写真・文 田原あゆみ
イラストレーターから画家を経て、濱野太郎氏は2008年から織りの世界に足を踏み入れた。
「油彩が好きでしたが、色を重ねていくと、深みが出る代わりに、濁ってしまうことが良くありました。
けれど、織物は染められた糸と糸との交わりなので、お互い影響を受けながらも全ての色が生きている。
様々な色の粒子がともに光を受けて輝いているのが見えました。それを見た時に、僕の表現はこれだ、と思ったのです」
この言葉の中に彼の持っている色彩への鋭い感覚が感じられる。
初めて彼の作品を見つけた時、私はベッドの上に寝転んでいつものようにダラダラとネットサーフィンをしていた。早朝6時頃。
Facebookにシェアされた、銀座のCATHEDRALというセレクトショップの写真に、ハッと目を奪われた。
目が覚めて起き上がると、シャキーンとベットの上に跳ね起きて背筋を伸ばした。
その色彩は美しく、色の組み合わせや計算なく織り込まれた模様にセンスの良さを感じたのだ。
見つけた、と思った。
その布をまじまじと見ていると、手仕事には素朴さにプラス、洗練されたファッション感覚が感じ取れたのだ。
いくつもの要素を兼ね備えていることに驚いた。
その写真はInoue Brothersというアルパカのニットを作っている二人の男性が、濱野氏のストールを巻いている写真だった。濱野太郎氏のインスタグラムを通してFacebookに投稿。それを私が発見したのである。
このVOL Ⅰでは、今回Shoka:へ届く布を彼が織るようになるまでの足跡を辿れたらと思っている。
濱野氏の織る布は設計図もとても簡単なものでほとんど直感的に進行してゆくのが特長だ。
なので一枚一枚がオリジナル。インスピレーションに任せて進んで行く彼のスタイルはまるで絵を描いているように見える。
実際に作品を観てみたい、会ってみたいと強く思い、早朝であることも忘れてFacebookで本人に友達申請をしてすぐにメッセージを送った。
送った後に、あらま朝の7時前だわと現実にも常識にも目覚めた。
送った後すぐに彼からの返信あり。
ぜひお会いしましょうと、トントン拍子に話が進んだ。
3月末に声をかけて、4月の頭に訪れた東京の上石神井にある彼のアトリエ兼住居。
その一階部分の半分は大きな織り機と色とりどりの糸たちが並んでいた。
初対面だった濱野さんは力強い目を持っていて意思の強さが顔の造形にも表れていた。
熱い情熱を語る言葉は、間違いなく彼のハートから発信されていて、弱さも一緒にちゃんと出せる正直な人だと感じた。
彼から聞いた経歴はざっと以下のようなことだった。
イラストレーターで雑誌関係の仕事を経て、画家へ転向。
あるとき友人から、
「織りは濱野さんにあっているかもしれませんよ、ぜひ体験講座を受けてみるといいですよ」と声をかけられた。最初は興味がなかったけれど、後日思い立って体験講座を受講。
その時に感じたのが、冒頭の「油彩が好きでしたが、色を重ねていくと、深みが出る代わりに、濁ってしまうことが良くありました。けれど、織物は染められた糸と糸との交わりなので、お互い影響を受けながらも全ての色が生きている。様々な色の粒子がともに光を受けて輝いているのが見えました。それを見た時に、僕の表現はこれだ、と思ったのです」
という言葉へと続いている。
彼は思い立ったら行動が早い人だ。
2008年の夏に織りの体験をして、これは使えるし売れるんじゃないか?と、すぐに職業につながることを確信し、翌年には織り機を購入。
織りに心血を注いで行く。
彼のその後の変遷はとても面白い。
織りの体験をした9ヶ月後にはオゾンクラフトフェアに参加。
中判のストールを低価格で出して完売。
2010年1月に西荻窪の安い1日貸しのギャラリーを3日間借りて初個展を開催。誰か来るんだろうかこんな無名の織り作家の個展に・・・と思っていたら、買い物帰りの道を歩いていた人が2枚3枚とストールを買ってくれて、その人がまた友人を連れてきて、と完売。
