「旅の灯火」 

写真・文 田原あゆみ

 

田原あゆみエッセイ

 

 

2014年は私にとって、山あり谷ありの内面的にハードな一年だった。
内面に向かうエネルギーが強く、よく内にこもっていた。
その反作用なのか、2015年は何かが弾けて外に飛び出すことが多かった。

 

うじうじと内側に向かっていた力が、臨界点を超えて外に私を押し出したのだ。

 

年末年始はインドネシアへ。
2月は、友人の追悼のためにエキシビジョンを見にストックホルムへ。

 

初めて訪れたストックホルムは成熟した大人の街で、歩く人は皆長身でスリムで太った人が少なかったのが印象的だった。地に足がついたクラシカルな都市。

 

夏に行ったフランスの旅は、私をヨーロッパをもっと知りたいというきっかけになった。

 

 

田原あゆみエッセイ

 

 

その時に知り合った友人に誘われるままに、8月にロンドンへ。
ロンドンは地域によって全く景色が違っていた。上品で整然とした地域もあれば、スパイシーでカオスなダウンタウンには人々がひしめき合っていてとてもパワフル。全く印象が違うのだ。

 

ロンドンからの帰り道、パリの蚤の市に3時間ほど立ち寄ったのがいけなかった。時間が足りなくて、また来行きたい。しかもすぐにでも、そう感じてしまい、私はパリ病に罹ってしまった。

 

10月に、ちゃんとヨーロッパのアンティークが見てみたくて、6日ほど時間をとって再度パリを訪ねた。

 

 

田原あゆみエッセイ

 

 

なぜ私はこんなに何度も旅に出たのだろう。
なぜ旅に出なければいけなかったのだろうか。

 

家族や友人、知人がたくさんいる地元を離れて飛行機に乗って全く知らない人ばかりの場所に行く。
景色も、色も、文化も、道行く人の姿も肌の色も様々なヨーロッパの街を歩く。

 

日常にいるとごくごく当たり前で、見過ごしてしまうこと。オートマティックに反応して、役割で対応してしまうこと。
そんなことばかりしていると、本来の私が見えなくなってしまうことがある。
同じ役者ばかりで演劇をしているような感じといったらいいのだろうか。
なんだか慣れてしまって、私のセリフも問題に対する対応も既視感がある感じ。
今までの繰り返しではいけない、心の中からそんな声が響いていた。

 

そう私は変わらないといけなかったのだと思う。

 

 

田原あゆみエッセイ

 

 

以前の旅はバカンスだったけれど、今年の旅にはどれも目的があって、現地に知り合いがいることが多く、期間は短くても内容が濃かった。
旅に出る度に、私の中にあった小さな囲いや、枠や壁が壊れてゆくような経験をした。

 

西フランスに一緒に行った友人は私より年上で、海外での生活も長いので彼女独自の過ごし方というのがはっきりとしていた。移動にはタクシーをよく使い、地下鉄やバスはほとんど使わなかった。
普段は交通費を必死で抑える私にとってはなんとも驚きの習慣だ。タクシーに乗るのは緊急時とか、荷物が重くてかなわないしかも近距離の時に使うくらいケチっていた。
そんな小さな葛藤を捨ててよっしゃ、と一緒にタクシーに乗っているといつもの自分の旅とちょっと違う視点からものが見えて来る。

 

まず、物事がスムーズに流れる。時間のロスが少ないので葛藤が減る。なぜなら私はかなりの方向音痴だから。普段の旅だと、地図で迷い道で迷い、路線図で迷う。その葛藤がない分、他のことにたくさん時間が取れるのだ。しかもあんなにケチっていたのに破産しなかった。

 

ああ、こうやって誰かの苦手なことを誰かが仕事で補ってくれるから世界は回っているのだな、と実感した。

 

田原あゆみエッセイ

 

 

 

パリの地下鉄の中で向かい合って座った親子。
はにかんでいる女の子が撮りたくて、お母さんにお願いしてみたらお母さんの綺麗なこと。

 

「あなたはとても綺麗ですね。写真をとってもいいですか?」

 

そう言ったら、素敵な笑顔をくれた。

 

全く違う文化圏で暮らす私たちが一瞬交錯した時間。
今まで暮らしてきた土地の景色も、言語も違う私と彼女たち。きっと食べる物も、服の好みも、価値観も違うのだろう。
けれど、子供を思う気持ち、家族や友人への気持ちは共感しあえるかもしれない。

 

先に電車を降りた彼女たちは一体どのようなところへ行って、どんな家に帰るのだろう。

 

 

パリの街では私は東洋人の女性で、フランス語が話せなくて、通りの名前も、レストランのメニューもわからない。役割や、いつもの常識はここでは全く必要なくて、とても自由な感覚になる。いつもの名札が外れた私は、無力で非力で、たくさんの人に助けてもらってたくましく問題を切り抜けてゆくなかなか面白い人だ。知らない土地で、初めてのことに直面した時にどう切り抜けるのかで、客観的に自分が見えてきてとても新鮮に感じる。

