ふくみつ/「ちゃんとしたご飯を食べて、ほっとしてもらえる場所を目指したい」。料理も接客も空間も、素朴ながら上品な路地裏の小さな定食屋

ふくみつの定食

 

石畳を我が物顔で歩き、赤瓦の上でくつろぐ猫たち。そんな穏やかな光景が見られる壺屋やちむん通りから路地に入ると、小さな赤い看板を掲げた民家のような建物がある。深緑色の扉を引くと、「こんにちは」と鈴を転がすような声に迎えられた。

 

食事と喫茶のお店「ふくみつ」はコージーな空間だ。店内は明るくきれい。木材を生かしたシンプルな内装で、照明の光は温かだ。席数は12と少なめ。しかも通路は人が一人通れるほどしかなく、少し手狭な印象を受ける。だが、この席同士の近さが、空間に程よい親密感を作り出している。

 

店内に漂う清々しく穏やかな空気感は、店主の山下奈保子さんによるところが大きい。誰に対しても分け隔てがなく、ごくごく自然体。中立的な態度で、その場にいる全員を受け入れていることが伝わるから、初めて訪れた人でも自然と心がほぐれる。

 

 

午後12時。お店が開くと、一人、二人とやってきて、この日はあっという間に席が埋まった。キッチンとホール、全ての仕事をこなすのは、奈保子さん一人。きっとてんてこまいの忙しさだ。そんなときでも、余裕を失った表情は浮かべない。そして常連さんにだろうと、初めてのお客さんにだろうと、言葉は丁寧で口調は朗らかだ。

 

「カウンターにしますか?」
「今日はカジキのソテーとから揚げを用意しています」

 

そんななんでもない言葉なのに、奈保子さんが発すると相手の顔をゆるませる。印象に残っているのは、満席時にきたお客さんの反応だ。奈保子さんと一言、二言話すと、すぐに笑顔を浮かべ「必ずまた来ますね」と帰っていった。この心地よいもてなしを求めて通う人は多いが、なんと1日2回も食べに来る常連さんがいると知って驚いた。

 

「うちを気に入ってくださっていて、本当にうれしいです。お客様のことなので詳しく話せませんが、心の中でこっそり家族のように思っています(笑)」

 

にっこり微笑む奈保子さんの顔を見ていると「通いたくなる気持ち、分かるなぁ」としみじみ思った。

 

ふくみつ菜飯

混ぜご飯に炊き込みご飯など、ご飯には必ずひと手間加えている。奈保子さんが大切にしているルールの一つだ

 

ふくみつには心地よいもてなしがあって、居心地がよい。とはいっても定食屋。肝心なのは料理だが、奈保子さんの作る料理は、その空間同様、奈保子さんの人柄が自然と表れている。

 

味から感じるのは上品さ。それは、ジャンクになりがちなから揚げにもいえること。弁当屋や食堂のから揚げというと、衣が厚くてちょっと油っぽいイメージ。だが奈保子さんのから揚げは、素揚げに思えるくらい衣は薄く、ジューシーなのにさっぱり。衣が邪魔をしないから、噛むほどに肉そのものの味がちゃんと分かる。その他だと、みそ汁からはほんのりとだしの甘みを感じるし、菜飯は歯ごたえと塩加減がしみじみおいしい。どれも、なんともほっとする味わいなのだ。

 

ふくみつ 副菜

副菜や漬け物には市場で見かけた島野菜など新鮮な県産食材をたっぷり使用

 

そして献立から感じるのは、思いやりだ。定食と聞けばそれだけで栄養バランスがよさそうに思うが、ふくみつのそれは一段上を行く。副菜は一皿あれば定食の体裁は整うのに、盆の上には小皿が4枚もあり、さらに主菜の横にも添え物と呼ぶには立派なサラダが。食材も緑黄色野菜に大豆、きのこと偏りがない。食べる楽しみのみならず、食べる人の健康をも思う心が伝わってくる。

 

ふくみつ からあげ

油は米油を使用

 

料理全体から感じるのは、仕事に対する誠実さ。実際、奈保子さんは、想像をはるかに超えた細やかな仕事をしている。前出のから揚げでいうと、一つの皿になんと、部位も銘柄も異なる二種の鶏肉をのせている。その上味付けも変えているというから二重に驚く。

 

「お肉はヤンバル鶏のモモ肉と九州産の鶏ムネ肉を使っています。モモ肉は刻んだ島ニンニクと塩、お酢でマリネして味をつけています。それからうまみを出すためにナンプラーを加えたしょう油をまとわせているんです。ムネ肉は塩が合うなって思うので、さっぱりと。柔らかくなるように、下味には砂糖も少し使っています」

 

ふくみつ お魚ソテー

メイン料理は仕入れ状況により変更。魚料理はお客さんからのリクエストに応えてメニュー化したそう。

 

しかしなぜ、ここまでの労力をかけてから揚げを2種類も作ることにしたのだろう。

 

