もだま工房/アーユルヴェーダ薬草栽培のフロンティア

もだま工房

 

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すっとするような爽やかな味のその奥に力強さが宿る。植物の生命力を閉じ込めたようなハーブティ。“アーユルヴェーダハーブ園もだま工房”のトゥルシーリーフティーを口にした時、そう思った。トゥルシーとは、インドの聖なるハーブでホーリーバジルとも言われる。安らかな香りが口の中いっぱいに充満して、鼻に抜けて、気持ちをほっと温める。思わず、ふうっとため息が漏れた。その癒やしの効果と味わいに驚き、それからもだま工房のトゥルシーリーフティーが忘れられなくなった。

 

聞けば、香りと味わいをよくするために、数種類のトゥルシーを絶妙なバランスでブレンドしているのだとか。もだま工房を主宰する彦田治正さんは、石垣島の山腹で、アーユルヴェーダの薬草を育て、ハーブティ等への商品化も手がける農家さん。いや農家にとどまらず、アーユルヴェーダハーブの研究者といってもいいかもしれない。

 

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ー彦田さんが、アーユルヴェーダの薬草栽培を始められたきっかけは何ですか?

 

キャンプが好きで、日本中をバイクでプラプラしていて。誰もいない西表島の廃村で、数ヶ月自給自足の生活をしていたことがあるんです。海に入ってお魚とって、山に入って野生化したパパイヤとかココナッツとか食べて。お米は持っていったんだけど、なくなってきたら飢えますよね。そしたらだんだんカンが冴えてきて。初めて見た植物でも、これは食べられるとか食べられないとか、自分が知っているかのようにわかるようになってきたんですね。

 

自給自足の生活から帰って、植物図鑑を調べたら、自分が食べられると思ったものは確かにその通りだった。そういう本能というのかな、呼び覚まされる世界があるんだなって。考えてみたらカタツムリだって、教わらなくたって、食べられるもの食べられないものがわかるじゃないですか。あんなちっこい脳でわかるんだから、人間にわからないわけはない。でも現代人はわからない。それはなぜかというと前頭葉が発達しすぎてしまって、本能が発現してこないんだと。

 

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ー飢えて感覚が研ぎ澄まされて、人間本来の能力が目覚めたということですね。それがどうしてアーユルヴェーダへ?

 

インドとかでは瞑想などを通して神様の声を聞いたりするじゃないですか。あれは、瞑想によって、大脳新皮質の働きを制御することによって、もっと本能や生命力に直結した古い脳の力を呼び覚ます手段でもあると思うんですね。神様の声とかいうと宗教っぽくて嫌う人もいるけど、それは人間の内奥に潜んでいる本能の声ですよね。教わらなくても食べられるものがわかって、怪我した時にどうすればいいのか知っている。本来人間にはそういう能力があって、古代インドの賢者たちは、深い瞑想に入って大脳新皮質の働きを休めることによって、そういうことを再発見し編纂していったんだろうなと。そして伝えられたものがアーユルヴェーダなんじゃないかと思うんです。

 

キャンプしてた頃、有名なアーユルヴェーダの先生の講演会が石垣島であって、パートナーが聞いてきたんです。そこで、アーユルヴェーダで使われる薬草が、石垣島では雑草として生えてるってことを知ったんですね。石垣島ってなんていいところなんだろうと思って。講演会では、ツボクサなどの薬草を使うともっと健康になれるよって話をされていたと。知らなければ「雑草」としてあるような身近な薬草の未知なる力と、知らなければ秘められたまま使われることのない人間の未知なる力がリンクするように感じて、非常に惹かれたんです。大切なものはとても近くにあると。

 

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ーそもそもアーユルヴェーダってなんですか?

