堀辰雄・著 新潮社 ¥460/OMAR BOOKS
何を見ながら暮らすか、でだいぶ人生が変わると思う。
たとえば、山を見て暮らすのと海を見て暮らすのでは、自然と物事の感じ方に何かしら違いが出てくるんじゃないだろうか。
とすれば、きっとそれは人の生に影響を与える、はず。
今回紹介するのは今映画で話題の『風立ちぬ』の堀辰雄の代表作のひとつ、『菜穂子・楡の家』。
古典の部類に入るのだろうけれど、今でも普通に恋愛小説として全然読める。もしくは母と娘の話としても。
「菜穂子」の前編にあたる「楡の家」の舞台は都会から離れた山の麓の木々に囲まれた家から始まる。その傍に立つのは大きな楡の木。
その家のある小さな村からは遠くに山が望める。
避暑地のある夏の出来事を軸に、母と娘の複雑な心情が描かれる。
母親の日記という形で、彼女の独白から語られる心の微妙な動きが驚くほど細やかで、男性が書いているようには思えない。
そして登場人物たちの心の中は、毎日暮らしている風景に重ね合わされる。
それがまたとても自然で、より深く彼女たちの葛藤が伝わってくる。
晴れていたと思ったら、急に空の色が変わり、雷鳴とともに降り出す夏の雨。
高い土地ゆえの霧に包まれる木々の群れ。
そこで交わされるひっそりとした男と女、母と娘の会話。
読んでいると思うのは、海辺の町の話だとこんな感じにはならないだろうということ。
また湿度のないさらりとした風が吹いているような空気感が漂う。
その中で暮らす登場人物たちの人との接し方や悩み方にその場所の雰囲気がリンクしていて、その心情に読む側も自然と入っていける。
フランス文学の雰囲気を持った静謐な物語は、暑い夏にこそ読みたい。
女性にぜひ読んでもらいたい、夏の一冊。
フランス文学
避暑地という響きに憧れる。
OMAR BOOKS 川端明美
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