「日本の紅茶ってまだまだなんですけど、日本人が本気で作ったら、日本の紅茶は世界三大紅茶に入ってもおかしくない。そういう気質が日本人には備わっています。日本で紅茶作りのプロが出てきて、世界の紅茶品評会みたいなのがあったら、間違いなく上位に日本人の名が連なりますよ。もちろんそこを目指しています」
迷いなく、力強く話してくれたのは、沖縄で紅茶作りをリードする金川(かにがわ)製茶代表、比嘉猛さんだ。
「日本人の気質に合うというのは、紅茶作りにはコツコツと研究を続ける真面目さと、香りや味を敏感に感じ取れる繊細さが必要ということです。うちの子でそんな繊細さを持ち合わせてるのは、長男。だから、うちを継げるのは長男しかいなかった。幼い頃は活発な娘が『お兄ちゃんがやらないなら、私がやるよ』って言ってたんですけどね」
比嘉さんは現在研修中の息子さんと二人三脚で、日本人の好む紅茶を目指し日々挑戦を続けている。
「香りと旨味がよりたおやかなものですね。渋さや苦味だけとか香りだけだと皆さん喜んでくれない。お客さんの声を聞きながら、他にはないものを目指しています。お客さんのアドバイスがあって今がある。皆さんのおかげなの(笑)」
暑さが和らいだある日、茶摘みの体験会が行われた。
にこやかに話してくれる様は、これまでの苦労を微塵も感じさせない。しかしその口から何度も繰り返される「手を抜かない」という言葉が、これまでコツコツと積み重ねてきた努力のほどを伺わせる。
「いいものをつくるためには、とにかく手を抜かないこと。基礎となるところをしっかりやらないと、いいものは生まれませんよ。基本は土です。うちは、不耕起栽培で全く耕さない。機械でいじると表層が流れていって河川の汚染につながる。環境を守れるのは、こういう自然農法です。土を作るというより、自然を守る、自然と共存するということ。うちの土は、保水性がいいけど、土砂降りのときには水が浸透して洪水にはならない。不要なものは流すけど、必要なものは確保する。土が自然にそういうふうになるんですよ」
比嘉さんの紅茶畑は、緑豊かな山間にある。畑の表面は藁のようなもので覆われていて、足を踏み入れると、ふかふかとした土の柔らかさを感じる。
「ある日ね、いらしたお客さんと畑を散歩してたら、一人の女性の姿が見えなくなったの。どこに行ったんだろうって思ったら、畑に寝っ転がってる(笑)。不思議なことするなと思ってたら、『土自体が気持ちいい』って。『土が生きてる、癒される』って。そういうお客さん、たまにいるんですよ。本物を見る目があるんですよね。そういう人は『畑が違う』と言って、誰よりも先に生葉を摘み取って、口にするんですよ。自分で、“農薬を使っていない、安心、自然、いいもの”ってことが、ちゃんとわかっているから。だから、絶対にウソはつけない。農薬使ってるのに、使っていないってウソをついたら、そういう人はすぐに気づきますよ」
最近こそ農薬を使わない栽培は増えている。しかし比嘉さんの茶園が農薬や化学肥料を使わなくなったのは、なんと比嘉さんのお祖父様の代からだ。
「僕は3代目なんですけど、初代のじいちゃんは肺がんで。それが農薬や化学肥料が原因かどうかはわからないけど。昔は、農薬を袋に入れて、その袋を棒でたたいて農薬をかけてた。それをマスクをしないでやるから吸ってしまったり。沖縄は元々そういう農業だったんですよ。じいちゃんは、自分の子や孫にはそんな農業をしてほしくないと、農薬を使うのをやめたんですね。自分達の健康を守るため、自分に害になるようなものは使うなよと言っていましたね」
紅茶専用品種で、やんばるの土“国頭マージ”と相性のいい“べにふうき”の畑。農薬を使わずに育てられたその木には、力強い新芽が数多く芽吹いている。
「土には微生物がいっぱいいて養分がたっぷりだから、しっかりした芽が出るんです。しっかりした芽、“芯”があるということは、そこからまた伸びていく力があるということ。養分がたっぷりだから、害虫があまり寄り付かないし、寄り付いたとしても木はへっちゃらなんです。土に力がなくて、化学肥料でやっていくと、養分のない力のない木になってしまって、害虫が発生する。そうすると味が落ちるから、高く売れない。悪循環ですね」