 

アーユルヴェーダって、世界最古の医学というか哲学なんですけど、サンスクリット語のアーユス(生気、生命)とヴェーダ(知識)の複合語で、“命の知恵”という意味なんです。命を味わい尽くすっていうのかな。

 

アーユルヴェーダを知ったばかりの頃は、いってみれば現代医学のお薬の代用品、薬は副作用もあるから、それに代わるもので自然なものっていうイメージだったんだけど、それだけではないんだって、学びながらどんどんわかっていったんです。確かに薬草は効果があるものかもしれないけど、薬草はきっかけや手段でしかなくて、その裏側にある哲学というか生き方というか、言うなれば、自然と調和したもの。そういうのがテーマとして深くて面白いんだなって感じています。

 

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ーアーユルヴェーダとは、自然と調和して、命を味わい尽くすための哲学…。理想の生き方で興味が湧きます。

 

アーユルヴェーダには人生の4つの目的というのがあって、まずダルマといって、世の中の法則とか自分の使命を学びなさいというのがあるんですね。その次にアルタといって、経済的な手段を学びなさい、つまり生活を自立させなさいということですね。次に、お金を手に入れたら、喜びを享受しなさいと。カーマっていうんですけど、例えば美味しいものを食べるとか、そういうことも味わいなさいって。宗教的な教えは禁欲的で、まじめな感じが強いですが、アーユルヴェーダはストイックではないんですよね。ただ最後にモクシャといって、今度はそれを手放しなさいって。自分の手にしていないものは手放すことができませんよね。だから、それを手にすることも大切なんだと私は思います。手に入れ、手放す。そうすることによって見えてくる世界や、越えていける世界があるのでしょう。

 

だから、この4つは順番もとても大切なんです。そして、その一つ一つにたくさんの教えがあり、この4つを実践するうえで健康な体があったほうが良いから、健康法について伝えられています。つまり、アーユルヴェーダの目的とは有意義で幸せな人生であり、そのためには健康なほうが良いから、手段として健康について学びましょうということです。

 

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ー講演会の話に戻すと、沖縄では身近なツボクサが、アーユルヴェーダではとても大切な薬草ということですが。

 

ツボクサは脳に非常にいいと言われる薬草なんですね。例えば事故などで脳にダメージを受けると、脳神経は損傷した場所を迂回するように新たな回路を結んで機能を回復させようと頑張るのです。ツボクサは、その時に伸びてくる神経細胞の状状突起の成長を加速させるという報告があります。つまり、脳の機能の回復を高めるし、記憶力や認知能力を高める働きがあるといわれています。

 

20年くらい前、東京から沖縄に来たばかりの頃は、どこに行っても、お酒を飲む機会がすごくあって、このままでは俺の脳がどうにかなっちまうみたいな心配が必要なくらいでした(笑)。なので、ツボクサに脳を回復させる力があるんだったら作ろうって、最初自分のためにツボクサを育てたんですよ。ある程度できて、乾燥させてお茶っ葉にして友達にわけてあげたら、よかったって声が沢山届いたんです。調べてみたら中医学では、痛み止めに使ったり、中毒のデトックスにいいとか、肝機能を高める作用があるとか。自分の知らなかった機能がいっぱいあって、それをあげた友人達が実感して教えてくれる。「よかった、すごいいいもの教えてくれてありがとう」って言ってくれるんだから、もういいものに違いないと。じゃあもっとツボクサを栽培するかと始めたんですね。

 

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ー友人達が喜んでくれたのが、きっかけだったんですね。

 

インターネットで調べたら、当時日本ではツボクサを栽培してる人がいなかったんです。アーユルヴェーダの代表的な薬草が日本にはない。だったら誰かが育てれば導入のきっかけになるし、やってる人がいないんだったら、やったら面白いなと思って。しかも日本で育つかわからないって、そのチャレンジが面白いじゃないですか。

 

ほどなくして「アーユルヴェーダの薬草ができました」って、日本のアーユルヴェーダの学会に持っていったんですよ。そしたら当時、学会の理事長をしていた東邦大学の名誉教授の先生が、「栽培しているんだったら見に行こう」って石垣の自分の畑まで来てくれたんです。その時インドのアーユルヴェーダの先生も連れてきてくれて、色々アドバイスしてくれたんですね。ここはインドと気候風土が似ているから、シャタバリという女性の生殖器ホルモンの強壮や若返りにいいとされる植物も育つよとか、これもトゥルシーだけど、ホントのトゥルシーはこれじゃないよとか。トゥルシーってインドの言葉で、直訳すると「比類なきもの、比べることができないくらい素晴らしいもの」という意味のハーブなんですね。だけどそれが何種類もあるのがインドの奥の深さです(笑)。他にもいっぱい教えてくれて、僕もその後南インド行って、また色々教わって。またさらに可能性を感じたんですよね。

