「これね、平和と自然を愛している生産者がすごく一生懸命作っているワインなんです。アクセル・プリファーっていうのが彼の名前です。まだ若くて、ヒゲがモジャモジャで素朴な感じでしょう?」
ワインについてならいくらでも喋れるという、ワイン店un deux trois店主 加藤陵さんは、その生産者の写真を見せながら熱く語り始めた。
「フランスワインなんですけど、アクセル・プリファーの生まれは東ドイツなんです。彼が大学に通っていた頃、東ドイツは兵役があったそうなんですよ。でも彼は戦争に加担するのが嫌だったんですね。慈善活動とかして兵役を免れる方法はいくつかあったらしいんですけど、その慈善活動自体が戦争のシステムに加担することになるから、やりたくないと。それで彼は故郷を飛び出して、放浪の旅に出たんです。行き着いたのがフランス。そこで出会ったワインの生産者の情熱に触れ、感銘を受けて、自らもワイン生産者になることを決意したんです。彼の醸造所の名前は、“Le temps des cerises”(ル・トン・デ・スリーズ)といって、日本語に訳すと“さくらんぼの実る頃”という意味です。フランスの古い歌曲の名前ですね。戦争の被害に合った人が戦争を憂いて作った歌なんですけど、そういう思いをいつまでも忘れたくない、自分は野蛮なことはしたくない、自然と平和を愛したいってことで、この名前を付けたそうなんですよ」
加藤さんがお勧めするLe temps des cerisesの白の1本は、キリリと引き締まった辛口。香り高さが鼻に抜け、丸みやふくよかさが充満する。生産者の生い立ちを聞いたからだろうか。その味わいは、平和を謳歌し、人生の喜びに満ちているよう。派手なきらびやかさではなく、地味で控えめだけれど、じわじわと余韻を残す喜び。ワインの作り手の物語と、その味わいがリンクした。加藤さんが、言葉を続ける。
「僕は、ワインを特定の人の特定の存在にしたくないという思いがあって、広くワインのファン作りがしたいんです。ファンって人につくものだと思うんですね。だから、ワインの味わいよりも、その生産者の人となりを伝えたいんです。ナチュラルワインは、作り手の思いとか背景があって、味わいがすごく個性豊かなんです。ですから、自分の好きなワインを見つけやすいと思います。みんなのナンバーワンを飲むんじゃなくて、自分が本当に好きなワインを見つけて欲しいですね」
そもそもナチュラルワインってなんだろう? 自然派ワイン、ビオワインなど耳にしたことはあるが、同じ意味なんだろうか? 加藤さんが最近のワイン界の動きを教えてくれた。
「オーガニックが注目される昨今、ワインも例外ではないんです。2011年頃は、自然派ワイン、ビオワインって言っていたんです。これはブドウの農法の話、有機農法の話ですね。ワインの製法、ワインの作り方にはフォーカスしていない。するとどういうことが起こったかというと、有機農法さえやっていれば、ラベルに自然派ワイン、ビオワインと書けるので、その後の作りが雑だとしても、よく売れたんですね。結果そういうのが出回って、そもそも美味しくないっていうのも多かったんです。“ビオワイン”ってラベルに書かれているから美味しいんだろうと思って買ってみたら、全然美味しくなかったという経験をされたことはありませんか?
2015年くらいから出てきたのが、ナチュラルワインという言葉です。ナチュラルワインはワインの製法にもフォーカスしているんです。その蔵に住み着いている天然酵母で発酵させて、酸化防止剤を極力添加しない。そして極力濾過しないんですね。イメージとしては、オーガニックの畑からブドウを採って絞ればワインになるって感じです。酵母や酸化防止剤を付け足すとか、濾過するとか、そういう足し算引き算をしないのが、ナチュラルワインなんです。家族経営だったり個人だったりの小さなワイナリーで、自身の目の届く範囲で丁寧に作られているんですよね。もちろん一番の目的は、売れるワインを作ることではなく、美味しいワインを作ることなんです」
そう言えば加藤さんお勧めのアクセル君の白ワインは、透き通っていなくてかすかな濁りがあった。その濁りは、濾過していない証で、自然の旨みや個性の源。それに木の樽の香りがした。ステンレスのタンクではなく、天然酵母が沢山住み着いているであろう木の樽で、じっくりと発酵させているのだろう。これがアクセル君のワイン独特の、ふくよかさや丸みを生む理由。
「ナチュラルワインは、飲むと生産者の顔が浮かぶんですよね」
加藤さんがぽつりと言ったその言葉に、うなずかずにはいられなかった。
un deux troisは、どこでも見かけるようなワインは扱っていない。今まで飲んだことがない個性的な1本と出会えることも。加藤さんは、東京や那覇のワインショップで10年ほど勤めた後、昨年(2016年)このお店をオープンさせた。当初からナチュラルワインのお店にしようと、それ専用のワイン庫もある。尊敬するある人との出会いから、この店の方向性を決めたという。
