「面白ければいいんじゃない」
何事においても「面白いかどうか」が、きっと屋kitchen店主、テンコさんこと村松 典子(のりこ)さんには重要な基準。メニューを決める基準もそうだ。テンコさんにとって、「面白い」ってどういうこと?
「え、面白いっていうのは、面白いでしかないから…。えっと〜、例えば、『食べたことがない』とか、『なんだこりゃ』とか、『何が入ってるの?』とかは、面白いですよね。『だいたいこういう味だよね〜』ていうのは、慣れてて面白くない。『えっ、何これ?』ってなったときに面白いんですよ〜」
「面白い」基準をクリアしたメニューの1つが、インドカレーだ。
「1つのお皿の上にいくつかのカレーやご飯、おかず、デザートなどがついてるスタイルを、インドではターリーって言うんです。今日のは、チキン、野菜、豆のカレーで、全てベースが違うんです。チキンが入ってるのが、チキンビンダルーと言って、ワインとお酢のカレーです。野菜が入ってるのは、ココナッツをベースにしたカレー。その隣が、緑豆みたいな豆を使ったサンバルっていうカレーで、トマトベースです。ご飯の上で混ぜて食べたほうがおいしいですよ」
1つのトレーにいくつかのカレーが乗っているスタイルは、見たことも食べたこともある。その見た目から、無意識に味を想像する。が、その想像は見事に裏切られた。初めての味だったのだ。言われた通り、3つのカレーをご飯の上で混ぜて口にしたときだ。思わず「何っ、これっ?」と本当に口走ってしまった。これがテンコさんの言う「面白い」ということか。
ワインとお酢の入ったカレーは、ワインが味に深みを出していて、お酢のキリリとした旨味が全体を引き締めている。初めて食べる味だ。ココナッツベースのカレーはまろやかで、トマトベースのカレーは、豆とトマトの旨味がたっぷりだ。それぞれ美味しいのだけど、3つのカレーがごはんの上で混ざり合ったとき、まるで違ったものになる。深みと旨味が増して、複雑なようでいて、なぜかまとまっているのだ。どのカレーをどんな割合で混ぜても、不思議なことにしっかりと調和している。ちょっとずつ変化する味が面白くて、色んな混ぜ方を試したくなる。
「ベースが違うから、混ぜると楽しいでしょ。インドってカレーを混ぜて食べるんですよね。混ぜることによって味の幅が広がって飽きないんだはず。ご飯の上で何種類か混ぜて、どのカレーをどれだけ混ぜるかで辛さを調節できる。それでも辛いときは、そのヨーグルトのサラダも混ぜるとまろやかになりますよ。ヨーグルトはデザートじゃなくて、サラダ。塩とスパイスとショウガ、きゅうりと玉ねぎも入ってる。名前あるんですけど、なんだっけ、忘れちゃった(笑)」
驚きを生むカレーの味は、インドまで行って学んできたもの。テンコさんがその腕に覚えた味は、50種類にも及ぶ。
「お店をオープンして間もなく、東京でスパイス料理のカフェをやってる友人が、スパイスを大量に持ってやってきたんですよ。『面白いぜ、スパイス』って。多分20種類くらい持ってきたんじゃないかな。ほとんど知らないスパイスで、使い方のさわりだけ教えてもらったんだけど、やっぱりよくわからない。これってもしかして、インドに呼ばれてる?って、素直にインドへ行くことにしました。お店を思い切って2週間休んで、あ、研修ってことで(笑)、向こうでみっちり習ってきたんです〜」
インドの旅、報告ノート。お客に「どうだった?」と聞かれることが多いので、作ってしまった。
ナスのインドピックル。酢漬けの西洋ピクルスではなく、スパイスオイルに漬けたピクルス。ご飯に乗せるのはもちろん、ラーメンにトッピングしたり、鍋料理の薬味にも。
テンコさん手作りのチーズケーキタルトと、米麹で作った甘酒の豆乳割り。
カレーの面白さはスパイスと言い切る。扱いが一筋縄ではいかないところがいいのだ。
「カレーはね、ちょっと猫みたいな、『今日の私はわからなくてよ』って感じなんですよ。う〜ん、なんて言えばいいのかな〜。インドカレーを作るのにハマる男子って多いでしょ。そういう男子はね〜、私が思うに、ちょっとわがままな女が好きなんです(笑)。昨日は大さじ1でよかったけど、今日は小さじじゃないとだめじゃない、みたいな。同じようなんだけど、毎回違うのがカレーなんです」
スパイスの奥深さも、テンコさんがハマった理由の1つだ。
