言事堂(ことことどう)展覧会も開く本屋。「美術」がもっと身近に。


 
カナダ北部にあるイヌイットの集落・ケープドーセットで活動する
イヌイットの女性アーティスト9名の作品を収めた作品集。
おもねるところのない、素直で高潔な雰囲気に、独特な色遣い。
魅力的な表紙に、思わず手に取る。
 
「それ、面白いんですよ。
中でもカラスの絵がお気に入りで。
近々、カラスをテーマに本をご紹介する企画展をやろうと思っていて。」
 
と、店主の宮城未来(みき)さん。
イヌイットとカラス?
思いもよらない組み合わせが、さらに興味をそそる。
 
自他共に認める「大の本好き」である未来さん、
豊富な知識と感性を活かした紹介の、切り口も面白い。
 


美術本はその表紙も背表紙も、すべてが絵になる

 
古書も新書も扱っているが、
商品の9割以上が「美術・工芸本」。
 
「沖縄の古書店には『沖縄本』が多く置かれているんです。
沖縄というテーマでくくられた本が豊富。
でも、うちは美術というテーマでくくって、
沖縄本ではなく『美術関係の沖縄の本』を多く扱うよう、力を入れています。」 
 
言事堂(ことことどう)をオープンさせる前は、
前島アートセンターでギャラリー勤めをしていたが、
香川出身の未来さんが沖縄に来た当初の目的は
沖縄県立芸術大学の受験だった。
 
「高校の時から美術コースで学んでいました。
美大を受験する人が入るような高校で。
両親の影響も大きいと思います。
母親は美術館勤務、父親は音響の仕事をしていて、
小さい頃から音楽や美術に囲まれて育ちました。
 
高校で美術を学ぶうちに陶芸に興味が湧いて、
大学では陶芸を学びました。
 
卒業後、沖縄県芸を受験するために沖縄に来たのですが、
その時偶然、前島アートセンターで展示をしているのを見て、
最初はボランティアスタッフとして働き、その後職員になりました。」
 
なんと、当初の受験という目的から離れ、
未来さんは沖縄で働き始めた。
 
「ギャラリーがあるので、借りたいという方がいればそのお手伝いをして。
結局4年くらい働きましたが、それがすごく楽しかったんですよ。
特に、企画展に関わることが好きで。
好きな企画展を自分で作れるんです。
初めての経験でしたが、とてもやりがいがあって。


自分が不思議に思っていた事を探求できるし、
興味があることをテーマにして他の方に見せることもできるし。


企画展と一口に言っても、ただ並べるだけでは成立しないんですね。
『展示』という形に整えるために、
関連する言葉を調べたり、作品にまつわる方々から話を聞いたり。
集中しないと、良い企画展はできません。


そういう仕事を通じ、
自分は裏方が好きなのかもしれないと思うようになりました。
作品の過程が見えるという点も、裏方の特権です。
始まりから完成まで追えますし、
作品の背景も見られます。」

 
アートセンターでの勤務をきっかけに、
創作活動はしなくなった。
 

「価値観が180度変わりました。」

 

左:シャガールの作品集
右:中村さやか「彼女の傍点」・・・自費出版の作品だが、根強い人気で3回ほど追加注文しているという。独特なユーモアに溢れた一冊、私も思わず購入。

 
作り手から展示側へと転身した未来さんだが、
さらなる転身が待っていた。 
 
「どこかに勤めているとできないこと、
自分がやりたいことをもっとやりたいと思うようになって。
 
もともと本がすごく好きで、よく読むんです。
でも、好きな事を職業にはしたくないって思っていて、
だから、本屋をしようと考えた事は一度もありませんでした。
それが、古書街とも呼ばれる東京の神保町を友人とまわっていた時に、
私がすごく楽しそうに本を物色しているのを見て
『そんなに好きなら古本屋やれば?』 
と言われたのがきっかけで。 
『そうだな、やろっか。』って、急に。」
 
アートセンターで働いていたときも、
本への思い入れはあった。
 
「アートセンターに資料棚があるんですよ。
一般の方が閲覧できるように、美術関連の様々な本が集められていて。

でも、そういう専門店が沖縄には無いなと気付いて。
そこで、『美術本のお店をやろう』と。
学生さんたちも買いやすいように、新刊書より古書を中心にして。」
 
本と美術、未来さんは大好きな2つの要素を組み合わせて店を開いた。


「店の中身を自分で作っていけるというのはとても楽しいですね。
小さな展覧会を開催したり、
お客様が本を選びやすいように工夫をしたり。」


店内には掲示板を置き、
県内のアート情報を発信するという広報面にも力を入れている。


「個人でも、できることは沢山あるんですよね。」
 



4月に開催し、好評を博した帽子の展覧会「コトコトシャッポ展」
 
 




