古くて味わいのある木材のテーブル、錆びた色の美しいアイアンのチェアー。天井には木製のカヌーが吊り下げられランプを覆い、ドライにされたユーカリがなお渋みを加える。この、どこを切り取っても絵になる空間は、北谷町美浜の海を臨む場所にあるカフェ、VONGO & ANCHOR(ボンゴ・アンド・アンカー)。まるで海外のビーチリゾートにいるような気分になれる。
そんな店だから、たくさんの人がリラックスしにやってくる。早起きをして、テラス席でコーヒーを飲みながら海風にあたる。ランチプレートをお供に、大きなテーブル席で友人らと尽きないおしゃべり。はたまたモヒートを片手に、ソファに深く腰掛け、沈む夕日、真っ赤に染まる海をぼんやりと眺める…。
この店、数軒隣の小さなコーヒーショップ、ZHYVAGO COFFEE WORKS(ジバゴ・コーヒー・ワークス)の姉妹店とあって、コーヒーの種類が豊富にある。両店舗ともコーヒーを主軸にしながらも、一方はコーヒーの専門店、他方は食事やお酒も飲めるカフェと、その個性は異なる。オーナーの飯星健太郎さんは、ZHYVAGO COFFEE WORKSにあったらいいなというものを、このVONGO & ANCHORに詰め込んだと話す。
ーZHYVAGO COFFEE WORKSに次いで、このお店を出した理由は何ですか?
飯星さん(以下略):ZHYVAGOをオープンさせていただいてから、お客さんから様々な要望をいただいたんですね。「食事メニューはないの?」「アルコールやソフトドリンクはないの?」「団体では入れないの?」などですね。あちらはコーヒー専門店で狭いお店ですから、ご要望にお応えできなくて。ちょうどそんな時に「この場所を使いませんか」っていうお話をいただいて。だったら、ZHYVAGOにあればいいのにってものを実現させようと思ったんです。まずは団体様でもしっかり対応できるフロア、それから、食事もアルコールもと。それから何より営業時間ですね。ZHYVAGOはサンセットにクローズするんですけど、ここは夜10時までやっています。
ー様々に楽しめる上に、コーヒーはZHYVAGOのように種類が豊富ですね。
シングルオリジンのスペシャルティコーヒーの豆は常時3種類か4種類はあります。常に旬のものに入れ替えて、しかもなるべくZHYVAGOとバッティングしないようにしています。お客様がどうしても「エチオピアのビーンズがいい」とおっしゃったら、「あちらにありますよ」とか案内できるようにですね。それにコーヒーのメニューは、ZHYVAGOよりも多いくらいです。というのも、同じ豆でも淹れ方をお客様の方で選んでいただけるんですね。フレンチプレス、エスプレッソ、エスプレッソにミルクを混ぜたカフェラテ、ミルクの量が異なるマキアート、ミルクフォームが多いカプチーノ。エスプレッソにチョコレートを混ぜたカフェモカ。水やお湯で伸ばしたアメリカーノ。アイスだと水出しのコールドブリューもできます。
ーどうしてそんなに淹れ方の種類を多くしているのですか?
コーヒーは1日にどれくらい飲みますか? 朝イチに起き抜けにとか、打ち合わせのカフェでとか、仕事が一息ついてほっとした時とか。色々なシチュエーションがありますよね。1日に2杯3杯と飲まれる方は、ずっとどっしりしたコーヒーばかりじゃなくて、ちょっとスッキリしたものを飲みたい時もあるかもしれない。その時の気分で好きなように飲んで欲しいんですよね。ドリップで、とかフレンチプレスでとか、抽出方法によってコーヒーの織りなすキャラクターがありますから、こういうのもコーヒーの楽しみ方の1つだと思うんです。そういう提案をしていきたいなと。こういう飲み方があるんだってことを知ってもらうことが重要だと思っていて、今は知ってもらう段階かなと思っています。
ー淹れ方に選択肢があるのもそうですが、お店の内装も個性的で他にないように思います。内装も飯星さんが考えたのですか?
