写真・文 田原あゆみ
ある日のこと。
その日、数時間の空き時間があったので、オープンスタジオを回って歩いた。
高架鉄道の下に点在する古い倉庫のような空間に様々なスタジオが点在する。
きっと世界中どこにいても、本当に自分が好きなものや人に出会うのは簡単ではないはず。
そう思うのだけれど、なぜか気の向くままに歩いていると動物的直感が働き求めているものに引き寄せられることがある。
この日もたった一時間くらいしか時間がなかったのに、吸い込まれるように入っていったスタジオ街の奥のまた奥。一見部外者お断りのような入り口に内心おののきながら、それでも好奇心は次の一歩を踏み出して覗いた小さな入り口。
何かを作っていること、センスが良さそうなこと、これはいいぞ。
しかも、かっこいいではありませんか。
私の表情筋はクールな表情を保つことに集中。
「見学することはできますか?」
「Year!」
本当はお兄さんの顔や姿を矯めつ眇めつ見ていたい欲求に駆られていたけれど、こらえてファクトリーの中を見回す。
物作りをしている空間を訪問することは、私の大きな楽しみの一つ。
機械や道具たちを見ていると、使う人の好みや選ぶ視点が感じられて二重に楽しいのだ。
彼らがこの空間で作っているのは、とても意外なものだった。
なんとそれは包丁だったのだ。
決して、洋物のナイフたちではなくて、包丁。
日本の包丁を作る鍛冶職人の技法に惚れて学んだのだという。
短期間しか学べなかったので、あとは動画やネットを駆使して自己流で技を磨いてきたという彼は、目を輝かして日本の鍛冶は素晴らしいし、切れ味やそのデザインも美しいと感じると語った。
なんとも意外な流れに私は驚き、今日ここに導かれた不思議を愉しんだ。
和包丁もロンドンっ子の感性と手を通すと、スタイリッシュになる。
菜切り包丁で決まりだな。
私は結構決めるのが早い。
「これが欲しいんだけど持って帰れる?」
「これはサンプルで、注文制なんだ。受けてから大体3ヶ月くらい後に渡せるよ」
・・・・・・・・そうか・・・
私の住まいは日本の南の島沖縄。
3ヶ月後にこれるかしら?
ポンドのレートもこの時はまだ高く、私は躊躇し、短い後ろ髪を引かれながらそのファクトリーを後にした。
あれから何度も、このファクトリーと包丁のことを思い出し私はロンドン行きのチケットをチェックする。
そう簡単にはいけないのだけれど、この日買うことができなかったことで次の物語が始まった。
あれからイギリスはユーロ離脱を決め、巷の話題となり様々な意見予見がネットに溢れ、ポンドのレートが劇的に下がった。
一時的なことで、どのような未来へ繋がるのか走る由も無いが、政治に関わる大きなことも、今日の自分のよ級に従って角を右に曲がるような小さなことも、いろいろなことが積み重なって未来は七変化に揺らめいている。
一つ決まっているのは、菜切り包丁はあれにしよう、ということ。
いつ、どうやってそれが私の手に収まるのか。
プロセス全部が愉しみだ。
待っていてね。
今日,2016年7月7日。
私は東京で幾つか用事がある。
決まっていることの中に、気ままな直感を散りばめて今日1日を楽しもう。
さあ、行ってきます。
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ただいまのShoka:
Shoka:オーナー田原あゆみが自分の足で回って、自分の目で見つけてきたヨーロッパ、主にパリのアンティークを紹介しています。
絵本からとび出してきたようなキノコたちですが、古くに特殊な印刷で仕上げられた一枚。
ヨーロッパの地からShoka:へたどり着いた額絵が続々お店に並び始めています。
「アンティークは誰かに見出され、愛されたからこそ受け継がれてきたものです。時間という篩にかけられて、残ってきたものには確かな魅力があるのです。そんなものを自分で見て回り集めてきました。ヨーロッパの銀製品や、手仕事を生かしたものたちには独特の雰囲気が詰まっていて、暮らしの中で使うと独特の景色が美しいと感じます。暮らしの中に、時間を超えたストーリーを迎えることも愉しいことだと感じます」
暮らしを楽しむものとこと
Shoka:
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沖縄市比屋根6-13-6
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営業時間 12:30~19:00