 

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ー誰も栽培していないと、面白さもあるけど、ノウハウもないでしょうから、大変だったのではないですか? 失敗はありましたか?

 

あきらめない限り「失敗」ではなく、それは「経験」という言葉があるじゃないですか。そういう状態ですね。諦めてないから失敗じゃないけど、うまくいってるかと言えばそれは微妙(笑)。インドと気候風土が似てるとはいっても、やっぱり違うし、インドのノウハウはこちらでは通用しないんですよね。全部手探りで進んでいくしかないけど、例えばセリ科の植物だったら、日本だったら三つ葉が近いかな、三つ葉はどうやって育てるんだろうとか調べたりもします。あとは1にも2にも観察です。病気が出るタイミングだったり、症状が似てるわけですよね。例えば、風がなければうどんこ病が発生するんですけど、うどんこ病が出たってことはもっと風があった方がいい植物なんだなとか、葉っぱが黄色く焼けてきたんだったら、この植物には日差しが強かったんだなとか。この虫が出たってことは、この虫の天敵となるものが近くになかったんだな、だったらバンカープランツといって、害虫の天敵が住み着く植物を始めから植えておこうとか、自然農法のテクニックを応用したり。

 

例えば、トゥルシーを育てました、飲んでもらえました、でも美味しくないよね、イマイチだよねってなったら、もうアーユルヴェーダが広まらないじゃないですか。これはすごいなって思ってもらえるくらいじゃないと。そしたら、ああトゥルシーっていいよねって、誰かがマネして作ったりしますよね。フロンティアだからこそ、妥協なくやる。商品にした時に認められるものじゃなければと思っています。

 

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ーでも日本では薬事法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)の規制があって、アーユルヴェーダの薬草など普及しにくいと聞いたことがあります。

 

日本の法律では、「もっぱら医薬品」と指定された薬草類は勝手に販売しちゃいけないんです。この法律の趣旨は、適切な知識のない状態でクスリと思って薬草に頼ってお医者さんに行く機会を逃して、余計に病状が悪くなってしまったりすることがないように作られたものですから、そういう基準は当然必要なわけです。だけど、現代はインターネットがこれだけ普及し、誰もが自由に情報にアクセスできるようになっているのだから、一律に販売に規制をかけるのではなく、禁忌事項や注意書きを必ず添えることなどの条件を課した上で、もうちょっと規制を緩やかにしてもよいのではないかと思います。

 

例えばトリカブトみたいな危険なものはきちんと薬局以外での流通を制限しなきゃいけないけど、副作用がそれほど強くなくて、日本以外の海外では自由に流通しているものを、日本では漢方薬の原料になっているから“薬”なので制限しますっていうのは、ちょっと違うかなと思います。

 

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ー薬事法が、いい薬草を知る機会を妨げてしまう面もあるということですか?

 

いい薬草で副作用もほとんどなくて、漢方薬の原料にもなる。でも薬だからって法律で流通の制限をして、その結果みんなが忘れてしまった。そういう薬草がいっぱいあるんですね。医食同源て言葉がありますよね。医療と食事は同じ。だけども日本では食薬区分といって、薬と食は別ですよって分けられちゃっている。そして「薬」は、薬局で買いましょうとなっている。そうすると自然なものがわからなくなる。たぶん昭和30年代までは田舎に行けばどこでも、地域の薬草が食事や生活の中に取り入れられ、活用されていたと思います。ですが、おそらくアジアの中で 、そういう知識が一番すたれてしまっているのが今の日本ではないでしょうか。

 