 

そう、私は自分に会うために旅に出る。

 

 

 

田原あゆみエッセイ

 

 

初めて訪れた場所で、初対面の人と笑顔で挨拶してちょっとおしゃべり。
すれ違うたくさんの人々の中で、何かしら縁があって顔を合わせる異国の人々。お互いの時間がまるで当たり前のように交錯するのが振り返るととても不思議だ。
現代の今に生きていることがとても幸運に感じるのはこんな時。

 

昔の人には考えられないような距離を移動して、異国を旅する。
街角でワインを飲みながら、いい気持ちになって外気を胸一杯に吸い込んで周りを見渡すと、いつもの私がいつもとまったく違う景色の中にいる。

 

その不思議を味わえるのは私はとてもしあわせだと感じる。

 

 

田原あゆみエッセイ

 

 

自分の仕事に誇りを持っているかっこいい大人の多い街パリ。

 

いらっしゃい、ということもにこにこした笑顔もむけないけれど、敬意を持って声がけするといくらでも応えてくれる。
嬉しそうにコレクションを見せてくれたムッシュー。

 

「いつまでに戻らないといけない、そんな旅にはもう出たくないんだよ」
彼はそう言ってタバコをプカプカ吸っている。店中煙がもくもくしていて、息がしずらかったけれど、彼のお店は私の中では宝物。
1時間半かけて、18世紀の手版画の挿絵を4枚くらい選んだ。
それを渡していくらか聴くと、
「ふ~ん、いいものを選んだね。これはナポレオンがエジプトに遠征に行ったあとに400人の版画紙に依頼して作った『エジプト記』の中の挿絵の一つだよ。ふふ、けれど知っているよ、あなたはこれやめたけれど好きだったんだろう?」
そう言って、私がずっと迷いに迷って、やめた魚の絵を一枚探すと、「これはプレゼントにあげるよ」、と。

 

 

田原あゆみエッセイ

 

 

今私は自分の部屋でこの記事を書いている。
11月の半ばなのに半袖で、汗までかきながら南国沖縄の夜に生きている私は、平和の中にいて身も心も安心しきっていられる。

 

けれど今この瞬間に世界中で様々なことが起こっているのも知っている。

 

ニュースを見ると、きな臭いことがたくさん。事件も事故も戦争も。
インターネットだけでもこんなにネガティブな情報がたくさん飛び込んでくるのだから、私はテレビで音付きでこれらのニュースを見る気がしなくて見ていないし、テレビ自体を持っていない。

 

 

こんなにネガティブなことばかりがこの地球上で起こっているのだろうか?
私はそればかりではないのだと思う。

 

 

私は私が生きて活動している間に発信したいことがある。
それは、人のたくましさや喜び、明るさやユーモア。かっこいい人に出会った時に感じる感動を、素敵だな、綺麗だな、と素直に感じた時の思いをこうして写真に撮って、言葉にして伝えたい。

 

人種が違っていても、宗教や文化や思想が違っていても、人々の基本的な生活も人とのつながりなど変わらないものもある。
明かりを灯し続けるような、そんなことができたら、と。

 

そんなことをこの数日考えている。

 

 

またきっと旅に出よう。
私の中の灯火に火をくべよう。
生きる情熱を失わないように、私の中の喜びが誰かの笑顔につながるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

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田原あゆみエッセイ

 

 

フランス革命の後の焼け野原で、木を切る4人の民衆。
そう、いつだって生きていたら食べて寝ての暮らしは続く。たくましく、ユーモアの心を忘れないそんな気持ちになるこの絵が好きだ。
この精神を胸に、また旅に出て人生を愉しむ人々に会いたい。いいものを見つけてそれに触れて欲しい。

 

そんな気持ちで、アンティークの小さなお店をShoka:の中に作ることにしました。
12月4日(金)のスタートです。

 

田原あゆみエッセイ

 

気持ちの上ではこんな雰囲気の空間ですが、実際はとても小さくスタートです。

 

 

 

 

田原あゆみ
エッセイスト
2011年4月1日から始めた「暮らしを楽しむものとこと」をテーマとした空間、ギャラリーサロンShoka:オーナー。
沖縄在住、カメラを片手に旅をして出会った人や物事を自身の視点と感覚で捉えた後、ことばで再構築することが本職だと確信。
2015年7月中にessayist.jpを立ち上げ、発信をスタートする。
(Shoka:のブログとCALENDの「暮らしの中の旅日記」で手がいっぱいでほとんど更新していません。反省しきり)

 

エッセイ http://essayist.jp
Shoka: http://shoka-wind.com