「スパイスって、中国もインドも同じですよね。スターアニスが八角、クローブが丁字とか。同じなのに、使い方が違うし、出来上がった料理の味も全然違う。中華系は、醤油とかと合わせるけど、インドで醤油は使わないし。それにスパイスって、入れるタイミングだったり、鮮度だったり、ものによってはほんのちょっとで、全然違った仕上がりになるんです。ヒングっていうスパイスなんか、2、30人分の鍋に対して、耳かき1杯くらいのほんのちょっこっと、それ入れなくてもいいんじゃない、くらいしか入れないんですよ〜。でもそのちょこっとに意味があって、入れるのと入れないのとでは違ったりするんです〜。それ自体は臭いのに、入れるとおいしくなる。でも全部のカレーに入れるべきじゃないんですよね。すごくないですか。面白い〜。日本にスパイスが入ってきたときは、カレー粉になって入ってきちゃったらしいんですよ。だから、インドでもない、中華でもない、日本風のスパイス料理が発達しなかったんですって。もし日本にもカレー粉としてじゃなく、個別にスパイスが入ってきてたら、違ったかもね〜」
テンコさんの作品
テンコさんが、文章、表紙のイラスト、印刷、装丁まで全部1人でコツコツ作り上げた本。なんと100冊も! 命があと2年しかないとして、やりたいことをやり尽くしたテンコさんの2年間の記録。出来上がった本は、人に譲るなどしてほとんどを手放したそう
テンコさんはもちろん、「面白さ」だけを追求しているわけではない。心を平穏に保ち、料理にはしっかりと魂を込める。
「店をオープンする前に、友人にメニューのプレゼンをしたんです。そのときは、小鉢がいっぱいついてる定食みたいなのを出したんですよ。そしたら友人に『小鉢、みんな大好きだよね。でもさ、これ1皿1皿に魂入ってる?』って言われて〜。『魂がちゃんと入ってれば、おむすび1個でもええと思うんやん』って。まさしく絶対そうだなって思って、その時のことが根っこにありますね。どれだけ魂を込めた仕事ができるか。だからご飯は魂を込めて作ってますよ。それが大事よね。オープンしたての頃には、お客さんに『ご飯を作るのは、気を入れることだから、怒っても焦ってもイライラしてもダメなんだよ』って言われて。それもすごく素直に聞いてます」
オープン当初は2つのメニューを用意していたが、1人で切り盛りしているため、慌ててしまうことがあった。慌てちゃいけない、自分のできる範囲でやらないとと、1日に出すメニューを潔く1品に絞った。現在は、インドカレー、重ね煮の味噌汁の和定食、ベトナムの麺料理フォー、シンガポールの汁料理バクテーと、ほぼ週替りだ。
「この店のコンセプトは『昔、疲れきっていた私に贈る店』なんです。私、前に勤めてたとき、疲れきっててご飯作れなかったんです〜。ひどかったですよ。芋1本だけとか(笑)。今来てくれるお客さん、イメージとしては、みんな昔の私なんです(笑)。だから、どのメニューも野菜が多めで、体に良さげなご飯。それに遅くまで仕事してても来れるように、夜は10時まで。けど私ほど働いてる人いなかったみたいで(笑)、10時なんて誰も来ないから、今は9時までですけど」
店名の「きっと」は、その当時テンコさんが創りだした架空の動物の名前だ。
「勤めていた時に、すごいパワハラにあってて、ぎゅうぎゅうされすぎて、ちょっとファンタジーだったんでしょうね、私。心にきっとちゃんが出てきて、毎朝粘土できっとちゃんを作ってたんです、『きっときっと』って言いながら。朝起きて歯も磨かず、顔も洗わずに。この子ね、背中にカゴを背負って生まれてきてて、有袋動物ならぬ、有かご動物(笑)。このかごに、ちょっとだけなら自分の荷物を下ろしていいよって、でも全部は無理だからねっていうスタンス。で、なんできっとちゃんかっていうと、『きっときっと』って鳴くから。私の話を聞いてくれるんだけど、相槌が全部『きっときっと』なんですよ。だから、マイナスな発言はタブーで、『私、大丈夫だよね、生きていけるよね』って言うと、『きっときっと』って言ってくれる(笑)。このきっとちゃんにずいぶん助けらました〜。なんとかパワハラを乗り越えられたんです」
テンコさんが作ったきっとちゃん。「その数100は越えてましたね。窓際がきっとファームみたいになってた(笑)」
そんな辛い経験も、笑えるエピソードに変えてしまうテンコさん。楽しいことや辛いこと、これまでの色んな経験が、テンコさんの「面白さ」を作り出している。先月は1ヶ月間、シンガポールとマレーシアへ行ってきた。スパイシーで真っ黒な汁料理バクテーを、更に極めてきたのだ。来年からは、そこで出会った海老系ヌードルもメニューに加える予定だ。旅をしてきたことで、アイデアがムクムクと湧いて、パワーアップしていると感じるという。
きっと屋とテンコさんは、これからも益々「面白く」なる。私達はまた、まんまと「えっ、何これ!?」と言わされてしまうに違いない。
文/和氣えり(編集部)
写真/青木 舞子(編集部)
きっと屋kitchen
名護市大南4-5-14
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