「一芯二葉はありきたりなので、今日は一芯一葉だけにしましょう」と比嘉さん。先のこの部分だけを摘み取る。
比嘉さんはおしゃべりしながらも、両手を使ってリズムよく、一芯一葉を摘み取っていく。紅茶の味をよくするため、手摘みの際には葉を選ぶコツがある。
「ツヤツヤとした赤い芽が健康な芽なんですけど、必ずしも赤い芽だけがいいというわけではないんです。紅茶にしたとき、味は健康な芽のほうがいいんですけど、香りの面からすると、ちょっと虫にやられてしわしわで不格好な芽もいいんです。健康な芽と虫にやられた芽、両方入れると味も香りもよくなるんですよ」
虫にやられた芽は、香りを高める傾向にある。けれどそんな葉はあまり見当たらない。ツヤツヤと光り輝く赤い芽は、見た目だけでなく、香りも忘れ難いものだった。
「カゴに顔を突っ込んでごらん。花の香りがするでしょ。さっきから風に乗って、ふわっといい香りがしてたでしょ。それ、カゴの中からきてるの。これは茶摘みをした人しか経験できないよ」
一芯一葉しか入っていないはずなのに、不思議なことに華やいだ花の香りをしっかりと感じ取れる。体験者たちは一様に驚きの表情を浮かべ、次々と笑顔の花を咲かせていた。
この日集まった、お茶を愛してやまないメンバー。左から、ティーショップニモレの伊禮さん、福原さん、TEA&STYLEの茶園さん、美ら花紅茶の上地さん。
摘んだ茶葉は、頃合いを見計らって製茶作業へ。作業に入るタイミングはその日の気象条件に左右され、微妙な判断が必要だ。
「時間が経ってくると香りが変わってくるように、茶葉は摘んだそばから、刻一刻と状況が変わっていくんですよ。いつ作業に入るか、その日の天候や湿度に大きく影響されますね。例えば萎凋(いちょう)という葉を萎れさせる工程があるんですけど、湿度が高い日に葉を長く置いていたら、萎凋が進まない。逆に晴れてカラッとしている日は、湿度が低いけど、時間を置き過ぎると萎れ過ぎてしまう。萎れすぎるのもよくないんです。その日の自然の条件などで、製茶のやり方を変えるんですよ」
作業工程を調整するため、金川製茶では様々なパターンに対応した製茶マニュアルが存在するという。細かくマニュアルを作成するのには、過去の苦い経験があるからだ。
「10年くらい前になるかな。製茶工程で失敗したことがあって。失敗というのは、自分が飲んでみて『飲めないな』と思ったとき。それで大量に捨てたことがあるんですよ。まあ捨てるというか畑に持っていって、肥料にしました。金額にすると結構な額の量。みんなは『捨てるなんて勿体無い』って言うんだけどね」
体験会で摘んだ茶葉。その日のうちの製茶して翌日には届けてくれた。
それを売って信用を失うほうがマイナスが大きい。なぜなら、お客は二度と来なくなるから。捨てる勇気を持てたことはよかった、と言い切る。この経験から、二度と失敗はしないと、常に“試験”を繰り返すようになった。手で茶葉を摘んでは、どんな製茶工程が適しているか実験を繰り返すのだ。この結果を踏まえ出来上がったものが、製茶マニュアルだ。
「紅茶は茶葉を摘むチャンスが年に2,3回しかないでしょ。でもその時だけしか試験できないんじゃ全然足りないんですよ。だからその間にも、試験を繰り返すんです。多いときには、毎週やっていますね」
収穫時期が限られている紅茶だが、比嘉さんに休む暇はない。しかも数多くの試験を、ただこなすようなことはしない。毎回テーマをしっかり決めて試験に臨むのだ。
「試験のときは、一つひとつ作るお茶に意味を持たせるんですね。例えば『今回は香りのこういう部分を出してみよう』とか、『葉の水分を飛ばす割合を1パーセント刻みで試してみよう、今回は30パーセントでやってみよう』とか。今までは作ったら売れる時代だったけど、今はそうじゃない。それにテーマを決めた方が作っていて面白いし、販売するときに自信を持って販売できる。『商品の特徴は?』と聞かれて、『品種はこうで、真面目に作りました』だけだったら、教科書通りで面白くないでしょう」
比嘉さんは、製茶試験に取り組むと同時に、次の試験のマニュアルを頭の中で組み立てる。
