「沖縄のタンポポの葉っぱ、ほろ苦さがいいですよね。タンポポは食べられるハーブの仲間なんですよ」
口に広がるほろ苦さに、春という旬を求める感覚をふと思い出す。
「あとは島人参、ツルムラサキの新芽、マジョラム、二十日大根など。その日の入荷によって変わりますが数種類の野菜を添えた’自家製カジキの燻製生ハム’です。塩漬けにしたカジキに燻製の香りをつけてお出ししています。漬け込む時の塩味はそこまでやらない方がカジキっぽさが出るから、味付けは控えめ、メインは素材の味ですね」
水彩画のように美しく盛り付けられた皿をカウンターから出してくれたのは、イタリア料理イビスコのdirettore 安室優(ゆう)さんだ。
お皿に見とれながらも、いま口にしたものがタンポポだと知って味わいの巻き戻し。苦くて爽やかな春のタンポポ。そしてねっとりとした燻製 カジキの塩っけのある旨味は、タンポポ以外にもひとクセある野菜たちと味わうと尚のこと際立つ。燻製カジキの生ハムもやり過ぎたところのない味付けで、素材それぞれが引き立てられ一つの料理として完成されている。
「僕が考える沖縄の食材は、味わいの芯がしっかりとしたものが多いから、そこをお皿で表現したいと思ってるんです。あるがままの島野菜の味だったり、食材をうまくとり持って、手を加えすぎず味わっていただきたくて。県外からのお客様も多いのですが、観光地だからといって『珍しい食材でしょう』ってこれ見よがしにお出ししたくはないんです。タンポポだけ、カジキだけに光があたって、あとは脇役として味わうんじゃなくてお皿全体で、季節だったり沖縄の土地の土っぽさを素材から感じていただきたくて」
素材の持ち味を通して、沖縄食材の豊さを楽しんでほしいという安室さんのお料理は、肩肘張ったところはなく優しい印象を受けるものばかりだ。
「素材を味わってほしいから、僕の料理のモットーは、’無理をしない’こと。無理をすると食材の持ち味を崩してしまうこともあります からね。僕が手を加えるのは、味っていうよりは食材同士の相性をお伝えすることが多いんです」
安室さんの無理をしないという言葉は、決して消極的なニュアンスではない。
「店を開いた場所にお客さんが来てくれるのだから、無理して他のところから食材を持ってくることはしたくないんです。沖縄で採れる食材の声に耳を傾けて、そのつぶやきを拾い集めることで食材同士のベストマッチを見つけていきたいなと思ってるんです。それが沖縄らしいお皿になると信じていますから」
自家製の無塩パン
その言葉には、まるで宝探しを楽しんでいるような軽快さがある。そして、最高の組み合わせを見つけるためには、食材の見極めが欠かせないというのが安室さんの信条だ。
『新しい沖縄の食材を手に取ったら、まずするのは、’食材を感じること’なんです。沖縄の野菜には個性の強いものが多いですから、それぞれの個性をしっかりと感じ取ることですね。食材ごとのクセを見ながら下処理をすることが肝心ですから。野菜のアク抜き一つとっても、火加減や時間を間違えて進めると、かえってエグミが強く残ってしまったりして。そうすると、素材の旨いところを味わえないんですよね。小さい事かもしれないけど、そういう個性を理解する積み重ねで、一つの皿が出来上がっていくんですね。一つずつの個性をわかってくれば、相性のいい素材も頭に浮かびます。食事をされている方が、調和のとれた料理を楽しんでいただく為の下ごしらえや調理のタイミングにはこんな見極めがなくてはならないんです」
細かなところに手を尽くして食材を理解することに、無理をしない料理が可能になるヒントがある。そこにはイタリア的地産地消の必然があると安室さんの言葉は続く。
「無理をしないということは、ここにある食材を活かしきることかなって。それはイタリア料理で学んだことで、イタリアにはあるものでやっていこうっていう考え方があるんです。極端な例えですけど、カルボナーラを作ろうとしても必要な材料が揃わないなら、その土地ではカルボーナラは作らないっていう考え方。そこにはイタリアの歴史が関係しているんです。どういうことかというとイタリアって、トスカーナ州とか、シチリア州とか小国家の集まりでしょう。その小国家ごと、穫れる野菜や魚、お肉には面白いぐらいに違いがあって、新鮮なうちにその国ごとの調理法で消費して発展してき た 歴史があります。そうやってきたから小国家それぞれの料理にカラーが出たし、そこにはプライドみたいなものがあって地産地消でやっていくということが、当たり前だったんですよ」
