふか、素朴な味わいで、シチューやチーズに合うパン。
見たことのない宮殿や森、人々の食卓や街並みなど、異国の風景を思い浮かべるのと同時に自然に抱いていたパンのイメージが、まさに水円のパンなのだ。
水円の味を知る母親たちが、目を細めてパンを物色している横で、子ども達は嬉しそうに歓声を上げ、パンと店内の雰囲気を楽しんでいた。
家族が笑顔になるパンを、これからもずっと、どんなに難しくても長く長く作り続けて欲しい。お客さんの笑顔を見ると、そう願わずにはいられない。
水円(スイエン)
読谷村字座喜味367
098-958-3239
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