その中に大根を抱えてやってきた女性がいて、彼女は濱野氏のストールを気に入って購入、それを巻いてギャラリーみずのそらのオーナーに見せに行ったのだそうだ。
そしてこの事が2011年12月のみずのそらでの企画初個展へと繋がる。
覗いたお店の人や、そこにいた人たちに導かれるように次々とステップがやってきた。
けれど同時期参加したかった松本クラフトフェアに2年連続で落ちてしまう。なぜだろうと、いろいろな布の展示会を見て歩くうちに、あることに気がつく。
「なるほど!僕の作品は手を使う時間が足りていないんだ」
織りの世界の人の多くは、自分で糸を紡ぎ染色した糸を織っている。けれど当時彼は染まった糸を買ってきて織っていたのだった。
2010年5月。彼はすぐに図書館へ行き草木染めの本を借りて研究。シルクを50色染めた。
その2ヶ月後の7月には自分で染色して織ったもので個展を開催。
「シルクも織ってみたけれど、自分にはウールが合っていると思った」
どうしてそう感じたのかと聞くと、「その時の個展でも、夏なのにウールは完売してしまったのですけれど、シルクは残ったんです」と。
「いつも、個展や企画展に参加すると皆さんよく買ってくださって。ああ、これでまた次の糸が買える!、といつもギリギリの生活でした」
ウールが自分に合っていると確信した濱野氏は8月に紡ぎ車を友人から安くで購入することができた。
3ヶ月後の2011年1月に手紡ぎのストール展を開催。
吸収したらすぐ形へ。そしてすぐにマーケットへ。
正直この行動へ移す早さとがむしゃらさに笑ってしまった。
直感と感覚にひたすら従う姿が人間らしくて、嬉しくなって笑いがこみ上げてきたのだ。
きっと周りの人たちも喜んで手助けしたくなっただろう。
2011年10月開催予定の千葉にあるギャラリーらふとの「工房からの風」に申し込みをして審査に通った。
その4月のミーティングで織りの人々やその作品に触れた時に、独学でやってきた自分との技術の差を思い知った。
基礎を学ばねば。
そう感じている時に丁度九州で織りをしている人とTwitterでつながり、その人から筑後地方のものつくりを活性化して行こうとするプロジェクト『九州ちくご元気計画』に参加していた翔工房の田篭みつえ先生を紹介される。
必要なことがちゃんと準備されていることにただただ驚くばかり。
先生から「1ヶ月私の仕事の手伝いをする代わりに基礎技術を教えましょう」と言われた濱野氏は
意を決して初めて飛行機に乗って福岡へ。(当時、彼はパニック障害であったそうだ)
しかし初日に彼は自分が独学で学んできたことが初歩以下で、先生の手伝いすらできないということに気づき愕然とする。
とにかく濱野氏一生懸命織りを習う。
先生は仕事が増えて疲労困憊、痩せて行く。
その先生の姿を見て、僕ができるだけ吸収して先生のダイエットにも役立とう。先生ごめんなさい、と、ただひたすら手を動かしていただろう濱野氏の姿が当時のブログに残っている。
読んでいると先生の状況と、濱野太郎氏の心情がにじみ出ていてジーンとしてしまう。
一月が経った7月28日に東京へ戻る。
そして工房からの風に出品する作品を10月開催までの残り2ヶ月で必死に織った。
バイトなのに店長だった写真屋さんも休んで、先生のところで学んだことをベースにしてただただ織りまくったそうだ。
福岡の翔工房から帰ってきて、工房からの風のディレクターから受けたインタビューの記事がウエブにあったので是非読んでみてほしい。
当時の濱野氏の心情がありありと伝わってきて、読みがいがあるのだ。
本当になんて言ったらいいのか・・・・
誰かの形跡を辿る時、その人が正直でひたむきであればあるほど惹きつけられてゆくものなのだ。
下にリンクを貼っていますが、このやり取りがとても好きです。
以下「工房からの風 craft in action」の企画者からの風
http://hinanden.blog8.fc2.com/blog-entry-448.html
からの引用です
『Q
濱野さんにとって「工房からの風」ってどんな風ですか?