イタリアワインは目をみはる品揃え
安室さんにも地産地消の精神は通っている。
「うちで扱う野菜は、主に地元の契約農家さんから季節のものを入れてもらってるんです。一方で、今は流通網がすごく発展しているから、北海道のチーズとか、築地の魚とか目当てのものがあれば仕入れることは可能なんです。凄いことですよね。だけど、僕は極力それはやろうとは思わないです。だって、沖縄ではこんなに色々な種類のものが、季節によってどんどん手に入るから。地元で、それぞれの野菜らしく、食材らしく食べたいって考えますね。それはイタリアも沖縄も同じだと思うんです。東京で働く先輩シェフからも沖縄食材の豊かさは羨ましがられるほどなんですよ」
また沖縄とイタリアの共通点を見つけ、驚きと親しみも感じてるという安室さん。
「店に仕入れる野菜で、’ンスナバー’という沖縄ではポピュラーなものを農家さんに勧められたんですが、ン?ンスナバー??って頭にハテナが浮かんでしまって一度お断りしたことがあるんです。ンスナバーはフダンソウとして沖縄では身近な食材だけど、僕には知識もなくて、店に出せる自信がなかったから。だけどやっぱり、沖縄でずっと愛されている素材だから気になって色々試めすうちに、ンスナバーってイタリアでいう所のビエトレという食材だと判明したんです。調理の仕方も調べたら、山ほど出てきて。イタリアでもポピュラーなビエトレが、沖縄ではンスナバーとして食卓に並んでるなんて驚きました。ンスナバーも使い勝手がわかってくれば、次はスープに、次はお肉に合わせようと考えを巡らせて、お客様にお出しするのが楽しいですよ。それに食材だけじゃなくて、太陽のように明るいイタリア人の気質は、沖縄の方々にも近いところがあると感じていてそこも面白いんですよね。似ている人柄で同じ食べ物を好むって縁を感じますよ」
さらに食材の組み合わせの妙を感じていることも、無理をしない料理に繋がっている。
「イタリアで鉄板の食材の組み合わせが、沖縄でも普通に見かけたりするんです。例えば、フェンネル、沖縄でいうところのイーチョーバーですね。沖縄ではイーチョーバーとツナという組み合わせで、ヒラヤーチーという沖縄風のお好み焼き惣菜がメジャーです。それはイタリアンの組み合わせだと、イーチョーバーとツナのパスタになるんですね。ヒラヤーチーかパスタかの違いはありますが、合う食材なんだからイタリアンとしての仕上がりにも無理はないんですよ。食材は地のもので、調理法は伝統的なイタリアンというのがうちには多いですよ」
奥様の園美さんの前職はデザイナーで、現在は接客とPRを担当
沖縄で店を開く前は、都内有名イタリアンで修業をしていた安室さん。料理人としての志は高校生の頃に生まれた。
「やっぱり好きな事を続けていきたくて、それが職業に結びついています。高校生の時は両親共働きだったんで、よく自分でパスタとか作ってました。もともと食べる事、作る事が好きだったからよくやってたんです。だから『腹が減ったからなんか作ってよ〜』と家に遊びに来た友人達のために、冷蔵庫の残り物でパパッといつものように作ったりもしてました。『うまい、うまい』って喜んで食べてくれる姿がすっごく嬉しくて。食べるものを作って喜んでもらえることをしていきたいと思いました。それに当時のバイト先の店長さんに『好きなことを仕事にできたらサイコーだよ。こんな幸せなことはないよ』って言葉をかけてもらった事もあって、料理人になって店を開きたいと夢は自ずと進んでいきました」
安室さんの飾らない王道イタリアンには、沖縄の食材と土地の雰囲気が映える。
「今日の料理は最高だったなぁって思ってもらわなくてもいいんです。うちで食事をしてご自宅に帰った時に、なんとなくいい1日を終えられたなぁて思ってくれれば、それでいいと思うんです。無理をしない料理は、飾らない料理ですからね。だけど素材の魅力は舌先に宿って、食べてくれた人を充たしてくれるんですよ」
文/松本 都
写真/金城夕奈
イタリア料理 ibisco(イビスコ)
住所 :沖縄県那覇市おもろまち2-3-16 1F
定休日:火曜日
営業時間
11:30~15:00(L.O.14:00)
17:30~23:00(L.O.22:00)
https://www.facebook.com/ibisco2015okinawa/