ここにあるもの100%、アメリカのポートランドから輸入してきています。1個1個全部自分で選んでいるんですよ。アンティークのバイヤーとかビンテージ好きのマニアックな人が集まる街があるんです。ポートランドから車で2時間くらいかな。そこの街はまず日本人は入らないですね。買うのはお店ではあるんですけど、僕はお店の人からすると変態だと思われていて、「お前が欲しいのは店にはない。ヤードに行け」って、「倉庫があるから、そこで好きなもの選んでいいよ」って。店頭にあるものは綺麗な売り物になっていて、もう出来上がってたりする。僕が物色するのは、売り物になる前のものなんで、ある意味ゴミみたいなんですよ(笑)。それを1個1個状態を見て、「これ使えるな、何個ある?」とかそういう会話です。例えばテーブルにしてるこの大木、杉の木なんですけど、丸太の状態で買って、仲間ら4名で運んで、沖縄に持ってきているんです。この脚にしているアイアンも、もともと別ですから、泥まみれで転がってるのを引きずりだして、このお店まで持ってきて、この木と組み合わせたら面白いなっていうんで作っています。ほとんど材料を持ってくるんです。泥だらけになってるのを洗って、修理するところから始めて。超地味な作業ですよ(笑)。
ー内装屋さんに任せることなく、どうしてそこまでご自身でされるんですか?
飲食店って料理だけできればいいっていうんじゃないと思うんです。美味しくて美しい一皿を作ったら、この一皿をより美味しく美しく感じられる雰囲気を作ることも大切ですよね。それを自分たちのオリジナルでクリエイティブに創っていくっていうのは、すごい必要なことだと思っているんです。資本があればどれだけでもできると思いがちですけど、ない方がいいんですよ。知恵が働くから。限られた予算の中で、どれだけクリエイティブに創っていけるか。お金払って職人さんを使って細かい打ち合わせをしていけばモノはできますけど、自分で触って創って、その一連のプロセスを味わいながらできたモノとは、全く違うものになりますよね。後者の方が汗がかかってるんで愛着が湧くし、そういうプロセスを感じられるようなものを、これからもやっていきたいと思っています。
ーイチから自分でデザインを描き、創るとなると、自身の感性がとてもに重要になりますね。どうやって磨いているのですか?
学校行ったり、本読んだりとか、そんなものではないんですよね。常に考えながら見ながら感性を開いている感じです。例えば車で走ってる時に、どの看板が最初に目に入ってくるかとか、色のバランス、コントラストとか、こういう色、組み合わせは、公道で日中だとすごく目立つんだなとか、そういうのをどんどん自分の引き出しに入れていく。それはお店の内装だろうが料理の一皿だろうが同じですよね。どう盛り付けるか、彩りを持たせるか、味のアクセントやキャラクターをつけるかとか。
あとは、旅に出ます。お店の中にずっといると、どうしても主観がメインになっちゃうので、外に出て自分が客観的にならないと。旅に出て自分がほとんど知らないところへ行って、お客様と同じような環境を作るんですよ。旅に出たら、情報はiPhoneくらいしかありませんよね。その中で、ストリートを歩いて、サインを見て、店内を見ますよね。そして何を食べたいと感じるか、選んだこのメニューに、どのような世界が繰り広げられていると感じるか。そうすると何かわかってくるんです。自分で感じた感覚とか、こういうの自分の街にあったらいいなっていうのとか常に感じながら、旅をしています。
ーそうやって自身の引き出しにどんどんインプットしていって、いざお店を創る時にどんな風にアウトプットするのですか?
僕の場合は、最初にお店の名前から考えるんですよ。お店の名前とかネーミングとか、かなりの数をストックしているんですけど、まず店の場所をみて、その中からピックアップしていく、というかピーンとくるんです。VONGO & ANCHORの場合、ここ、ホテルの1階ですよね。だから賑やかな感じがいいなと思って。VONGO(ボンゴ)っていうのは、太鼓で打楽器なんですよ。これが賑やかさとかリズム。anchor(アンカー)っていうのは船の停泊に使うイカリです。泊まるってことでホテルにもかかる。で、”賑やかな宿”ってことで、VONGO & ANCHORなんです。ボンゴは木でできている打楽器で、イカリは鉄製なんで、じゃあウッドとアイアンを多く使おうって。これくらいのキーワードで創っていくんです。
ー味わいのある木材をアイアンで引き締めていて、かっこいい空間ですね。細部にまでこだわりがあって、お店の世界観を感じられるのもお客として楽しいです。では、食事メニュー等のソフト面はどうやって作っていくのですか?
