写真・文 田原あゆみ
人が猫に狂うように、犬は人に狂っているように思える。
いつだって撫でられていたいし、いつだって主と共にいたい。それが健やかな犬の本心だ。
うちには現在2匹の犬がいる。
ポーランドの国犬の牧羊犬で、Polish Lowland Sheepdog・通称PONと呼ばれる犬種だ。
右手の白い方がジャイ子。2006年生まれのおばあちゃん。性格は、謙虚でいじらしく、頑固で食いしん坊。人間にはつぶらな瞳を輝かせて近づき、ごろりところがり腹を見せ、撫でて撫でてと愛嬌を振りまく。が、同種に対してはけっして気を許さず、近づくと硬直した後唸るし吠える。ほぼ100%だ。
賢くて言葉を理解しているようだけれど、神経質で小さな頃から皮膚が弱い。フガフガと唸りながら体を掻くこと多し。家族の誰かが長期で欠けると毛が抜けて湿疹が吹き出すこともあった。
左手のちびはアラキ。2019年元旦の直前に生まれためでたい男の子。元旦にちなんでブリーダーがつけた呼び名はカズノコ。雄4匹、雌2匹・計6匹生まれた中の第一子・長男である。ビビリだが、自分は愛されているという強固な自信があるのだろう、明るくめげない愛され上手。そして、小型犬が大好き。大きな犬にはビビり気味でさっと存在を消す。そのくせ小型犬には尻尾をフリフリラブアピール。田原家への来客者に異常な愛情を示すようになったのは、うちに来る人たちが皆いい人だと気づいたからだろう。
網戸の張替えにきた人が、「困るな~」とつぶやくので見ると、アラキが作業中の彼の足の甲の上に顎を乗せて寛いでいた。気を許しすぎである。
PON、彼らは使役犬として人々と暮らし、その仕事を担う相棒として長い歴史を持つ。そのせいだろう、人間臭さのある犬種だ。
主人や家族に強い執着を持ち、どこへ行こうとついてまわる。
視線を感じて振り向くと、いつだってじっと見ている。
羊や家畜などの主人の財産を守るウオッチングドックとして培ってきた性質はDNAに深く根ざしている。現代生活で割り当てられる仕事がなかなかないので、主を見守ることに余念がない。
庭仕事をしていると室内の窓から、トイレに行くと、真正面に座って顔を見つめる。うざいのでドアを閉めて入れないようにすると、前足でしつこくノックする。
湯船に浸かっていると、隙間からこちらをじっと見つめている。
アラキの方を見ると、起きていればほぼ100%こちらをじっと見ている。
写真はアラキでいっぱいだけれど、今日の主役は白い方。うちに来て13年。なかなか主役になれなかった日陰のジャイ子だ。
得意げに上にのっているちびが幼い日のジャイ子。うちに来た3番目のポンで、写真の大きな方のぽぽがお留守番の時に寂しくないようにパートナーをと、迎えた子だ。
京都のブリーダーさんから写真を送ってもらい2匹の子犬の中から選んだ。選んだ理由は、お顔がお花みたいに可愛かったから。なのにどうしてブリーダーさんがこの子のことをジャイ子と呼んでいるのかわからなかった。
私の方では、写真のイメージに合わせて蓮(レン)ちゃんという名前を用意した。
ポンの子供はむくむくのころころ。私は丸くてふかふかしているのが大好きなので、期待に胸は膨らんだ。
がしかし、到着後ケージから出てきたその子はちょろ毛で痩身、四肢がひょろ長かった。え?なにこの子?本当にポンなのかしら?確かにお顔はあの写真の子にまちがいないのだけれど・・・。なんでこんなにぽぽが来た時の様子と違うのかしら?同じ犬舎なのに・・。と、正直にいうと内心がっかり。
そこに妹たちの「え!?全然ぽぽと違うね。本当にポンなの?」というドストレートな感想が追い討ちをかけた。やっぱり・・・この子はハズレなのかしら・・・。
もちろん気をとりなおして、声をかけそれなりに可愛がってはいたけれど、心の中のこの子のポジションは、私の犬の嫁。無条件に可愛いうちの子のもう一つ向こうにいるような存在感。。
手の焼ける子だった。言葉を聞いて理解している様子だし、いつも私たち家族の様子を観察し顔色をうかがっているようなところがあった。それなのに家の中でなかなかおトイレが覚えられず、粗相も多かった。わかっているのにわざと粗相しているように感じられた。ブリーダーの所ではしつけ済みということだったからなおさら、なんで?!と思ってしまう。
相当なかまってちゃんで足元に付きまとい、構わないでいると私の大切なものを次々と壊してしまう。
当時私のお気に入りだった白い靴を片方づつ2足、サンダルの紐を1足分食べてしまったのにはまいった。合計3足のお気に入りがお蔵入り。これもまた確信犯。私が悲しがるとわかっていてやってしまうのだ。
子犬が気を引きたくてする行為だと分かっていても、こんなことをする犬はほかに知らなかったので、小憎らしくて大声で叱ってしまう。そしてその後、小さく温かいものを攻撃してしまった罪悪感に苛まれてしまう。
ブリーダーさんがこの子のことをジャイ子と呼んでいた理由が分かってきた。
来て早々に蓮という名前から、ジャイ子という名前に逆戻り。
ジャイ子の夫、ぽぽの居場所はいつだって私のそば。
デスクで仕事をしている足元にはいつだってぽぽ。
ジャイ子が撫でて欲しくて私の側に来ると、ぽぽが全力で止めに来る。ぼくのママに近づくな!そんな剣幕。
だからジャイ子はいつでも物欲しそうで、人恋しくて、隅っこで丸くなって遠くからこちらを見ている。当時を思い出すと喉がきゅっと詰まる。
そんなみそっかす状態だったジャイ子にはすごく可愛いところがあった。すごく人間が大好きで、海に行って私たち家族全員が波に揺られていると、波が怖いのに勇気をだして飛び込んで一人一人のところに回ってきては顔を舐めてご挨拶。全員の顔を舐めたらいそいそと浜辺に帰って行く。彼女は私たち家族への愛情が深いのだ。
それに、家を留守にした後、私たちが戻ってくると大喜び!顔をくしゃっと歪めて笑うのだ。これほんと!