「今、お勧めなのはこちらの本です。」
 
未来さんが手に取ったのは 
映画監督・本橋成一氏による同名の映画の写真集。
 

「本橋さんの映画が大好きなんです。
この映画もすごくよくて。
しかも、バオバブのイメージを覆す写真が多いんです。
ほら、根っこ同士がくっついてたりするんですよ!」


目を輝かせてお気に入りを紹介してくれる。
 

「私、好きなものをすごく伝えたくなっちゃうんですよね。
“見せ見せ”なクセがあって(笑)」
 


来店されたのは常連さん

お客様の好みを把握した上で、入荷した本からセレクトして紹介。本好き同士話が弾む

 
「わたし、ストリートダンスを見るのも好きで。
ピアノは小さいころからやってましたし、今も弾きます。
あ、フィギュアスケートも中3までやっていて、
練習の一環としてバレエも習ってました。」

 
話していると、次々と出て来る未来さんの引き出し。

 
「最近はギターも弾くようになって。
あと、お菓子作りも好きですね〜。
そうそう、ヴァイオリンも弾きますよ。」

 
興味を持った事は、やってみる。
その豊かな感受性とフレキシブルな行動力で、
未来さんの世界は留まる事を知らず、広がっていく。


美術関係の仕事に従事している「その道の人々」から、
「言事堂の本のチョイスは素晴らしい、さすがである」
と、高く評価されているのを何度も目にしたことがある。
 

でも、私のような「美術ど素人」であっても楽しめる品揃えは、
未来さん本人の引き出しの多さに由来するのかもしれない。
美術に限らず、様々な方面にアンテナを張り、
自分の心にしたがって、素直にしなやかに行動する生き方に。


「私にとって大事なのは、『表現』。
その方法はさまざまです、
話す言葉も表現、文筆活動も表現、パフォーマンスも、絵を描くことも、染織も。
手段こそ違いますが、どれも誰かに見せたくて、聞いてもらいたくてやる行為ですよね、
必ずしも強いメッセージでは無いかもしれませんが。
そういうことにすごく興味があって。
 

それを慎重に見ていくことで、
その人が伝えたい言葉を受け取ることが好き。
そういった表現を集めたり、眺めたりすることが大好きなんです。
 

そして、それを自分一人で楽しむのではなく、
紹介したいというのが、私の想いです。」
 


永岡大輔氏の作品集。思わず本を顔に近づけて、その細かさを確認したくなるほど緻密な線の集積によって描かれた絵。奥深い世界観に引きずり込まれる。
 

 
感慨深げに手に取ったのは、
「MIMOCA(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)」の作品集。
 
未来さんがが最も影響を受けたという芸術家、
猪熊弦一郎とイサム・ノグチの展覧会の様子を収めた本。
 
「私にとっての美術を方向付けてくれたお二人です。」
 
未来さんは、小学1年生の頃に、猪熊弦一郎氏のアトリエで本人に会う機会を得た。
 
「その存在と経験が、自分の中ですごく大きくて。
高校生になっても、よく思い出していました。
『人を惹き付ける美術とはなんなんだろう?』
って、それがわからなくて。
その答えを自分で確かめたいと。」
 
 
インタビュー中もつい、ちらちらと目をやってしまうほど、
言事堂の書棚に並んだ本達は、その背表紙一つとっても美しく、魅力的だが、
「美術」
という言葉の響きを、身近に感じられない人も多いかもしれない。


でも、言事堂に並んだ本を一冊手に取れば、
何も、ぴしっと背筋をのばして向かい合う必要などないんだなと気付く。


例えば、アメリカの古いレシピ本だって置いてある。
色あせたカラー写真に写る古い食器やクッキーが可愛い!
これって、美術?


「写真も表現の一つですから。
私、ファッション雑誌も大好きですよ、よく読んでいます。」
 

ふと周りを見渡せば、
私たちの生活には、至る所に「美術」が関わっている。
みな、価値観はそれぞれだけれど、
何かを生み出すときは美しさを、素敵さを求める。
わざわざ「やなー」を創り出そうと思う人はいないだろう。
誰だって「上等!」と思われるものを表現したい。
目にするときも自分の価値観で
「これ、好きだな。」「こっちは好みじゃないな」
と、無意識に判断を下している。
 

そう考えると、猪熊弦一郎さんもイサムノグチさんも、
急に身近な存在のように感じてくる。
どれ、彼らの表現がどれほど素敵か、ちょっと見てみようじゃないの。
それぐらい、気軽な気持ちで手に取ったって良いのだ、きっと。美術本って。

 

写真・文 中井 雅代


言事堂
那覇市若狭3-7-25
TEL/FAX :098-864-0315
営業時間
open:火 〜金 11:00-18:00
土・第2日曜日 11:00-19:00
 
HP:http://www.books-cotocoto.com