宿っていうキーワードがあるんで、じゃあ旅人になって、滞在中食べたいもの、飲みたいもの、過ごしたい雰囲気や環境って何だろうって、ソフトに入れ込んでいくんです。海外とか特にアメリカに行くと肉食が多いですから、かなりストレスを感じるんですね。そんな時に、こんなメニューがあれば嬉しいなっていうものを提案していこうと。栄養価が高くて、胃にもたれなくて、途中で飽きたりせずにお腹一杯食べられるもの。近所のお店を見ればわかると思うんですけど、ステーキ屋さんとかいっぱいあるんですよ。だったらうちは軽いもので徹底しようと。胃がもたれてるんで優しく食べたいとか、軽めに済ませたいとか、そういう方のためのお店でやっていこうと思っています。
ーランチプレートは野菜たっぷりでおかずの種類も豊富ですね。葉野菜もあれば根菜類もあるし、スープには煮込まれた野菜がたっぷりだし、酵素が豊富な生野菜もある。押麦などの穀物も入っていて、ヘルシーです。お肉や揚げ物もあるので、十分満足できますね。
僕は旅が長くなると、オーガニックのスーパーやファーマーズマーケットへ行って、新鮮な野菜をいっぱい買ってくるんです。調味料とかも調達して、コンドミニアムのキッチンで自分で作るんですよ。そしたら、だいたいこのプレートみたいな食事になるんです。ちょっと多めに作ってタッパーで保存しておけば、種類も多く食べられますし。
ーそもそも飯星さんがお店を出すのは、なぜ北谷のアメリカンビレッジなのですか?
僕、京都出身で東京から15,6年前にこちらに来たんです。で、北谷に遊びに来ますよね。衝撃を受けたんですよ。何て言うんですかね、京都とか東京にはないカルチャーがあったというか。でも当時のアメリカンビレッジって、ちょっと衰退期に入ったというか、観光客もあんまりいないくらいだったんです。地元の人も映画観るくらいでしか行かない街だったんですね。いいポテンシャルを持ってるのに、もったいないなと思っていて。海があって、西海岸で夕日もあってっていうキラーコンテンツがあるのに、うまく活かせてないって。自分なりに、こうやればいいのになっていうのがあったんです。でも知り合いもいないし、資本もないし、僕ができることと言ったら、お店を1つ創ることしかできなかった。個性、キャラクターのあるお店を出していこうと、その後2つめ、3つめを出しってやってきたら、「君たち、面白いことやってるねえ」ってこの辺の地主さんとかから声がかかって。「僕は北谷でこういう街を作りたいんです」っていう話をしたら、この街のディレクションに立ち会わせてもらえるようになったんですよ。
ー飯星さんはこれまでアメリカンビレッジに、ハンバーガー屋のJETTA BRUGER MARKET、オリジナルエプロンのINCHILL KITCHEN WORKS、そしてZHYVAGO COFFEE WORKSと、この”VONGO & ANCHOR”、全部で4軒のお店を出されていますね。今後は、どんな計画があるのですか?
ヒルトンホテルの近くで、ZHYVAGO COFFEE ROASTERS(ジバゴ・コーヒー・ロースターズ)という100坪くらいの規模のものを造る予定なんです。コーヒー豆を焙煎する工場兼カフェで、他にバーがあったり、ホステルがあったりするんですけど、ここに泊まりながら色んなことを吸収したり体験できるような場所にしたいと思っています。
ー飯星さんの造る街にはやはり、コーヒーが欠かせないんですね。
コーヒーって毎日、朝や食後や仕事の合間にって飲んで、日常的なものになっていますよね。だからコーヒーと、場所、人、空間は、密着しやすいと思うんですよ。僕は、街を作りたくて、その街を盛り上げるんだけど、コーヒーを中心として街に根付いていくもの、それがコーヒーのフォースウエーブのヒントになるかなと思っています。
ーコーヒーの世界では、もう第4の波が来ているのですか?
フォースウェーブを、僕が作ろうと思っているんですよ(笑)。じゃフォースウェーブってなんだって言ったら、多分提案だと思うんです。最初に「これがフォースウエーブだ」っていうのを、サードウエーブをやってる人たちが提案していかなきゃいけなくて、それぞれが言っていいと思うんです。今のサードウエーブをやり続けると、自ずとフォースウエーブにたどり着くと思っていて。指標を示してくれるのは、色んな意見を言ってくれるお客さんだと考えています。サードウエーブを体験しているお客さんの声にしっかりと耳を傾けることで、僕らとお客さんが共に作り上げていくんじゃないかなと。北谷に、独自のフォースウエーブカルチャーがあっていいと思うんですよ。
写真・インタビュー 和氣えり(編集部)
VONGO & ANCHOR
北谷町美浜9-49 ベッセルホテルカンパーナ別館1F
098-988-5757
9:00〜22:00(weekday)
8:00〜22:00(weekend)
https://www.vongoandanchor.coffee