ポンは笑う犬としても有名だ。
なかなかその笑顔は写真で撮ることができなかったのだけど、笑顔に見えるのではなくて顔の筋肉を駆使して口角を上げ、はをむき出しにしてくしゃっと笑う。それに近い映像を探していたら、Youtubeに一つだけ見つけた。
(笑顔は一瞬なのでなかなか撮影出来なかったのでしょう。無理やりっぽいけれど・・・w)
ぽぽは無表情なのだけれど、ジャイ子は笑顔を作ってまで迎えてくれる。
なんとも律儀でいじらしいところのある子なのだ。それをわかっていても、どこかやっぱり私の中でこの子はぽぽの嫁。ワンクッション置いた向こうの存在のまま時は過ぎていった。
うちに来てもう大分経った頃、海に連れて行った時のこと。
誰もいない離島の海。さあ、今だと2匹を放した。
お尻ふりふり嬉しそうに走って行って、藪の中を探検しだした2匹を見守りながら私たちも海を散策。
どこにいるか耳をそばだてていると、音がどんどん離れてゆくことを察知して大きな声で呼び戻した。
ぽぽは嬉しそうに走って戻ってきた。が、ジャイ子は来ない。
いくら呼んでも来ないので、心配になり探しているとしばらくたってから種だらけになって姿を現した。すぐに戻ってこなかったことに軽いショックを受けて、彼女の様子を見ていると私と目が合わないということに気がついた。ぽぽのように私の目を穏やかにじっと見つめることができないのだ。
ジャイ子と私の信頼関係が全く育っていないことに気がついた瞬間だった。
かわいいかわいいボール気狂いのぽぽがぽっくりと死んでしまったのは2016年4月1日。
ぽぽは13歳4ヶ月。
後家のジャイ子は10歳半の時だった。
ジャイ子は状況が今ひとつ分からないのか、いつものように私を見て~~、撫でてちょうだい~、とアピール。みんながお別れにやってくる度に、愛を求めてごろんと腹をみせていた。
ぽぽが骨になって帰ってきた後も、寂しくて悲しくて仕方がなくて、きっと伴侶をなくしたジャイ子も辛いだろう。
そう思って振り向くと少し離れたところで寂しげに丸くなっているジャイ子。
私の足元までは遠かった。
なんだか急にいじらしく可愛く思えて仕方がなかった。
私のそばに行きたいのに、いつもそこにはぽぽがいて近づけない。
たくさん撫でて欲しいのに、なかなか撫でてもらえない。
ぽぽがいない今、その距離はそのまま私たちの心の距離なのだ。
夜になると寂しいのだろう、子犬のようにくんくん鳴く彼女をとうとう寝室に入れるようになった。
犬は大好きだけれど、わんこ臭いのが嫌で寝る時は寝室には入れていなかったのだ。
彼女はさっと入ってきて、すみませんねえという様子で部屋の片隅に行ったけれど、朝起きた時には私の枕側で丸くなって寝ていた。
それからずっと寝る時はその場所だ。
一人と一匹という暮らしが、少しづつ私たちを親密にしていった。
目を合わせないジャイ子の小さなお顔を両手で優しく包み、「ジャイちゃん」と優しく呼びかけ、おはよう、ただいま、ごはんだよ、と毎回声がけ。
もちろんお目々をじっと見て。そうすることで私の中の彼女に対する愛情も育ち、ぐんっと温かい絆が育ってゆくことを感じた。ぽぽの嫁で、貧弱なポン。みそっかすのかわいそうなジャイちゃんが、「私の犬」へと変化してゆく。
「私の犬」って所有物みたいだけれど、この子には私が命綱。私がこの子の一生に責任を持って面倒を見るのだ。そういう意味で私の犬。
あっという間に私の目をじっと見るようになったジャイ子との距離はぐんと縮み、ひと月経つ頃には私の足元に当たり前のように寝転ぶようになっていた。
あれ?ジャイちゃんの毛がむくむくになってきたね?!