例えばハマスゲっていう植物があるんですけど、これは漢方薬では“コウブシ(香附子)”っていいますし、アーユルヴェーダでは“ムスター”っていう薬草なんですけど、とてもストレスにいい。ストレスが原因の胃痛にいいし、女性の生殖器系にもいいんで、漢方薬の原料にもなるんです。でも日本でハマスゲって検索したら、強い雑草の代名詞のようになっていて、検索してみると「ハマスゲを枯らす除草剤がありますよ」というような厄介者扱いの情報が上位を占めます。ハマスゲがいい薬草だっていうのを、日本人はほとんど忘れてしまったんですよ。我々ハーバリストも勧められないから。だって扱えないんだもん。そして、こんなにどこにでもある草なのに、漢方薬の原料としてほぼ100パーセント中国から輸入しているんです。こういう薬草の情報を含めたものをインターネットでもっともっと広めて、みんなが使えるようになったら。これだけ膨らんだ医療費の抑制にもつながると思うんです。

 

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ー海外ドラマなんかを見ると、外国ではもっとハーブや薬草に親しんでいる感じがありますね。

 

例えば韓国の一般のその辺のお母さんが、どれだけ薬草に詳しいか。韓国の人口は日本の約半分ですが、生薬の流通量は10倍くらいあったはずです。だからこんな時はこの草だよとか、こんな時はこの葉っぱを煎じたらいいよとか、医食同源が実践されてますよね。中国もインドもそうですし、というかアジアでそうじゃないのはたぶん日本だけじゃないでしょうか。痛み止めや風邪薬を否定するわけではないけど、スパイスやショウガなどの香味野菜で体調管理をしてしまうアジアのお母さんたちはかっこいいと、個人的には思います。

 

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ー医食同源が実践されて、植物の力を活用するようになったら、日本人はもっと健康になれるということですね。

 

そう思います。ですが医食同源でも、例えば玄米菜食がいいとかグラノーラがいいとかスムージーがいいとか、色々な食事による健康法がありますけど、体質について語られることが少ないように思います。アーユルヴェーダにはトリドーシャ理論っていうのがあって、大雑把に言うと風、火、水の要素の組み合わせによって人はそれぞれ体質が異なります。この3つの要素をバランスよくすることで、より健康になるわけですが、体質にとってのバランスなので、好ましい食べ物とそうでないものは人によって違うと考えるんです。

 

例えば玄米は体にいいといっても、風の要素が強い人は消化力が弱いので、軟らかめに炊かなければ、その栄養を吸収しづらいとか、火の要素が強い人は消化力では問題なく玄米でも食べられるけど、玄米の持つ熱の要素は火の要素をさらに上げるので、毎日はやめたほうが良いとか。スムージーでも、グラノーラでも同じで、スムージーの持つ冷たい性質(温度でなく食品の持つ性質)やシリアルの持つ乾いた性質や軽い性質は風の要素を強めてしまうので、人によっては体調が悪くなることもあるわけです。でも、これはいいとなると流行で自分の体質を考えることなく飛びついてしまう傾向が、今の日本にはあるように思います。

 

アーユルヴェーダとか東洋医学は、体質論でやってるものだから、ベースになるそういう哲学がもっと広まれば、日本人はもっと健康になれると思うんですね。それにそれは、すごく面白い世界観です。そんな世界観をのぞいてみる、そのきっかけの1つになればいいなと思って、もだま工房をやっています。

 

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ー彦田さんの夢は、日本人をもっと健康にしたいということなんですね。他にも夢はありますか?

 

色んな植物、日本であんまり育てられていないものも育てて、アーユルヴェーダを学んでいる人が、ここに来たらその植物が見られるよって、そういう場所を作りたいと思ってるんです。開いちゃった土地にいきなり木を植えても育たない。まずはハーブを植えて、滋養豊かな土地にして、木も育つようにして。ゆくゆくはここをアーユルヴェーダの森にしたいと思っているんですよ。

 

写真・文/和氣えり(編集部)

 

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石垣市桴海478-2
http://www.tubokusa.com