「オープン当初は、メイン料理にボリューム感を出したくて、から揚げなら鶏肉一人前で200グラム使ってました。でも同じ味だけだと飽きちゃうかもしれないって思って始めたのがきっかけですね。女性一人のお客様だと、メインだけ残す人が多かったので、今は副菜の品数を増やした分、メインの量を少し減らしています」

 

ふくみつ デザート
ふくみつ クッキー

壺屋の猫(マヤー)パフェは不定期登場。グラノーラ、クッキーは購入できます

 

からしをぴりっと効かせた、きのこのあんかけ茶碗蒸し。だしの風味を称賛すると「東京にいた頃に修業させてもらったお店で作り方を教えてもらったんです」とうれしそうに目を細めた。

 

奈保子さんは新潟出身。食の世界へ飛び込んだのは、高校卒業後に暮らし始めた東京で。21歳で青山の有名レストランに就職し、フロントやホールスタッフとして働いた。この頃、友人の影響でマクロビオティックに興味を持ち、玄米と野菜中心の生活に切り替えたという。それに伴って、野菜への関心が日に日に高まり、26歳でオーガニックカフェのキッチン兼ホールスタッフとなる。

 

「この店に入ってすぐに、料理の基礎をしっかりと学びたくなって、和食の店で修業しよう!と思いました。京都へ行くことも考えたのですが、雑誌『Esquire』のご飯特集に載っていたお店へ行ってみたんです。そこは旬の野菜を主役にすえた日本料理をコースで提供していて、あまりの美味しさに一目惚れのような衝撃を受けました。店主と女性スタッフだけで回していて、客席は10席。私が入り込む余地なんてなさそうって思ったけれど、あきらめられずに数日後に電話したんです。そしたら、スタッフがやめたところだから、明日から来てくださいって言われて。私の人生が大きく変わった瞬間です。ほんとラッキーでした」

 

「潤菜(るさい) どうしん」という、食通や野菜好きに愛されたこの店は、2015年に閉店。心を潤すような野菜料理を提供したいと、日々研鑽を積む店主のもとで働いた経験が、奈保子さんの料理の土台になっている。

 

「店主は生粋の和食の職人で、おしゃれ心のある方でした。ここで、食材の扱い方や組み合わせ方、だしのとり方など、たくさんのことを教えていただいたんです。例えば、みそ汁を作るときに、野菜だしだけでは味に深みがでないけれど、昆布が味を底上げしてくれることや、砂糖を少し入れるだけで味に広がりが出ることなどを身をもって知りました。料理を作っていても、今一つ味が足りないときに酸味、甘味、旨味、塩味、苦味のどれが必要かということを感覚的に分かるようになったんです」

 

ふくみつ

 

仕事に慣れてきた頃、奈保子さんはもう一つ運命の出会いを果たす。静岡在住で、東京出張のたびに店にきてくれていた常連さんと結婚したのだ。2年ほどで仕事をやめ、静岡に移住。複数の飲食店で勤めた後、念願だった自分の店を開く準備を始めた。ところがその矢先、ご主人にがんが見つかり、わずか8カ月後に帰らぬ人となる。静岡で暮らして7年。奈保子さんが35歳のときだった。

 

大切な人を失った深い喪失感の中で、それでも懸命に前を向こうと気持ちを奮い立たせていたところに、沖縄で暮らす友人からメールが届いた。

 

「沖縄は移住者が多いし、一人でお店をしている人もたくさんいる。それに野菜もいろいろあるし、来てみない? って連絡をもらったんです。それで、法要を終えて、少し落ち着いたときに、移住を視野に入れながら短期滞在しました。沖縄は、行く先々で人と人とのつながりを感じられた。ここなら大丈夫そうって思いましたね」

 

島野菜料理と、契約農家とのつながりの深さに魅力を感じ、浮島ガーデンで働き始めた。ここを拠点に奈保子さんの人の輪は広がり、昨年6月に自分の店をオープンした。

 

「思い出すと泣きそうになるくらい、たくさんの人の支えがあって今の私がいます。浮島ガーデンのバイト仲間で、今もよく会っている子には夫を亡くして弱っていた部分をサポートしてもらったし、この店も友人たちの協力なしにはオープンできませんでした。私は料理が好きだから、これでみんなに喜んでもらえたらうれしい。ちゃんとしたご飯を食べて、ほっとしてもらえる場所を目指したいと思っています。あと、いつか料理教室もしてみたい。みんなの意見を取り入れながら、お店はこれからどんどん変わっていくと思います」

 

「こうふくみちる」という思いを込めて名付けた、「ふくみつ」という名前。幸福、口福、満ちる、充ちるなど、いろんな意味を込められるように、ひらがなにしたという。

 

「この名前が浮かんだとき、頭の中に金色の光が降り注ぐようなイメージが見えたんです」とニコニコ笑う奈保子さん。お客さんに喜んでもらえるために、最善を尽くすこと。奈保子さんのひたむきな姿勢が、その名前にさらなる輝きを与えてくれるに違いない。

 

文/徳嶺綾子

写真/金城夕奈

 

ふくみつ外観
ふくみつ

那覇市壺屋1-30-16
open
水~土 12:00~18:00

日 11:00~17:00
https://www.facebook.com/fukumitsu29/