久しぶりに会う人たちが驚いたように同じことを言うようになった。
そう、ジャイちゃんのチョロ毛はどんどんふさふさになり、細かった身体には肉がつき丸々としてきた。。
ぽぽのお葬式の時にはこんなだったジャイちゃんが、可愛らしいふかふかの姿へ変身していく様を思い出すと、今でも目頭が熱くなる。
みそっかすだったジャイ子は、2019年の今頃まで超よ花よと可愛がられ彼女の犬生の中のピークを老年にして迎えたのだった。
散歩をしていると、
「わ~ふかふかで可愛いですね~~。なんという犬種ですか?」
「わー綺麗な子~~」
「ゴージャスな毛ですね~~」
以前は決して言われることのなかった言葉をかけられる。
だから許してほしいよ、ジャイちゃん。
あなたのその健気な愛情に長いこと応えられていなかったこと。
私自信がくたびれて弱った時に、あなたはきっと側にいることを躊躇しなかっただろうけれど、私は長いことあなたたちをお店に置いて側にいてやれなかった。
二匹でいるから大丈夫だと。
今ジャイ子は13歳と4ヶ月。見た目は幼く可愛らしいけれど、すっかりおばあちゃん。
悲しいことに今年の2月の末から調子を崩し、すっかり弱ってしまった。
2019年4月頃。まだアラキはチビちゃんで、ジャイ子よりずっと小さい。
2020年2月。ぐっと老けちゃったジャイ子婆さんを支えるようなアラキはジャイ子の倍近くになった。
お留守番の時、ジャイ子が寂しくないように迎えた能天気な4番目のポン、アラキは誰も彼も独り占めしたいお坊ちゃん。
私がジャイ子を撫でていると飛んできて間に入り、ジャイ子をベロベロ舐める。
僕のジャイちゃん!僕のママ!僕のお姉ちゃん!!ベロベロベロ・・・・・。
ジャイ子が弱って寝ていても遊んで、とおねだり。
アラキが来るまでの2年間一匹で愛情と関心を独り占めできたことが幸せだったのか、それとも仲間が側にいる方が幸せなことなのか私には分からない。ジャイ子は犬に対して中々心を開かないし、全身で警戒態勢に入るところがあるので小犬を迎えてうまくいくのか当初不安があった。
けれど、迎え入れてみたら母犬から大事に育てられ、兄弟姉妹と仲良し団子状態で育ったアラキは愛情タンク満杯で、どんなにジャイ子に吠えられ威嚇され、疎ましがられてもめげなかった。あっという間に私たち全員の懐に入り込んだアラキをジャイ子はいつの間にか受け入れた。ちなみに、ジャイ子の母犬はジャイ子を育児放棄したらしい。なるほど、人になつき、犬を警戒するベースは生い立ちにあるのだな。
2匹ともに私の寝室で眠り、私が目を覚ました気配を感じるとまずアラキが嬉しそうにやってくる。耳の遠いジャイちゃんはもうしばらくしてからお尻を振りながらベッドサイドへ撫でて~と。
ああ、なんていうラブパラダイス。もうわんこのいない生活は考えられない。
彼らは全身全霊で主人に愛情を注いでくれる。
猫と違って、一緒に散歩をしたり、何処かへ連れ出したり子供を育てるように手をかけないといけない面はあるけれど、そのお陰で散歩やウオーキングができ引きこもらずに済む。活動的なエネルギーを彼らに補ってもらっている。
その無償の愛に心身ともに支えられて私は生きている。
こうして書いている間も、可愛いジャイちゃんとの別れの日が近づいているのを感じる。それを思うと切ない気持ちでいっぱいだ。彼女が小さい頃からの数年間してあげられなかったことを悔やむ気持ちは大きい。本当にごめんね・・・って思うことばかり。けれど、きっとジャイ子はただただ私のことが好きだった。
わんこたちのように無償の愛を生きられたなら、そこにはきっと妬みもないし恨みも残らないだろう。
もし、そんな感情が残っているように感じる飼い主がいたならきっとそれは飼い主側のしてあげられなかったことを悔やむ罪悪感から来るものだと私は思う。わんこたちはきっとまっすぐ天国へ旅立つだろう。
私はそう願っている。
私が戻る3/8日までジャイ子が待っていて入れることを祈りながら。
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2020年3/5
写真・文 田原あゆみ
沖縄生まれコザ育ち。
県外で15年過ごしたのち、2000年より親の営む店舗を継承。
沖縄市比屋根にあるShoka:オーナー
動物と旅が好き。
最後に愛犬とお別れを経験したことのある方におすすめしたいのが以下の絵本。
大型絵本で、絵も美しく優しく。もちろん言葉や内容が素晴らしいのです。
シンシア・ライラント著
「いぬはてんごくで」
https://www.kaiseisha.co.jp/books/9784033277707
暮らしを楽しむものとこと
Shoka:
http://shoka-wind.com/
沖縄市比屋根6-13-6
098-932-0791(火曜定休)
営業時間 12:30~18:00