「今回のマニュアルの良し悪しを確かめながら、次回のマニュアルを作るんです。製茶していると、次の課題が簡単に見つかるんです。作りながらだから、味見して、渋いと思ったら単純に『次回はもっと渋みを抑えよう』とか、香りが弱かったら、『香りを強く出すために、萎凋の送風を強くしてみよう』とか。作りながらだと、葉っぱから色んな情報を受け取れるし、香りも立ち上ってくるんで、イメージが湧きやすいんですよね」
マニュアルは、芽の状態や気候、季節ごとに作られ、それぞれが最良なものへと更新を重ねている。こうして父から息子へ、一子相伝の技術は日々生まれているのだ。
茶摘みの後、振る舞ってくれた紅茶。「乾燥機の間から漏れた茶葉を集めた自家消費用です(笑)。芽はとてもいいものですよ」
「今回のような一芯一葉で100芽摘んでも、製茶したら2グラムにしかならない。1杯分にもならないですよ。基本的な日本茶より若い芽で摘採するため、製茶すると4分の1から5分の1くらい大幅に量が減ってしまうんです。紅茶の木は、植えて茶葉を摘み取れるようになるまで、早くても3年はかかりますしね。紅茶作りは甘くないし、根性が要りますよ」
そうこぼす比嘉さんだが、妥協することなく、とことん追求するのは、喜んでくれる人がいるからだ。
「教科書通りにやるより、これだけ細かく設定してやったものの方が確実に品質が高くなるんです。手をかけた分だけ、結果が出ます。そういう楽しみももちろんありますが、一番は、皆さんの『美味しい』の言葉があるからですね。今日のお茶会のときのようなね」
この日、茶摘みを終えた後、そのまま製茶工場内で、即席のお茶会が開かれた。集まったメンバーは、茶葉の販売店やティーサロンの主宰、お茶の講師など、その道の専門家ばかり。比嘉さんは、この日のために特別なお茶を用意しておいてくれた。やぶきた種の釜炒り日本茶なのだが、葉の部分が入っておらず、なんと一芯の部分だけ。お茶の世界では、芯の部分が多く含まれているほど高級茶と言われている。そんなお茶を知り尽くしたメンバーの1人が、「芯しか入っていないお茶なんて飲んだことがない!」と舌を巻くほどのものだった。
「息子が、『今日のために皆さんにサービスしようよ』と言い出して。『手摘みで一芯だけを摘むって、お前そんな大変なことするの?』って聞き返したくらい(笑)。でも皆さんの『美味しい、美味しい』って心から喜んでくれている表情を見たらね、よかったなって。お客さんから直接、目の前で、『美味しい』って言われるのが一番の喜び。やる気出ますよ(笑)」
シルバーに輝く一芯だけの日本茶は、旨味たっぷりで、まるで上品な出汁のよう。あまりの美味しさ、珍しさに、「ぜひイベントで提供したい、1回分だけでいい、こんな特別なお茶をお出ししたい」と懇願するメンバーが。こんなお茶は二度と作れないと思っていた比嘉さんだったが、提供することを快諾した。その喜ぶ顔を見て、「その喜びを次のお客さんに繋げられるのであれば」とのことだった。
銘茶茶館カメリア・シネンシスの大津さんが、茶器を持参して、丁寧に淹れてくれた。「ペットボトルもいいけど、こうやって急須で淹れた日本茶をもっと楽しんでほしい」と比嘉さん。
背の高い器、聞香杯で立ち上る香りも楽しんだ。
比嘉さんは、息子さんと二人きりで、根を詰めて紅茶作りに没頭しているわけではない。楽しさ、喜びをみんなで分かち合いたい気持ちが根本にある。この日みんなで摘んだ茶葉は、名古屋で開催される紅茶フェスティバルのグランプリ部門に出品する大切なものだった。それを「皆さんで楽しく摘んだ方が、皆さんの思いも一緒に出品できる」と貴重な機会を分けてくれた。そんなおおらかさをも持ち合わせているのだ。
「僕らの紅茶作りは完成しないですよ。完成したら終わりですから。だからお客様には『来年はもっと美味しくなります』って毎年言っています(笑)。欲張らずに1歩ずつ。お客様にいい喜びを与えられたらと思っています」
昨日よりも今日の紅茶。世界の高みへの階段を、1歩ずつ確かな歩みで登っていく。香りとともに、皆の思いをも紅茶のリーフに閉じ込めて。
写真・文/和氣えり(編集部)
金川製茶
名護市字伊差川494-1
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