木漆工とけし 普段つかう、“ふつう”の漆器。

 

 

ハッと目を引くのは、質感と色。銀彩のようにも見える陰影に富む光沢。指先で撫でたくなるかすれた凹凸。錫色(すずいろ)、鈍色(にびいろ)、錆色(さびいろ)と、ぴったりの名前を見つけ出すまでには、頭の中をたくさんの言葉がかけ巡る。

 

質感と色は、いわば表の顔。それをひと通り堪能した後に気づくのが、そのフォルムの美しさ。お椀の丸みは、両手を合わせて包みたくなる。平皿は、縁の緩やかな返しが艶かしく、匙の先は、儚いほどにか細い。どれも、長時間眺めていても飽きない深さを宿している。

 

 

 

一見してはわからないが、この器、実は漆塗り。若い沖縄の作家、渡慶次夫妻が開いた工房「木漆工とけし」の漆器だ。漆器といえば、黒と赤の二色で、滑らかで強い光沢で、高台が付いていて、螺鈿細工が施されて…。そんな固定概念を、「とけし」の器は見事にくつがえす。二人が作りたいのは、“ふつう”の器。その想いは、愛さんの塗りに顕著だ。

 

「使う場面によって合う形や色、艶があるように思います。日々の生活の中で、実際に使うことで気づくことが多いですね。漆でどんな表情がでるのか見てみたいという単純な興味もあり、実験的にいろいろ試してみますが、最終的には食卓の上で使ってみて考えることが多いです」

 

愛さんの言う日々の生活とは、沖縄のくらしのこと。

 

「沖縄に戻ってきて生活をするようになり、こちらの環境に合わせたものづくりを意識するようになりました。環境によって食べ物も変わるし、光や湿度によって見え方も変わってくるので自然な流れだったかと思います」

 

確かに、その素晴らしさがわかるのは、料理を盛り付けたときだ。野菜をただ載せただけでも、その色鮮やかさや造形が際立つ。料理を目で楽しむことに一役も二役も買う。

 

 

 

木漆工とけし

 

生後7ヶ月の次女、きよちゃんの口に匙を運びながら、愛さんは続ける。

 

「5歳の長女は、匙は漆のものを選ぶことが多いです。子供たちが使ってるのを見ると、やっぱり気持ちよさそうですよ。軽いので、持ちやすいっていうのもあるんでしょうね」

 

木漆工とけし

 

きよちゃんは、漆の匙を口に入れツルンと離乳食を滑らせて、美味しそうに食べ進める。自然なものだからだろうか、口当たりも実に柔らかく優しい。使い心地もいいのだ。

 

漆器といえばハレの日、澄まし顔の料理のための形をしている。蓋が載り、脚で高く上がり、特別な日を意識させる。それも趣があって良いものだ。でも、漆器はいつでも使っていい。いつも使うからこその経年変化を、この日、渡慶次家の食卓で目にした。優しい艶やかさと、少し顔をのぞかせた木目。どちらも下ろし立てでは感じない魅力だ。

 

「使い込んでいくと自然な艶が出てくるんですよ。使った後に洗って拭く、ということを繰り返すうちに磨かれて、だんだんと育っていくという感じ。新品と一年くらい頻繁に使ったものを比べてみると、使ったものの方がずっと艶がでています」

 

 

木漆工とけし

 

漆器に限ったことではないが、日常的に使えば破損も多くなる。そして、いつか壊れる。それは物の宿命だが、渡慶次家では、壊れた時が物の寿命ではない。

 

「うちにまっぷたつに割れてしまったのを直したお皿があって。それを見ている娘は、何かあると『お母さん、これ直せる?』って聞いてきます。壊れたら捨てるんじゃなくて、直せばまた使える。漆のものも、割れても終わりじゃないんです。漆と米糊を混ぜた接着剤で割れたところをくっつけて塗り直せば、また使い続けることができます」

 

二人の言葉と暮らしぶりから、“ふつう”の道具に必要な様々な要素を知る。土地の暮らしに寄り添っていること、使い勝手がいいこと、繕えばまた使えること…。

 

 

 

 

新しい漆の魅力を生み出した二人が、今作りたいもの、それは、より“ふつう”の器。色も形も、もっと普遍的で存在感の強すぎない、でもしっかりとそこに在り自然と手の伸びるもの。

 

「とけし」のさらなる試みは、生まれたばかりの次女、きよちゃんの成長に合わせて見ることができそうだ。

 

「子どもの成長に合わせてちいさなお椀や匙などをつくりたいなと。行事ではかかせない重箱やお弁当箱なども作っていきたいですね。この土地の木を使い、ここに暮らす人に使ってもらえる器を作りたいと思っているんです。沖縄の木は気候や台風などの影響でまっすぐ育たなかったり、節やキズがあったり、材木としては扱いやすい木とはいえませんが、それぞれの特質や形状を見ながら器にしていく楽しみがあるし、身近な木を使える喜びがあります。最近は近所の方がいろいろな理由で伐採した木や、台風で倒れた木を持ってきてくれるようになりました。使う木は材木屋さんから買って来る事が多いですが、こうして身近な自然や人たちと繋がっていく感じが最近は本当に嬉しいな、と思うんです」

 

貴族階級の人だけが使う特別な器から、庶民がハレの日に包みを解く祝いの器へ、そして日々を豊かにする普段の器へ。日常遣いという変化を経ることで、「とけし」の器はきっと、沖縄の漆と器の新しい伝統を次の世代へつなぐことになる。

 

 

木漆工とけし

 

木漆工とけし
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木漆工とけしを購入できる店
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