「東京に“uguisu(うぐいす)”と“organ(オルガン)”というビストロがあるんですけど、そこのオーナーシェフの紺野真さんと出会ってからです。料理とナチュラルワインが評判のお店があると聞いていて、東京へ出張へ行く際に行ってみようと。その頃は、ナチュラルワインはなんとなく関心があるくらいでしたね。そしたら衝撃ですよ。美味しいし、記憶に残る店。もちろんお店も料理も素敵なんですけど、それ以上に自分の記憶にとどまっているのは、紺野さんのサービスなんです。行く前にお店に電話して『ワインの勉強をしていて、沖縄から行くんです』とお伝えてしていたら、彼は忙しい中キッチンから出てきて、直接沢山教えてくれたんですよ。紺野さんが初めてでしたね。自分が出会ったワインの説明をしてくれる人で、生産者の話をしたのは。『この人はこういう人で、こういう思いで、こういうワインを作ってるんだよ』って。たいていは味わいの話で終わるんです。紺野さんの話は、ぐーっと惹きこまれましたね。すごく惹き込まれて、自分の目指したいスタイルはこれだって決まったんです。紺野さんみたいになりたい、生産者のストーリーを伝えていきたいって」
それまで加藤さんがずっと抱えていた思いと、ナチュラルワインが重なりもした。
「ワインを難しいものにしたくないっていうのがずっとあったんです。難しい知識を入れて、しかめっ面して飲んで、美味しいですかっていうことです。だからワイン生産地の地元の人が普段飲むようなワインをお勧めしたいと思っていたんです。世界中に発送するようなワインだったら、培養酵母を沢山入れて、酸化防止剤も入れて、工業的に作るんでしょうけど、地元で飲むのは、そういうのいらないですからね。そう考えると、ナチュラルワインって何も目新しいものじゃなく、地元の人が普段飲んでいるワインなんですよね。自分が元々伝えたかったのは、ナチュラルワインだったんだと腑に落ちました」
ワインを難しいものにしたくない、ワインファンを増やしたいという思いは、店のそこここに現れている。加藤さんはソムリエ資格を有しているものの堅苦しくない格好で店に立ち、気軽に立ち寄って欲しいと、店舗は中が見えやすいガラス張りにした。さらにその現れは、ワインの陳列棚にも。
「うちのお店はポップを貼っていないんですよ。文字にすると、カタカナや専門用語が多くなってしまって、みんな眉間にシワを寄せて一生懸命見ているんですね。僕がその様子を良しと思えないし、挙句『ワインって難しいんだね』って敬遠されてしまう。だからお客さんと気楽に会話しながら、そのお客さんに合ったものをお選びしたいんです」
加藤さんは、ワインのワークショプなども積極的に開催している。
「僕も大好きな沖縄市のコーヒー屋さん、豆ポレポレさんとコラボするワークショップでは、コーヒーとワインを味わう時に見るべきポイント、共通点をご紹介して、実際に試飲していただくんです。どちらかに興味がある人は、2つの共通点が多くて、他方にも興味を持っていただけますね。それから飲食店の方限定で、ワインの勉強会をやったりしています。飲食店の方からまたお客さんへワインが広がったら嬉しいですし。あと首里のCONTEさんで、毎月“満月CONTE”という、ナチュラルワインとお料理を楽しむイベントをやらせてもらっています。自然農法では、満月の日に野菜などを収穫するんですね。月の引力で植物の生命力が一番満ちるからで、ブドウも一緒です。この影響から、満月の夜にナチュラルワインが一番美味しくなると言われているんです。県外では、満月の夜にナチュラルワインを味わうっていうイベントが結構あって、沖縄でもやりたいなと。CONTEさんのお料理は、ナチュラルワインと同じで、派手さはないかもしれないけれど、素材の美味しさを活かした丁寧なお料理なんで、ぴったりだなと」
構えることなく、楽しくワインを“un deux trois” 1,2,3と知ってほしい。そんな思いを店名に込めた。ワインについて何も知らなくたって、気軽にナチュラルワインに出会い、自分好みのそれを探す第一歩になるお店。でもこれだけでない、un deux troisにはもうひとつの意味も。
「1杯、2杯、3杯とどんどん進んじゃうような美味しいワインをご紹介したいという思いも、込めています。ナチュラルワインってほんとに美味しくって、気がついたらすぐ1本空になってますよ(笑)」
写真・文/和氣えり(編集部)
ワイン店 un deux trois(ワインテン アン・ドゥ・トロワ)
読谷村都屋237-4
098-923-2852
11:00〜20:00
close 月
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