A
自分の作品を見直す大きな機会になっていると思います。
工房からの風がゴールではなくそこが門の入り口という感じ。
その先に広がる世界に進む為に荷物を揃え自らを鍛えてその日の為の準備をしています。
7月に翔工房の田篭みつえ先生のもとに、1ヶ月住み込みで学ばせていただいた事がいま生まれて来ている作品に多大な影響を与えておりましてこれも工房からの風への出展が決まった事で進んだ事。
僕にとっては工房からの風は後ろから猛烈に吹いて来る突風のような存在になっています。
その風を利用して前に歩んでいる。
そんなイメージがあります。
「工房からの風」というのは、きっと一色ではなくて、参加される方の心が映る色なのだと思います。
濱野さんはこの風をご自分の制作の進化に真剣に生かそうとされているのをひしひしと感じます。
こんなに取り組んでくださった濱野さんですから、風の終わったときには、嵐の後の浜辺に輝く美しい貝が心に散らばって、それが次の輝きへの鍵になっていくのではないでしょうか。』
そのあとも、彼のまっすぐな制作意欲は多くの人を惹きつけていきます。
つづく
これにて、濱野太郎の布展より「布の上の色彩 vol Ⅰ渦」は第2部へと続きます。
vol ⅡはShoka: HPにて近日中に公開します。
濱野太郎さんの美しい色彩感覚と、正直でひたむきな姿勢は情熱の渦となっているのでしょう。
私もその渦に惹かれて近づいた一人。
2016年12月半ばに2度目の工房を訪れた時、今回の企画展のテーマやイメージを聞いてみた。
『「海」が見えてきます。
ただそれがテーマというよりは、織りあがって見てみたらそんな気がした、というような感覚なのです。』
その時目にした布たちは色が冴えていて美しく、明るい色が目に鮮やかだった。
朝日を受けて輝く色、昼間に覗き込んだ深い海の底、夕暮れ時太陽に染まった海面・・・海と言われて見てみるとそんな風に見えてきたのだ。
それを見ていて、私は濱野氏に
「夜の海はとても神秘的でパワフルなんです。昼間よりも生命の力強さが息づいているように感じられるんです。あと、砂浜や岩場の景色も海の一部なんです。もしそれを表現したいと思ったらでいいので気が向いたら是非」
と伝えた。
彼はそれをこの年末年始に織り上げた。
The sea of the night.
Desert cloth
その布と出会うのがとても楽しみだ。
田原あゆみ
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次回の企画展とお話会開催!!
濱野太郎の布展
1月13日(金)~22日(日)
濱野太郎のお話会「色彩と渦』
1月14(土)
彼のひたむきさが多くの人を巻き込んで、たった8年で今の布を織っている事にただただ驚くばかり。
人が本当に好きな事に飛び込んでいくのはとてもパワフルで、ある意味これこそが日常の奇跡を関わる人全員に見せてくれるきっかけになるのだと感じています。日常に情熱を求める全ての方にこのお話会を捧げます。
是非時間を作ってご参加ください!
<お話し会詳細>
日付 1月14日(土)
時間 17:30 ~ 19:00 (開場 17:00)
場所 Shoka: 沖縄市比屋根6-13-6
参加費 無料
お申し込み方法
1.参加者名(全員のお名前を書いてください)
2.連絡先(ご住所・携帯電話番号・メールアドレス・車の台数とナンバー)
3.メールのタイトルに「濱野太郎さんお話し会参加希望」と必ず書いてください。
申し込み先 Shoka:スタッフ 金城&倉富 event@shoka-wind.com までメールにてお申し込みくださいませ。
*以下の点にご注意ください*
◯定員に達し次第締め切らせていただきます。けれどあきらめずにお申し込み下さいね。どうにか尽力いたします。
◯必ずメールにてお申し込みください。
◯Shoka:の展示期間中はお子様連れも大歓迎ですが、お話に集中していただきたいことから大人のみの参加とさせていただきます。ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
◯駐車スペースが限られていますため、車でいらっしゃる方はできるだけ乗り合せのご協力をお願いします。
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暮らしを楽しむものとこと
Shoka:
http://shoka-wind.com/
沖縄市比屋根6-13-6
098-932-0791(火曜定休)
営業時間 11:00~18:00